§ 3―5 潜入工作



「値段に比べて、いい材料使ってるみたいだな」


「そうですか。先日行ったフードストアのほうが、質が良いと思いますが」


「メル……。ここはもう宇宙だぞ? 食材は貴重で、質がいいものになんて、なかなかありつけないよ」



 ステーションの食料の多くは、静止軌道ステーションの周辺宙域に設けられた、食料プラントで作られているものだ。土壌を地球から運び、少ない土壌でも育つよう品種改良された農作物である。牛や豚や鳥などの畜産や、まだ種類は多くないが海産物の養殖業も行われている。しかし、それらは味がやはり落ちる。ステーションで生活しているものは、地球で食べれるものが恋しくなるものだ。一部の観光客用のレストランや所得の多い者は、地表から輸送されたものを食している。



 ウィリーの紹介で来た店だが、センスが良い店で驚いた。木材を基調にした落ち着く空間と、思ったより味の良い料理に、少し気分が良くなる。


 アダムとメルがこの店に来たのは、ウィリーがおれたちに協力をしてくれる人を紹介するとのことで待ち合わせをすることになったからだ。よく、昨日の今日で、おれの無茶な行動に協力をしてくれる人を探してくれたものだと、ウィリーとの信頼を改めて感じる。待ち人が多少遅れているが、そんなことは気にならなかった。




「遅れてすいません。建早アダムさんとメルさんですよね?」


 先に頼んでいたハンバーガーを食べていたとき、女性の声で話し掛けられる。


「そうだが、きみがミランダ=アームストロングさん?」


「はい。ルナテックの輸送船の整備チーフをしています」


「あぁ、ウィリーから聞いてるよ」


 ミランダは26歳の若さでルナテックの整備チーフをしている優秀な人材であることは聞いていた。思ったより見た目はおさなく、セミロングの髪を後ろでたばねて作業着姿だ。わざわざ上のステーションから、仕事が終わってすぐ駆け付けたのだろう。


「まぁ、座ってください。食事がまだなら、一緒に食べませんか?」


「ありがとうございます。いやー、お腹ペコペコで」


 と言い終わると、ミランダは遠慮なく椅子に座る。


「代金はこちらがもちますので、お好きなものをどうぞ」


「いえいえいえいえ、アダムさんに、そんな、ご馳走ちそうになるなんて。滅相めっそうもないです」


「ん? おれのことをご存じなんですか」


「はい、もちろん。私、2年前のあの事件のときに、船に乗ってたんですよ」


 そう言われて思い出す。当時、乗船名簿に彼女の名前があったことを。


「あぁ、確かにあのときの乗船名簿に、あなたの名前があったのを思い出しましたよ」


「その節は本当にありがとうございました。もう、あのときはホントに、もうだめだー。て思ってましたからね」


「無事に救出できて、運がよかったよ」


「いやいやいや、あの後、船のみんなで、アダムさんがいてくれなかったら、みんな死んでたよ、と話してて、今も、あのときに船にいた全員が、アダムさんのこと、命の恩人だと思ってますよ」


 目をキラキラさせてこちらを見ながら言い放つ。そんなまっすぐに感謝の言葉を言われて、アダムは照れて、鼻の頭をいた。


「まぁ、とりあえず、ご飯食べなよ。おれたちも食べてるし」


 そのとき、彼女のお腹がグゥーっとなった。顔を赤くし照れている姿は、余計幼く感じさせる。


「えへへ。さっきからいい匂いを嗅いでたら、つい」


「ふっ。そんな音を聞いたら、こっちが気を使うから、しっかり食べてくれ」



 彼女がハンバーガーを2つ食べ終わったところで話し始める。


「それで、ウィリーから協力してくれると聞いているのだが」


「はい、何でも協力しますよ。アダムさんは命の恩人ですからね。それで、さっき整備士仲間に話を聴きまわっていたんですが、どうやら、木星に行くのは本当みたいです」


 それで遅れたのかと合点がいった。そして、もっとも重要な情報をもたらしてくれた。


「本当か?」


「えぇ、相当お金かけた調査艦を建造したみたいで、最新鋭のプラズマエンジンが8基もあって、急加速用の4基のデトネーションエンジンが搭載されてるみたいなんですよ。これなら、1か月もかからず木星までいけるんじゃないですかね。うちにも、そんなエンジンきてもらえないかなー」


 さすがプロメテウス財団だ。尋常じゃないスペックの宇宙船を建造しているようだ。どうやら、この宇宙船になんとしても乗り込むしかなさそうだ。


「その調査艦の整備士を募集していると聞いたんだが」


「そうみたいです。給料がすごくいいみたいで、倍率激高って言ってましたよ」


「なんとかもぐり込みたいけど、難しそうか……」


 これは厳しいかな。違うプランを考えなければならないか。そう考え、腕を組み難しい顔をする。


「大丈夫ですよ。私も行きますから」


「は? 行くって、きみが?」


「はい。恩を返せるときが来て嬉しいです♪」


「待て待て。ウィリーから聞いてないか? おれたちの命が狙われてるって」


「でも、私が行かないと、その募集、受かりませんよ?」


 腕組みをやめ、人差し指で机を軽く4、5回叩いてから、最終確認をする。


「いいんだね?」


「もちろんです。恩を受けたら返せと、おばあちゃんに言われてますので」


 ちょっとずれてるけど、この手しかないようだ。何かあれば、なんとしても守り切る。おれに関わった者に危害を加えさせはしないと、彼女の提案に覚悟を持って答えた。




   ♦   ♦   ♦   ♦




 募集面接が行われる3日後まで、襲撃に注意を払いながら過ごした。色々昔のツテも活用して調べたところ、プロメテウス財団が極秘裏に木星の調査の申請をしていたことと、多額の献金が国連の宇宙開発事業団に行われたということだけは情報を得た。

 おおやけにされてない調査だ。用心にこしたことはないだろう。十分に装備を整えなければ。



 募集面接の日。ミランダと一緒に3人で、指定の静止軌道ステーション内にあるプロメテウス財団所有の5階建てのビルに向かった。このためにメルにもスーツを用意した。ミランダのスーツ姿には、少し違和感を感じたが、余計なことは言わないでおこう。



 建物に入り、1Fの受付に行くと、同じ敷地の違う建物で行うので、そちらに向かうように指示される。指示どおりに建物を出ようとしたとき、見覚えがある女性を見かけた。


「マリア?」


「え! あなたは……アダム? アダムなの!」



 昔の記憶がよみがえる。彼女はマリア=ウィルハート。おれが高校時代、アメリカに留学していたときに付き合っていた女性だ。金髪でショートなのは今でも変わっていない。少しやつれた印象を受ける。おれが日本で自衛隊に入るための進学をしたことで、関係はそこで終わった。彼女は秀才で、おれと工学の話を対等にできたのは、彼女ぐらいなものだった。フレンチトーストとコーヒーと猫が大好きだった。



「また会えるなんて、思ってなかったよ」


「私もそうよ……。元気してた?」


「あぁ。マリアこそ、少しせたんじゃないか?」


「そうかも。あの頃はよく、甘いもの食べてたしね」


 つい昔を懐かしみ、1つ1つ慎重に言葉を探す。


「マリアは、ここで働いてるのかい?」


「えぇ。大学を出てからずっとね。あなたは? どうしてここに来たの?」


「あぁ。今日は整備士の募集面接を受けに来たんだよ」


「え? あなたは軍に入ったんじゃなかったの?」


「この前、自衛隊は辞めたよ。いろいろあるが、もっと宇宙を飛び回りたくてね」


「そう……」


 マリアが視線を下に落とした。日本に戻る、とマリアに一方的に別れを切り出し、泣き顔を見たのが最後だった。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。その気持ちが蘇る。


「そっか。整備士の募集だったわね。あなたのこと、言っておくわ」


「え? そんなこと頼めないよ」


「気にしないで。こんなところで会えたのも何かの縁よ。あなたなら問題ないはずだし、担当者に伝えておくわ。後ろの方々もね。お名前教えてもらえるかしら」


「あぁ、こっちがマチルダで、もう一人のこっちが、メルだ」


「マチルダさんとメルさんね、まかせておいて」


「ホントにいいのかい? こんなことお願いして」


「いいのよ。私も調査艦に乗る予定よ。機会があったら、いろいろ話聞かせてね」


「ああ。コーヒーでも飲みながらな」


「ふふ、わかったわ」


 と彼女はクスクス笑い、手を軽く振り去って行った。


随分ずいぶん、仲良しな感じですね。昔の彼女さん……とかですか?」


 無神経にマチルダがにやけ顔で聞いてくる。


「まぁ、そんなことはどうでもいいだろ? そろそろ行くぞ」


 マチルダが少しニヤニヤしてるのが気にさわるが、昔のことを思い出し、苦い思いで面接会場に向かった。


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