§ 1―8 欲望に利用される善意



 コントロールルームに入ると、そこには2人の男がいた。1人は頭部がだいぶ薄くなった、見慣れた顔の技術開発局副局長ガーラック。そしてもう1人が、以前より鋭い眼をした第8代王位継承者ゼニス王だった。アニスは目を疑う。


「……ゼニス王。それに、ガーラックさんも、どうしてここに?」


其方そなたは父上のお気に入りの局長様か。貴様の開発したこの装置、ホントにすばらしいぞ」


 2人の後ろにある液晶画面を見ると、どうやら装置は正常に作動しているようだ。


「王とガーラックさんが作動してくれたのですか」


 ゆがんだ笑みを王は浮かべる。


「そうそう。私が作動させたのだよ。ガーラックに指示してね」


 なんだ、この感じ? 嫌な胸騒ぎがする。ふと、さっきのユッドの言葉を思い出す。


(アニス様、これはあり得ません。これほどの揺れを感じるということは、装置が停止していると推察されます。ですが、小さい揺れを感じることなく大きな揺れを感じたことが不思議です)



 まさか……。



「アニス様。状況からさっするに、この者たちが操作パネルで装置を起動させて、自ら振動を起こしたと考えられます」


 ユッドの言葉を聞いて、疑惑が確信に変わった。


「どうしてです? 王、ガーラックさん。この装置は、そんなことのために作ったものじゃないんですよ!」


「クックック……。さっしたようだな。そう、この装置を使って地震を起こしたのだよ。アニスくん、きみはホントにすばらしい。この装置さえあれば、私に文句を言うやからも静かになるだろう」


「なんてことを……。そんなことのために、こんな地震を起こすなんて……」


「こんな地震? きみは今回の地震がどれほどのものか解かっていないだろう?」


 何を言っている? 地震は起きたが、そこまでの規模には感じなかった。


「ガーラックよ、映像を見せてやれ」


「はっ」


 ガーラックがパネルを操作するとディスプレイにニュース映像を流れだす。ヘリからの生中継のようだ。


「みなさん、おわかりいただけますでしょうか。ヘイゼル領の西部に巨大な穴が開いております。ものすごい大きさです。情報によりますと、この地域の震度は7を超えており、尋常じんじょうじゃない大きさの地震であることがわかります……」


 なんだ……これは? アニスは茫然ぼうぜんと映像を見つめる。夕闇の中、人の目では大きさなど到底測れない、巨大な大地の風穴に途方に暮れざるを得なかった。


(なんで……こうなった……? みんなを助けるために作ったのに……。どうして……)


 ユッドが必死に呼びかける。


「アニス様! アニス様! しっかりしてください。アニス様!」


 ほうけているアニスを見ながら、ゼニス王は高揚を抑えられずに言葉を放つ。


「ガーラックよ、見てみろ。これこそ私が求めた力だよ。あーっはっはっはっは……」


「この若造はどうします、王よ」


「こうなってしまえば大人しくしておるだろう。生かして投獄とうごくしておけ。従うようにこやつの娘を人質にしようとしたが、その必要もなさそうだな。さわがれても耳障りだ。バイスに連絡し、計画を変更して殺せと命じておけ」


「はっ、そのように致します」


 ガーラックが携帯端末を取り出し、耳に当てどこかに連絡をし出す。「……殺せ」と言っているのがかすかに聞こえた。そして、通話が終わったと同時に、大地がさらに大きく揺れる。あまりの揺れに地面に片膝と片腕をつき、必死に耐える。


「な、なんだ! 装置は作動しておらんぞ。なんでこんなに揺れるのだ? ガーラックよ」


「はっ。どうやら、先ほど起こした地震の影響で、いたるところで地震が誘発ゆうはつしているみたいで……」


「なんだと! 止めよ、ガーラック!」


「ぬぬぬ……。ええぇーい! なぜ止まらん。ここをこうして……」


 揺れは止まらず、むしろ強くなっていく。



 そのとき、この部屋のドアが開き何者かが入ってきた。部屋の中の状況を瞬時に理解したらしく、銃声が鳴りひびく。その銃弾はガーラックの腹部に直撃し、腹を押さえながら操作パネルから後退あとずさり、膝が折れ倒れこむ。


「アニス、大丈夫かぁ? しっかりせんか!」


 この強い声は、アルバニア様の声だ。曇ってしまった瞳がその姿を追う。


「ア……ル……バニ……ア……様……?」


 状況を察したアルバニアは肩をつかみ、アニスに向けて言葉を投げかける。


「よく聞け、アニスよ。この地震を止めるのじゃ。おまえにしか止めることはできやしないのだろ? ならば、おまえが作った者として最後まで責任を取るのじゃ! イリスを護らなくてよいのか!」


(責任を取る? おまえしか止めることができない? イリス……。そうだ、ぼーっとしている場合じゃない。なんとかするんだ)


 ようやくアニスの目に生気せいきが戻る。


「アニス様! アニス様! アニス様……」


 ずっと呼びかけ続けていたであろう、ユッドの声もようやく耳に入る。


「ユッド……。お願いがあるんだ……。イリスを助けてもらえないか? そして、その後も面倒を見てもらえないかな? きみにしか頼めないんだ」


 ユッドはアニスと共にありたい。しかし、アニスの指示なのだ。アニスのその目が、はるか昔の出来事を思い出させる。


「イエス、マスター……。わかりました」


 アニスに笑顔を一瞬見せ、ユッドは一目散に部屋から出て行く。



 貴方はやっぱりマスターと同じなんですね……


 


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