§ 2―7 告白



 2030年8月



 前期のテストも終わって、大学構内にいる生徒の数がまばらな8月上旬。高い青い空の下、おれはキャンパスの桜の木の下のベンチにいた。今は緑に覆われているが、鮮やかな薄紅うすべに色の中、薫先輩に会ったときのことを思い出していた。


「よく、あのとき、あんなに勇気を出せたものだな。完全にナンパだもんな」


 と当時と変わらない、いや、より高まっている思いを胸に、もう1度勇気を出そうと、決意を新たに待っていた。


『明日、先輩と会った構内の桜の木の下で待ってます』


 このメッセージを薫先輩に送った。先輩の仕事ぶりを聞いていると、来るのはお昼か仕事の後の夕方ぐらいかな。メッセージに対して返事がないので、ここで待ち続けることにした。



「見てるだけじゃなく、会ってあげてくださいよ。飯村先輩」


 2Fの窓からコソコソ見下ろしている薫に、涼が話し掛ける。


「きっと、大切な話をすることになるわよね……」


「あいつがあれだけ思い切ったことするなんて、初めてですよ」


「詳しいのね。仲いいものね」


「あいつ、大学入ってから彼女作ってないんですよ。前に、なんで彼女作らないのかって聞いたことあるんですよ。そしたらあいつ、自分の将来やりたいことは本気だから、簡単な気持ちで付き合っても上手くいかないよ、って言ってたんですよね」


「アキトくんっぽい」


「先輩も1歩、あいつに近づいてみて判断してみたらどうですか?」


「さすがね、戸塚くん。ホントによく人のことを見てるのね」


「それぐらいしか取り柄がないものでして」


 そう言って、涼は去っていった。薫は窓枠に肘をつき、頬杖ほおづえをつく。



 今日の最高気温は35℃と、スマホで天気予報を見ていたが、それ以上に感じる。念のため、スポーツドリンクを買っておいて正解だった。待ち始めてから3時間ぐらいかな。桜の木の下で、日陰になってなければ、熱中症で隣の大学病院に運ばれてたかも、なんて考えていたところだった。


「そろそろ暑さにギブアップかな?」


 とっさに声の主を見上げると、冷えた飲み物を差し出している薫先輩がいた。


「これぐらい、まだ想定内ですよ」


 と軽口をたたき、飲み物を受け取る。それを待って、先輩もベンチに座る。


「ここでアキトくんに、コーヒー飲みに行きませんかって誘われたのよね」


 飲み物を1口飲んでから答える。


「あのときは必死でしたよ。話かけてみたものの、何を話すか考えてなかったですからね」


 先輩は正面を向き微笑んでいる。


「話しかけるなオーラが出てなかったのかな? 普段はね、そうしてるの」


「自分のことしか考えてなったから、全然感じなかったですよ」


 また、先輩は微笑んでいる。


「さっき、戸塚くんから聞いちゃった。アキトくんが彼女を作らない理由」


「あいつはいつも余計なことしか言わないんですよね」


「彼なりに考えがあってのことよ。友達思いでいい子よね」


「本音は全然言わないんですけどね」


 先輩の表情は何も変わらない。ここで話を本題に切り替える。


「この間の飲み屋に行ったとき、おれ、先輩の話聞いてました」


「……寝たふりしてたんだ……」


「すいませんでした。でも、おれの気持ちは変わりませんよ?」


 先輩のほうに向きを変える。


「薫先輩。いや、薫。おれと付き合ってください。これから先も、一緒に歩かせてもらえませんか?」


 薫も向きを変え、こちらを見つめる。


「……指輪、プレゼントしてくれるんでしょ?」


「メルが言っちゃいましたからね」


 と言いながら、カバンから小さい箱を出す。蓋を開けて、薫に見せる。


「薫に似合うと思って」


 パパラチアサファイアの指輪を差し出す。


「きれいね」


 箱から取り出し、薫は指にはめる。


「サイズもぴったり。ありがとう」


「あの、その、返事はどうなんでしょうか?」


 薫は照れながら、視線をサファイアに向ける。


「断るのに指輪なんて指にはめると思う?」


「え、それって……」


「うん、こちらこそお願いします。アキトくん」


 照れながら笑っている薫は、今までで一番かわいいと思った。


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