§ 2―6 メルとの買い物 ②
2030年7月
ファミレスで昼食を取った後、メルと電車に乗り、繁華街に訪れる。事前にメルが決めた指輪が売っているのは、駅から10分程度歩いたところにあるジュエリーショップとのことだ。
おれが彼女に指輪をプレゼントすることになっている。と聞かされたのは、飲み会の次の日の夜であった。
「そんな急に指輪をあげるなんて、なんでそんなこと言うんだよ! メル」
「薫様が言っておりました。男らしくしてほしいと」
しょうがなくメルは嘘を重ねる。
「男らしいって……。それが指輪とどんな関係があるのさ?」
「指輪と一緒にプロポーズでもすれば、薫様も安心されると思われます」
うーん……。確かにおれは、まだ学生だからって逃げていた気がする。それが薫先輩との壁を作ってしまっていたのかもしれない。
「それに、薫様はアキト様より年上なのも気にしてました」
すっかり薫先輩って呼んでいたけど、おれは先輩後輩の関係でいいなんて思っていない。だが、おれが何も考えずに先輩って呼んでいたことで、距離を置かれてしまっていたのではと思う。
「よし! わかったよ、メル。指輪を渡して、先輩としてじゃなく、飯村薫として告白するよ」
「その意気です。アキト様」
「指輪のほうは、私のほうで探しておきますので、見つけたら一緒に買いに行きましょう」
「わかった。でも、おれがだめだ、と思ったら違う指輪にするからな」
「イエス、マスター。おまかせください」
ジュエリーショップに入ると、メルは1度下見にでも来ているかのように、迷いなく歩きアキトにある指輪を提示する。それは、サファイアの指輪だった。
「サファイアって青くなかったっけ?」
「はい、そうです、アキト様。ですが、こちらのサファイアはパパラチアサファイアと呼ばれる希少なものでして。ピンク、赤、オレンジが混ざり合った独特なものなのです」
「確かにきれいだね」
「宝石には石言葉というものがあるのをご存じですか?」
「石言葉? 花言葉みたいなもの?」
「はい。こちらのサファイアの石言葉は『一途な愛・運命的な恋』なのです。ピッタリじゃないですか」
「運命的な恋か。うん、いいね。デザインもいいし。薫先輩にピッタリだよ。これにするよ」
指輪のサイズはメルが測っておいてくれた。予算はギリギリだったのも、メルの計らいだろう。
その帰り道。
「メルには、何かお礼をしなくてはいけないな」
「いえ、アキト様のお役に立つのが私の使命なので」
また使命だとか大げさなことを言う。
「メルにはお世話になってばっかりだし、おれにできることがあれば、何かさせてほしいんだ」
「……ありますが、今は不可能なのです」
「ん? 今はってことは、どれぐらい未来なら大丈夫なの?」
「そうですね。300年後ぐらい先なら大丈夫かと」
「じゃぁ、お互い長生きしないといけないね」
おれは笑いながらメルを見たが、このときのメルはまっすぐに空の先を見つめていた。
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