§ 3―4 静止軌道ステーションにて



 スペース・エレベーターを昇るには、国の許可証が必要である。犯罪歴があるものは認められることは決してない。宇宙での事故は、それがどんな小さいものであっても、ステーションにいるものの命に関わるからである。


 また、ステーションは3つに分かれ、低軌道ステーション、静止軌道ステーション、高軌道ステーションがある。


 地上から螺旋状に登っていく。低軌道ステーションは成層圏の手前にあり、静止軌道ステーションは成層圏を超え、重力と地球の自転による遠心力がつり合っている場所である。ここでは、ドーナツのような形をしており、この輪っかが回ることによる遠心力を重力に見立てて生活している。観光をすることもでき、地球を眺めながら食事を楽しむレストランは人気をはくしている。ライフラインは一通りそろっており、映画館や美術館などもある。


 そして、高軌道ステーションには一般人が昇ることはできず、国際連合によって認められた企業の従業員か、国や国際機関の重要人物しか昇ることを許可されていない。重要な調査機関や、資源の運搬、宇宙船の開発・修理などをけ負う企業、事故や犯罪などを対処に当たるそれぞれの国の軍隊、自衛隊など、宇宙開発を進めるための必要最小限の団体、組織しか存在できないのである。唯一、エレベーターの周辺だけは、ステーションで働く人をサポートする店舗が存在している。




   ♦   ♦   ♦   ♦




 リニアモーターカーを乗り継ぎ、静止軌道ステーションの月資源輸送会社ルナテックの支社にアダムとメルは訪れていた。以前、自衛隊にいたときに、ルナテックの輸送船を助けたときに知り合い、この度の転職に協力してくれたウィリー=ダグラスに会うためである。



 日本を出る前に連絡を入れておいたので、すぐにオフィスの一室に通される。案内され部屋に入ると、すでにウィリーは座っており、アダムを見ると慌てて立ち上がった。


「おぉ。アダム。待ってたよ」


 と言いながら、近寄り、握手してきた。


「久しぶりだな、ウィリー。元気そうだな」


「アダムのおかげで、今も元気でいられるよ」


 ウィリー=ダグラスは30歳で、ルナテックの高軌道ステーション担当課長をしている。大柄な黒人男性で、天然パーマで髪があちらこちらに向かって伸びている。当時救助した輸送船の責任者として搭乗とうじょうしていたのが、このウィリーだ。学生時代にアメフトに精進していたとのことで、体格がよく、非常に気さくな人物である。


「それで、アダム。入社の時期を遅らせてほしいってことだけど、どういうことなんですか?」


「少し込み入った事態になっていてね」


「とりあえず、座ってからじっくり話を聞かせてください。そちらの方は? 奥さんですか?」


「メルっていう、アンドロイドだ」


「初めまして、ウィリー様。よろしくお願いします」


 ウィリーは目を丸くする。そして笑いだす。


「あっはっは。アダムから聞いたジョークの中で、これは一番だな」


「はぁー。俺も最初はジョークだと思ったけど、本当なんだよ。このことは内密にしたおいてくれ」


 アダムの目が真剣であることに、ウィリーは困惑した。


「事情を話すよ。座って落ち着いて聞いてくれ」



 アダムは今までの経緯を簡単に話した。自衛隊時代、何度も何度も忙しい中、おれに感謝をしに訪れ、その人となりは、数少ない信用たる人物として、アダムはウィリーに気を許していた。


 一通りの事情を聴いた後、ウィリーは神妙しんみょうおもむきを見せる。


「アダムたちが命を狙われているのは解かったよ。生き延びていることが信じられない。まるで映画みたいじゃないか」


「ふっ。おれも映画の撮影だったって言われたほうが納得するぐらいだからな」


「今後も狙われそうなのかい?」


「だろうな。やつらが本気なのは解かるからね。今のままだと、ウィリーに迷惑をかける可能性は高いな。問題を解決してから働かせてくれたらって思ってるよ」


「アダムなら、いつでもウェルカムだよ。そんなことは気にしないでくれてかまわないさ」


「ありがとう、ウィリー」


「それで、どうすれば問題は解決されるんだい? できる限り協力するよ」


「助かるよ、ウィリー。解決するにはメルが言う、木星の衛星イオに行くしかないと思う。そこにすべての答えがあるとしか思えないんだ」


 何も動かなければ、受け身になり、いつか捕まるか、殺されるだろう。積極的に問題を解決させるには、相手も解からずメルが狙われている以上、それしかないと考えていた。


「衛星イオ? 木星周辺の調査は、国際連合の調査船が年に2,3度行っているぐらいで、行くのは難しいな……」


 ウィリーは腕を組み考え込んだ。そこで、何か思い出したように、はっとする。


「そういえば、近いうちにプロメテウス財団の調査船が、木星に行くという噂を聞いたな」


「プロメテウス財団って、あのプロメテウス財団か?」


「そう、そのプロメテウス財団さ。上のステーションで調査船を新造していて、その船が完成次第、調査に行くって噂だよ」


 プロメテウス財団といえば、世界で1,2を争う財団だ。


「調査の目的は解かるかい?」


「それは解からないな。あくまで噂だからね」


「噂の信憑しんぴょう性は?」


「確か、運航中の整備士を何人か募集していたはずだよ。木星に行くかは解からないけどね」


「調べてみる価値はありそうだな」


「本気かい? アダム。仮に乗り込んで木星周辺まで行けたとしても、衛星イオにはどうやっていくんだい?」


「木星までいく船なら、地表探査船やら、脱出用の小型船があるはずだから、それを奪ってでも行くさ」


「いやいや、それでイオに着いたとしても、帰りはどうする?」


 と言うと、横からメルが割り込む。


「帰りは私が責任を持って、アダム様をお返しします」


 それを聞いてアダムは笑いながら、


「だ、そうだ。メルがおれの期待を裏切ったことはないよ。料理の味付けも含めてな」


「アンドロイドの言うことを信じるのかい?」


「そういう言い方をするなら、人間よりは信じられるさ」


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