CHAPTER.2 イヴ・ヨッドギメル A計画途中報告

§ 2―1 メルとの買い物 ①



 西暦2030年7月。日本・東京。



 単位は足りていたが、去年、うっかり寝坊したせいで落としてしまった一限の必修科目の医薬品評価科学のテストが無事終わった。胸をで下ろしながら、約束している駅近のファミレスに急いでいた。


「遅れてもかまいませんよ。気をつけておいでくださいね」


 とメルは言っていたが、こっちの都合に付き合わせるのに、これ以上、迷惑をかけるのも申し訳ない。とはいえ、梅雨の合間の晴れ日は30℃を超える暑さだ。さらに、一応、万全ばんぜんすために、昨夜はテスト勉強を遅くまでしていたため、寝不足でかなり身体がだるい。自動販売機でアイスティーを買い、その場で一気に飲みす。うまい。よし、あと5分ぐらいだし、さっさとファミレスまで行くとしよう。



 額に汗を滲ませながら駅前のファミレスにようやくたどり着く。息を整えてからドアを開き店内に入る。


「いらっしゃいませー。お客様、お一人様ですか?」


「いえ、待ち合わせでして、先に来てるはずなんですが」


「そうでしたか。わかりました」


 店員のお姉さんがカウンターの奥にスタスタと姿を消したところで、落ち着いて店内を見回してみる。お昼どきだからか、店内はにぎわっていた。首を振って眺めると、奥のほうの窓際の席に、目立つ赤い髪を見つける。急ぎ足で歩いて彼女のいる4人掛けの席にようやく到着した。


「ごめん、メル。やっぱりちょっと遅れちゃったよ」


「お疲れ様です、アキト様。お気になさらないでください。遅れることは聞いておりましたので」


「そうだけど、買い物に付き合わせるのはこっちだからね。……あと、メルさん。外では、その『様』って言うのはやめてほしいんだけど」


「そういうわけにはいきません」


 と笑顔で返す。何度言ってもやめるつもりはないようだが、かわいい笑顔で言われるので、つい許してしまう。その顔はどこか、薫先輩に面影がある。左耳の赤いイヤリングが揺れている。


「はぁー。いつも笑って誤魔化ごまかすんだからなー。まぁいいや。遅れた分、お昼おごるよ。まだお昼食べてないでしょ?」


 机の上を見ると、お冷とドリンクバーのアイスティーが置かれている。


「では、お言葉に甘えて、こちらのパンケーキをお願いしてよいでしょうか?」


 机の端のタブレット端末に、パンケーキフェアと表示されているのを指している。


「おぉ! えらい、えらい。今日は断らなかったね」


「何度もアキト様に言われれば、こちらとしてもそれ相応の対応はいたしますよ」


「じゃぁ、その『様』も直してもらいたいんだけどな」


「そちらはあきらめてください」


 とまた笑顔で言う。『様』と『イエス、マスター』だけは、もう諦めた。


「じゃぁ、おれはカルボナーラとドリンクバーで」


「以前もカルボナーラを頼んでいましたよね」


「カルボナーラ大好きだから、何度食べても飽きないんだよ」


「では、私も次はカルボナーラをいただくとします」


「うんうん、食べて、食べて。きっと、メルも気に入るからさ」


「わかりました」


 と言い終わると、端末を手に取り、カルボナーラとドリンクバー、そして『いちごたっぷり! 贅沢ぜいたくふわふわパンケーキ』を追加で注文した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る