第5話 連中

 長い宇宙旅行の果てに、ついに地球によく似た惑星にたどり着いた。

 空気成分を調べてみればほとんど地球と変わらないようで、我々調査隊は窮屈な宇宙服を脱ぎ捨て地表を歩んだ。

 緑豊かな自然と澄んだ水と空気。人類の手で汚れ切った地球の、元の姿がここにはある。我々は歓喜した。ようやく人類は地に足をつけて生きていけるのだ。他の隊員たちが水を飲み、そこらの植物をかじったりして喜んでいる傍ら、隊長だけが難しい顔をして座り込んでいた。

 彼には懸念があった。この星にいるであろう知的生命体の友好度だ。高高度からの観測で知的生命体が住むであろう巨大な建造物を発見している。見るからに堅牢なドームで、外界との交流を拒むかのように一切中の見えない作りに、言い知れぬ恐怖と拒絶を感じて僻地へと降り立った。環境の調査が終わってしまった現在。次に取るべき行動は現地との交流である。やらねばならぬ事だとは言え気が引けるのも事実。

 どうしようかと悩んでいると、まずは内密に行動して確認し見てはどうかとの提案がなされた。露見した時のリスクを考えるに、止めた方がいいのだろうが全員が全員どうしても不安が拭えない様子が見て取れるため、隊長はその提案を受け入れた。

 結果、隊長はこの星から逃げるように飛び去った。

 調査隊はドームの中を見た。中には同じ顔をした人類のような生物がたくさんいて、その誰もが一切のゆらぎを感じさせることなく同じ行動をしていた。歩き方、腕の振り方、欠伸をするタイミング、瞬きにいたるまで、正確にだ。この時点で相当な気味の悪さを感じていた調査隊だったが、決定的にこの星を諦めた事象はこの次だ。

 なんと、調査隊の一人が胸を押さえて苦しみだしたかと思うと、先程まで気味が悪いと思っていた同じ顔の連中の列に加わり、同じように行動し始めたのだ。その上姿かたちがどんどん元居た連中と同じになり、やがては見分けもつかなくなってしまう。呆気に取られている間にも一人、また一人と列に加わり民衆に溶け込む。

 とうとうひとりっきりになった隊長は動くことも声を出すこともできずに固まっていると、それまで規則正しく歩いていただけの民衆が一斉にとまり、隊長を凝視した。瞬間的に物音が消えてなくなり、耳が痛いほどの静寂が隊長を襲う。ここで初めて、隊長は我に帰って、がむしゃらに逃げ出した。

 一人残っていたパイロットが呑気に水を飲みながら隊長を出迎えるが、隊長はそれどころではない。パイロットの言葉も聞かずに宇宙船を起動して飛び上がり、星から離れたところで自害した。

 隊長はこう考えた。何がトリガーになって連中になってしまったかわからない。でも、連中になってしまったのは全員が全員あのドームの入ったものだ。ということは自身も連中になってしまう可能性があるだろう。どういうメカニズムで連中になるかわからない上、連中になってしまう時間が短すぎる。もし、媒介感染のようなもので、自身が生きていようといまいと連中の保菌者となっていたら? 自身がそのまま最後の人類が住まうコロニーに帰ってしまったら? 人類の絶滅は免れないだろう。

 念には念をと船外に自身を排出した隊長は急速に薄れゆく意識の中で、自身は人類に貢献できたと誇った。こんな危険な惑星があると知らしめることができたからだ。

 しかし。隊長は潰れかけの視界で寸前までいた船内の様子を見て絶望した。

 連中が一人、乗っている。


 ……ああ、そうか。どおりで俺だけ連中にならないわけだよ。


 隊長は宇宙の闇に意識を投げた。

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