第14話 暴力の時代

 タイムマシンが発明製造されて以降、世界には空前のタイムトラベルブームが巻き起こった。最初期こそタイムトラベルには莫大な費用が掛かり金持ちの道楽でしかなったが、今では安価に使えるものも増え、一般庶民もその恩恵に預かっている。

 かく言う僕も……僕たちも。修学旅行の名目で原始時代に来ていた。


「あれが石器かー。あんなんで狩りするとかマジかよ、銃とかねえの?」

「うわー女の子の顔見た? 真っ黒だし眉毛繋がってるし鏡とか見ないわけ?」

「てか男も女もほとんど半裸じゃん! 信じらんない!」


 原始の時代に生きる人々を見て、他のクラスメイトは思い思いの感想を述べている。向こうから見えないようになっているとは言え、よくもまああそこまで騒げるものだ。

 僕はタイムマシンの側で、自身のタブレットを使ってこの時代の詳細に目を通していた。当たり前だが銃が登場するのはもっとずっと後世の話であり、投擲武器は投げ槍と投げ石くらいなものだ。もうちょっと進めば弓矢も登場し、女子の騒いでいた鏡も出てくる。その辺りから文化が爆発を始める。その頃になるまでは恥じらいなんてものはあまりないのだろう。


「ね、何見ているの?」

「あ、えっと。この時代のことをちょっと」

「真面目だね、君は」


 クラスのマドンナ的存在が僕に話しかけてきた。普段接点がない上に女子と話すこと自体まれな僕は思わずどもってしまう。


「この時代の人たちは何を思って暮らしていたんだろうね」

「い、生きることに一生懸命で、余計なことなんて考えられなかったんじゃ、ないかな」

「余計なことって?」

「それは、えっと。おしゃれとか」

「恋愛とか?」


 クスクスと笑って僕を覗き込んでくるので、僕は思わず顔を背ける。


「れ、恋愛結婚なんてなかったと思う。むしろ、結婚って概念もあったかどうか。つがいになれど、子孫も労働力として歓迎されていただろうから、産めや増やせの感覚で倫理感なんてのもなかったんじゃないかな」

「ふーん。君ってば現実的なんだね」


 僕のそっけない答えに、彼女がそばから離れたのを感じた。


「でもね。見て」


 少しだけバツの悪かった僕は、素直に彼女の指差す方向を見る。そこには仲睦まじく水辺で遊ぶ原始の男女の姿があった。その姿はどう見ても恋人のそれで、僕が体験したことのないキラキラがそこにあった。


「結婚って概念はなくてもさ。恋愛感情はあったんだと思うよ。そうやって愛を育んだからこそ、私達が生まれたんだと思うな」

「そう、かもしれないね」


 原始人にも負ける僕の青春時代。マドンナに話しかけられている今がもしかしたら最高に輝いていると言っても過言ではない。


「…………」

「お前らーそろそろ帰る時間だから、みんな集まれー」


 僕が勇気を振り絞って上げた声を近くにいた先生が遮ってしまい、それ以上言葉は続かない。


「それじゃ、またね」

「うん、また」


 彼女が友達の所へ戻ってしまい、輝く時は終わってしまったようだ。まあほんのわずかな時間だったとしても、これからの人生の布石と思えば悪くない。

 もう帰る時間かーとぼやきつつ集まるクラスメイトをよそに、ツアコンの人間が何やら言い争いを始めている。

 曰く、タイムマシンが起動しない、と。


「そんな! なんで起動しないの!?」

「点検してなかったのかよ、どうすんだ!」

「責任転嫁しないでよ、あんたも責任者でしょ!」

「うるせえな、俺は歴史を語るだけの人間だっつーの、こんな事態に対処できるかってんだ!」


 ツアーコンダクターの言い争いはどんどん大きくなり、僕ら生徒にまで聞こえてくる。その頃になると生徒たちもざわざわと騒ぎが広がっていく。


「おいおい嘘だろ、タイムトラベルは安心安全がモットーだろ!」

「帰れないってどういうこと? 私達このままこの時代に取り残されるってこと?」

「馬鹿な! 緊急事態の対処法があるに決まってるだろ!」

「おい、どうなんだその辺は!?」


 ツアコンに詰め寄るいわゆる不良たち。しかしツアコンの二人はしどろもどろするだけで一切解決策を提示してこない。大声を上げたり威嚇をしたところで状況は改善しないというのに、不良たちは喚き散らしてモノに当たり始める。

 それが最悪の結末を招いた。

 タイムマシンを壊してしまったのだ。

 一瞬の静寂のあとに起こる声にならない絶叫が木霊する。

 倒れ込むもの、泣き出すもの、どなりちらすものと様々だが、誰もが冷静にいられない。

 僕はタブレットを確認する。元の時代とは既に接続が切れているらしく、向こうとの連絡は取れない。けれどオンライン上のデータはまだ閲覧出来る。僕はありったけのデータをタブレットにダウンロードしていく。


「ね、君。こんな時に何してるの?」


 顔を青くしたマドンナが話しかけてくる。


「万が一、ここに留まることになるなら。この時代において僕らは赤子も同然だ。けど僕らにはこの時代にないものを持っている。知識だ。それを今めいいっぱい落としてる」


 話しながらも僕は衣食住を中心にデータを次々に落としていく。時間がないが、もともと目星の付けていたものばかりだから特に問題はないだろう。


「これから私たち、どうなっちゃうのかな」

「わからない。タイムマシンが使えるなら帰れるし、帰れなくても向こうで事故が起こったことがわかれば助けも来ると思う。けど」

「現行モデルのタイムマシンでは厳密に同じ時間にいけない。一年から五年は前後してしまう、ってやつね。だから、君は」

「最悪の想定だけどね」


 彼女が周りを見渡す。その頃には騒いでいる人間は一人もおらず、ツアコンの二人も先生もクラスメイトも絶望に打ちひしがれたように空を仰いでいる。

 

「最悪五年。下手したらもっと長い間、僕らはここで生きていかなきゃならない」

「嘘、でしょ?」

「僕らは元の時代でヌクヌクと生きてきた。食べているものの製造工程も、支給された服の作り方も、何も知らない。その上病原菌とも無縁の生活をしていた。正直に言ってしまえば、僕らは助けが来るよりも前に皆死ぬと思う」

「そんな」

「病気、怪我、飢え。中でも最悪なのが殺人」

「まさか、私達が殺し合いをするってこと?!」

「僕は前時代のサバイバル系の漫画とか小説とかよく読んでたんだけど。こういう状況になったら暴力が物を言うんだ。最初は状況に流されておとなしくしていた不良たちが、いつか必ず暴力でみんなを支配するようになる。そうなったとき、女の子たちは……」


 ここで言葉を区切る。きっと想像したのだろう、僕の言葉の先を。口元を押さえて嗚咽を必死にこらえている。


「だから、全ての状況に対抗するためには知識が必要なんだ、力に負けない知識が」


 はっきりと宣言した僕に彼女は笑う。


「さっきまでどもって喋っていた人とは別人ね。頼もしい」


 そういう彼女の顔に羨望が見て取れる。

 僕は隠すことなく笑った。

 その場にいた誰よりも、醜い顔で笑った。


 

 


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