§ 3―3 イーグル・アイ



 2年前のこと。あれは防衛大学を卒業してから3年後にようやく、航空自衛隊・宇宙開発支援部隊に2等空尉として着任することとなった建早アダムは、彼を知る者たちから、その能力の高さから期待されていた。しかし、周りの士官から見れば、ねたみの対象になっており、最初から勝手の分からない、担当宙域巡回の責任者として巡回船に乗艦じょうかんしていた。アダムは、ホントは上官が責任者に着くべきことを知っていたが、余計な気をつかわずに宇宙を進めることは、むしろ気が楽だった。


 今まで、巡回宙域でトラブルがおきることは巡回船の整備不良ぐらいなものであったが、このときは、そうではなかった。月の資源をステーションに輸送していた民間会社ルナテックの輸送船が、2隻の所属不明艦に拿捕だほされてしまった。


 この際、相手の狙い、動きを的確に把握はあくし、巡回船を部下に任せ、本人は敵艦にステルス小型機で4人小隊の一員として、潜入。見事に相手首謀者を捕縛ほばくし、迅速に解決したのである。


 組織は、このとき上官がいなかったことが問題にならないよう、アダムを英雄扱いして注目をそらし、昇進とともに、宇宙開発支援部隊の最精鋭ユニバーサル・フォースに着任させることになる。このときの状況を理解できる一部のものたちからは、その的確さ、迅速さから『イーグル・アイ』と彼を呼ぶようになっていた。




   ♦   ♦   ♦   ♦




「まさか突如現れたイヴ・ナンバーズと一緒にいるのが、あのイーグル・アイとはね」


「すいませんでした。反応があって、急ぎ『ホワイト・スネーク』部隊を向かわせたのですが、返り討ちになるとは思いもよりませんでした」


 ホワイト・スネーク部隊は、頭にマイクロチップを埋め込まれている部隊で、意思疎通を瞬時に行うことができる。


「まあ、いい。イヴ・ナンバーズのスペックをすべて把握しているわけではない。ちょうどよい当て馬としては十分だったよ」


「はい。生き残ったものを含め全て回収済みです。日本のマスコミ・警察にはすべて圧力をかけたので、表に出ることはないかと」


「ご苦労様、メリダ」


「この後の対応はどういたしましょうか?」


「あまり他国で動くのも具合が悪い。しばらくは様子を見ることにしよう。どうせ、我が国のエレベーターを使わなければ、宇宙には行けないからな。それより『天使』のほうを急がせるんだ」


「わかりました」


 秘書のメリダは、いつものようにカールの机に薬と水差しを用意し、部屋を後にする。


 高層ビルの最上階の窓際に立ち、さらに上空を見上げてカールはつぶやく。


「想像以上のスペックだ。そうでなくては……」




   ♦   ♦   ♦   ♦




「アダム様、アダム様……」


 誰かがおれの身体に触れている。折角面白くなってきたところなのに。


「アダム様。もうすぐ到着するみたいです」


 微睡まどろみの中、現実に引き戻されていく。DVR端末をずり下げ、声の主を薄目で見て、背筋を伸ばす。


「んー……。まだ、到着には時間があるだろう?」


「おはようございます。アダム様。そろそろ到着準備をしてください。と放送で流れております」


「あぁ、そういうことか。こういうのは、早めに放送するものなんだよ」


 時間を確認すると、タイマーがかかる10分前だ。


「その、頭に着ける機器は、何の機器なのですか? 通話機能があるのはわかりますが」


「あぁ、これか? これは夢仮想現実で遊ぶための端末なんだよ」


「夢仮想現実ですか?」


 解かってなさそうだ。まぁ、しょうがない。300年前にはなかったものだろう。


「正式名は『レム脳波調整疑似現実世界』とか言ったかな。レム睡眠時の脳波を端末で送受信して、仮想世界にいる夢を見させるって代物だよ」


「夢を見る機器なのですね」


「端末で制御して、脳波をコントロールすることで、強制的に設定された世界の夢を見させるものなんだよ。その世界のデータは記録されて、夢だからといって、起きたら忘れてしまったりもしないし、ネットで繋がってるから、同じ夢の世界を、複数の人と共有することができるんだよ」


「私は夢を見ませんが、それを使用すれば、私もその世界に行けるのでしょうか?」


「どうだろう。まぁ、暇つぶしのただのゲームだよ」


 おれはこのDVR端末で、宇宙を好き勝手に冒険することが好きだった。中世ファンタジー世界のものが人気が高いとのことだが、魔法だの呪文だの、非現実的なものは興味がない。実際に宇宙空間にいる感覚を、何の束縛もなく味わえるのは、おれにとって非常にワクワクさせるものだった。新しい惑星を見つけ、これから新たな冒険が始まる。というところでメルに起こされたわけだ。


 テーブルの上にある水で喉を潤し、外を眺めると、遠目に見え始めてきた。


「あれがおっしゃっていた、エレベーターですね」


「そう、スペース・エレベーター。あれで宇宙に上がるんだよ」



 空の果てまで続く柱の足元には、6本の線が流線的に広がっている。スペース・エレベーターは、その足元のリニアモーターカーに乗って一気に空に昇る。


 スペース・エレベーターは3段階に分かれており、地上を出発して、まずは成層圏手前の低軌道ステーションに行く。そこで、成層圏用のリニアモーターカーに乗り、静止軌道ステーションに行く。静止軌道ステーションは広く、地球からの資源や、また逆に月や火星の資源もこのステーションで多く管理されており、そのための倉庫が多い。それにともない、倉庫エリアの外側に居住者用のエリアがある。


 この静止軌道ステーションから、さらに上昇したところに高軌道ステーションがある。ここは月や火星などの調査や資源回収などの宇宙船が往来おうらいしており、以前、アダムがつとめていた、航空自衛隊・宇宙開発支援部隊もある。



 アメリカ・イリノイ州のシカゴ・オヘア国際空港に到着する。アメリカも水位の上昇に伴い、沿岸地域から内陸に生活圏を移しており、このエレベーターがあるシカゴは、今ではアメリカ経済の中心である。



 トウキョウでの襲撃にアダムは、メルを狙ったものであると当たりをつけていた。理由は解からないが、タイミング的にはそれしか考えられない。また、アダムのことも、殺すのではなく、捕らえるのが目的のようだ。殺すのなら、いきなりマンションの部屋に、グレネードやらロケットランチャーを打ち込めばよいのだ。メルのことを知るアダムから、事情を聴きだしたい、そんなところだろう。しかし、あれだけの人数をかけてくるのもおかしい。人数をかければ、それだけ目立つ。メルの存在をどうやって知ったのかは解からないが、メルの性能をある程度知ってのことだろう。これだけのアンドロイドは今のテクノロジーにはない。


 それを狙ってるのか? それなら、空の上でいきなり狙われることは考えにくく、その可能性は非常に低いと推察し、アダムはDVRを楽しんでいたのである。この状況分析能力とそれに身を委ねる判断力こそ、イーグル・アイの本領なのだ。


 アダムは空港を出ると、市内のガンショップに向かった。ちなみにメルのパスポートなどは、ネットでハッキングをかけて、仮想の人物を作り上げてるとのことで、自衛隊時代であれば、止めさせていただろう。


 ガンショップで銃を選んでいるときに、ふいにメルに聞かれた。


「アダム様は銃の扱いが達者ですね」


「訓練で撃つ機会が散々あったからな。コツさえ解かれば、そんなに難しいものでもないさ」


「そうですか。見事な腕前でしたので」


「ふっ。メルは褒めるのが上手いな」


「ふふ。マスターの機嫌をよくするのも、私のお仕事ですから」


「それはいい。おれはめて伸びるタイプだからな」


 メルは屈託くったくのない笑顔をしている。こうやって話をしていると、アンドロイドであることを忘れてしまいそうになる。なぜだろう。メルが笑っていることに悪い気がしない。



 ガンショップの後、今日は市街の外れにあるモーテルに泊まると話したら、メルが料理を作ると言い出したので、フードストアで買い物をした。


「アダム様。何を食べたいですか?」


「んー。おでんかな。まぁ、こんなところじゃ食べれないけど」


「おでんですか。解かりました。材料はそろいそうなので、お作りしますね」


「できるのか? すごいな。メル」


「ふふ」


 と嬉しそうだ。一体、この異国のスーパーで、どうやっておでんを作るのか興味がある。それに、メルの料理の腕が確かなのは、これまでの生活で解かっている。肉じゃがとカルボナーラは一級品だった。



 なにやらいろいろ買い込んだ後、空港で借りた車で市外のモーテルへ向かう。今日は一泊して、明日はエレベーターで昇る予定だ。


 しばらく車を走らせ、市街地を抜け、住居もまばらになり始めたところだった。


「アダム様」


「解かっているよ、メル」


 ルームミラーには先ほどから、遠目に一定の距離を保つ同じトラックが付いてきていた。そろそろ来る頃合いであろうことは予見していた。


 市街からなるべく離れたところで、広い公園を見つけたので、そこに乗り入れる。相手もこちらが気づいたことが解かったのだろう。スピードを上げて付いてくる。


「メル、ハンドルを頼む」


「イエス、マスター」


 ハンドルをメルに任せ、サイドミラーを見ながら、半身を窓から乗り出し、先ほどガンショップで購入したハンドガンを胸のホルスターから取り出す。メルは本当に優れたアンドロイドだ。多く語らなくても、こちらの意図を組み、できるだけ車が揺れないようにまっすぐ走る。


「よし! ここだ」


 トリガーを引く。銃声が鳴ると、見事にトラックの左前輪を撃ち抜きパンクさせた。うむ、良い感じだ。精度の高いものを選んで正解だった。


 トラックは3回スピンして止まる。


「このまま逃げますか?」


「いや、ここで片付けよう。気兼きがねなくメルのご飯を味わいたいしな」


「イエス。マスター」


 と言い、笑顔になる。そして、車を止める。



 車から降り、木の影に隠れながらトラックに近づいていく。トラックの後ろの扉が開くと3人の男が出てくる。1人目は精悍せいかんな若者。2人目は巨躯きょくの髭の生えた壮年の男。3人目はフードを目深にかぶった髭の長い初老の男。


「いるな、イーグル・アイ。やってくれたじゃねーか!」


 巨躯の男が叫ぶ。気配を消し、木の影で様子を伺う。


「出てこないなら、こっちから行くぞー!」


 そう叫び終えると、巨躯の男は、左腕の肘あたりを右手で掴み、引きちぎった。いや、取り外した。そして、それを右腕の拳をすっぽりと覆うように取り付ける。どうやら、義手のようなものなのだろう。いったい何をするつもりだ? 


 そうすると、取り付けた腕も含め、右腕の肘あたりまで左右に裂け、それをこちらに向ける。徐々に青白く発光しだす。


「マズイ。メル、横に飛べ!」


 そのとき、裂けた腕が放電し、そこから、高速の弾丸が発射された。あの青い光、レールガンだ。レール部分を伸ばすことで、戦車級の威力にしている。


 メルを狙ったようだ。手前の樹木に着弾し、衝撃と爆発音が響き渡る。


「こちらは大丈夫です。アダム様」


 DVR端末からメルの声が聞こえる。しかし、これはよくない。先手を取られた。弾丸を避けたメルの姿を確認したのか、精悍な若者が、金色に輝く長めのコンパットナイフを両手にそれぞれ持ち、人間とは思えない速さで、メルのほうへ向かっていく。さらに、巨躯の男はレールガンの第2射を放とうとしている。


 瞬時にアダムはもう一丁用意したマグナムを、腰の後ろのホルスターから取り出し、木の陰から飛び出す。


「させるかよ!」


 50口径の弾丸を、レールの間に打ち込む。それが、レールの電磁力で打ち出される弾丸に着弾し、男の右腕が吹き飛び、悲鳴を上げて倒れこむ。



 レールガンを横に躱したメルに向かい、若い男がまっすぐ襲い掛かる。


【対人制圧プログラム、起動します】


 メルの目が赤く輝く。


 男は右手のコンバットナイフで切りかかる。が、そこにはメルの姿はない。戸惑う男を後ろから衝撃が襲う。


「ぐふっ!」


 背中をすごい力で蹴られていた。5mほど吹っ飛ばされたが、すぐに姿勢を整え、メルに向かっていく。右手のナイフで突くが、ナイフが刺さる瞬間、止まる。腕をつかまれたからだ。そして、そのまま右腕が捩じられる。


「ぐわっ」


 うめき声をあげるが、痛みをえ、左のナイフで突こうとするが当たらない。身体を少しずらし避けられる。そして、避けられた光景を見たと同時に、顔面にメルの右ハイキックが直撃し、堪えきれず吹っ飛ぶ。


 メルは落ちたナイフを拾い、すばやく吹っ飛んで倒れた男を追走し、両足を同時にナイフで切り裂いた。あらわになった足は、金属の光沢をしている、



 その一瞬の出来事を横目で見ていたアダムが視線を戻すと、最後の初老の男がメルに何かを投げつけた。それに気づいたメルは、そこから離れようとしたとき、青い光が広がる。


「あぁぁ!」


 メルの動きが止まる。


「これなら動きも止まるじゃろ?」


 そういって男がメルにゆっくり近づいていく。


 あれはEMP(電磁パルス)か! マズイ! これが狙いだったのか。


 アダムはハンドガンで、メルに近寄っていく男の足を狙うが、カンッと乾いた音が鳴る。男は顔色を変えずこちらに視線を送る。


「わしは全身サイボーグ化しておるから、ピストルなど効かんよ」


 とフードを上げ、こちらを見る初老の男は、顔の目から上がサイボーク化している。アダムは即座にハンドガンから、マグナムに持ち替え、男に向ける。


「無駄無駄!」


 そう言い放った後、アダムは3発連続でマグナムを発砲する。すると、男の左膝が撃ち抜かれた。


「な! どうして!」


 と言いながら、その場に倒れこむ。


 ふぅー。と一息ついてから、アダムは男に近寄る。


「油断しすぎだ。サイボーグだろうが、関節部分は装甲が薄いはずだからな。そこを3発も連続で50口径の弾丸を撃ち込まれれば、壊れるのは当たり前だろ?」


 アダムは冷徹れいてつに倒れた男にそう言い放つ。


「その判断力、観察力。イーグル・アイの異名は伊達じゃないということか……」


 アダムは首を振る。


「おまえらは、強い力におぼれていただけだ。その力を使うだけで、思考を止めたことがおまえらの敗因だよ」


 そう言うと、もう一方の右足もマグナムで撃ち抜いた。



 小走りにメルに近寄ると、まだEMPの影響があるのか、痙攣しながら倒れ込んでいた。


「大丈夫か? メル!」


「申し訳ありません、アダム様。電磁波の影響で身体が上手く動きません」


 DVR端末からメルの音声が聞こえてくる。


「すまん。やつらがEMPまで使用してくるとは思わなかった」


「大丈夫です。少しすれば元に戻りますので」


 と無理やり笑顔になる。アダムもメルに笑顔を送る。



 メルを抱きかかえ、車に乗せ、初老の男の元に戻る。


「誰の命令か教えてもらおうか」


 マグナムの銃口を向けて聞く。


「き、聞かないほうがいい。絶望するだけじゃよ」


「絶望するかは聞かないと解からない。言うんだ!」


「……ここで死んでいた方が良かった、と後悔するときがくるぞ」


 というと、男の身体が赤く光りだす。


「マズイ!」


 アダムは即座に走りだし、少しでも離れようとする。そのとき男は爆発し、轟音が響く。音は同時に3つ発生していた。どうやら3人全員、爆破したようだ。


「……」


 立ち上がり、爆発で煙を上げている3人がいた場所を見る。やりきれない思いを胸に、振り返り、アダムは車に乗り込んだ。



 車を運転し始める。


「無事におでんが作れるので、よかったです」


「ふっ。楽しみにしてるよ、メル」


 緊張を解いて、アダムは優しく笑った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る