第13話 叩き売りの人身売買

私は今、一つの自動販売機の前で葛藤している。

何故ならその自動販売機。イケメンが中にいるからだ。それも私の趣味どストレートの。


「何を飲むんだい、お嬢さん」


 イケメンが、牛乳瓶片手になんか言ってきた! 


「えっと、あの」

「ああいや、慌てなくていい。君の好きなものを選ぶんだ」


 イケメンが気を使っている! 心までイケメンだ!


「貴方を連れ帰りたい」


 いやいや何言ってるんだ私自分! 


「構わないよ。さあお金を入れてくれ」


 連れ帰れるのかよ、てゆうかお金必要なのかよ! ……自販機だから当たり前か。……当たり前か?


「い、いくらですか?」

「百六十円さ」


 安い、安いぞイケメン! 500mlの飲料水と同じ値段だ! 

 財布を慌ててみると、中に九十四円入っていた。ちょっと待って私。今日日小学生でももうちょっと持ってるぞ。札が入ってると思ってたのに全部レシートじゃないですかヤダー!

 そこで私は気付いた。クレジットカードの存在に。


「クレジットで」

「自販機にクレジット機能はないよ」


 わかっていた、わかっていたけどさ。一応聞いてみただけだから! だからそんな悲しそうな目で私を見ないで!


「買えないなら残念だけど次の機会に、ということで」


 イケメンが自販機の奥(?)へと引っ込んでいく。

 この機を逃したら私は一生イケメンと縁がなくなる。自販機で売られているイケメンとかこの際細かいことはどうでもいい。とにかく、今はイケメンを買うことだけ考えるのよ私!


「待って!」

「何かな? お金を持っていないんじゃ僕は用事がないんだけど」

「返却口、確認させて」

「…………」


 ゴミを見るような目つきだ。でもそのくらいのことで私はへこたれない。わずかばかりのお金があればあの素晴らしい目つきのイケメンを買えるのだ、負けるわけには行かない!

 返却口に恐る恐る手を入れる。そこには茶色の硬貨が二枚。


「二十円! なんで二十円!? 何をどうしたら二十円が返ってくるのよ!」

「百三十円の商品を二百円で買って、五十円だけ持って帰った、かなー」

「せめてお釣り全部置いてけ! そしたら足りるのに!」


 イケメンの顔がもう、なんて形容したらいいかわからないような表情になっている。あれだ、朝ゴミ集積所で寝ゲロまみれのおっさんを見るかのような表情だ。いいぞもっとやれ!


「こうなったら自販機の下を!」

「恥も外聞もありゃしないねえ」

「私の目的はイケメンを買うことだ! そのためなら手段を選ばない!」

「面白い人だ」


 そうして私は自販機の下に光るものを見つける。

 あ、あれは! あの少し大きめの、硬貨は!?

 力いっぱい手を伸ばしても届かない! 何か長いもの、引っ掛けられそうなものは!?

 そこへ、自販機のイケメンがそっと孫の手を差し出してくれる。


「イケメン?」

「貴女の執念には完敗しました。どうぞこれを」

「っ!? あ、ありがとう!」


 イケメンの顔はとても優しかった。渡された孫の手はとても暖かい。私の選択は間違っていなかったんだ!


 ――ッピ。


 そこに、電子マネーの決済音が響く。

 顔の半分を地面につけたまま私が見上げると、そこにいたのは少年だった。


「何を購入されますか?」


 イケメンが問う。


「あんた」

 

 少年が言う。


「ゲームの遊び相手欲しかったんだ」


 無邪気に笑った少年に、イケメンはハッとした顔になり、やがて笑顔になって少年の手を取る。


「わかりました、では行きましょうか」

「うん、レースゲームやれる?」

「私、結構得意ですよー」

「えー超楽しみぃ!」


 二人は楽しそうに言葉を交わし去っていく。

 私一人を置いて。


「じ……」

 

 私は五百円玉を握りしめて、既に遠くにいる二人にいった。


「人身売買は、いけないんだぞー?」


 聞こえているのかいないのか。

 偶然に振り返った少年の、あの勝ち誇ったような顔に。

 私はうかつにもときめいてしまったのは、言うまでもない。

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