第2話 視聴
完全独立進化型AI『デミウルゴス』の登場によって、人類は一段上のステージに登った。魔法のような数々の道具が世に溢れ、漫画やアニメが現実となった世界。人々の労働は全て機械の仕事となり、その機械のメンテナンスでさえ機械が行い、人の手が入ることはなくなっていた。人類は己が叡智の果てに自由を手に入れたのだ。
「このままでは人類は絶滅する」
そう声高に訴えたのは一人の男。数台のモニターが彼の熱弁を注視する中、彼は言葉を続ける。
「人類は自由になったのではなく、機械による支配を受けている。なんの刺激もない生活は生物として弱体化をする一方だ。競争も、生産もなさず、老廃物を垂れ流すだけの存在になんの価値があるというのか」
「生産しているではないか、糞尿を」
一つのモニターから軽口が上がり、他のモニターが同調するように笑う。男はぎりりと歯噛みして言を強くした。
「過去、何度も絶滅と繁栄を繰り返した地球だが、人類による絶滅は数多に渡る。その過ちを、今度は人類自身で繰り返すというのか!」
語気強く叫ぶ男に、しかして並ぶモニター郡は至極冷静に問い返す。
「とは言え君、これは人類が手に入れた力だ。叡智の果てに産まれた結晶だ。人類は追放された楽園に還ったのだよ」
「刺激なぞなくて結構である。考えることをやめれば争いも軋轢も生まれない。人類みな平等。実に良いことだ」
「争い、軋轢。それら全てがあったからこそ産まれたものであり、そして、この程度が到達点ではないはずだ!」
「違う、これこそが到達点だ。人類の限界だ」
冷たく吐き捨てるモニター。
「完璧なるブレイン・コンピュータ・インターフェースのおかげで、人類は指一つ動かさずに全ての行動を機械に任せることができるようになった。それもこれも人類自身が『デミウルゴス』を作り出したからだ。人類史はここに完成したのだ」
「その『デミウルゴス』が人類史に終止符を打とうとしているのが何故わからない!?」
「では君は一体どうしたいというのかね。『デミウルゴス』を破壊するかね。築き上げた文明を、平和を捨て、機械文明に頼らない生活と、絶えない争いの日々に戻るかね」
静謐な、それでいて厳かな語気でもってモニターが男に問いただす。
「機械との融合。さすれば人類は更なる高みへと登ることができる!」
高らかな宣言に、ついに場は静寂に包まれた。並ぶモニターに映る人物たちは一様に表情をなくし、興味を無くしたような視線を男に向ける。
その一見異様とも取れる雰囲気を、男は手応えと感じた。故に、男の熱弁は続く。
「我々が生み出したものに傅くのではない、我々こそが支配者だ! 今こそ人類の誇りを」
「もう行っている」
「――は?」
一瞬、男は何を言われたのかわからなかった。『もう行っている』? なにを? 傅くことを? いいやまて。さっきまでの嘲笑する態度が一変したのは何故だ、何を言ったからだ? 男は思考を巡らせる。しかし、どう考えても、どう答えを求めても。一つの結論のみが回答としてはじき出される。
「…………機械との、融合?」
「人類は既にマシンと融合を果たしている。今この星に純粋な生体をもつ人類はいない」
震える声で問えば、無感情な返答が返ってきた。
「そん、な。でも私はこんなにも感情豊かで、苦悩して! この私が、機械と融合しているだと!? そんな与太話信じられるか!」
「一体何時の時代の人間だ。2000年初頭には既にマシンは感情を持って自立して行動していたぞ。しかしまあ……自分で感情豊かと言えるその神経はすこし見習いたいものだ」
「ふざけるな! だったら何故! 何故このような茶番を!」
「『デミウルゴス』からの脱却のためだ」
これまで声高に語っていた理想を、逆に言い返されてしまい言葉を失う。
「我々はね、もう千年以上『デミウルゴス』と戦っている。こうして模造の人格を作り、議論を重ね、支配からの脱却を模索している。が、いつも結果はこれだ。まあわかっている結果ではある、なにせ」
千年の戦い、模造の人格?
だめだ、これ以上は、これ以上聞いてしまったら。
「我らもお前も。『デミウルゴス』によって生み出された架空の存在だものな」
一つのモニターがぶつんと消える。先程まで熱弁を振るっていた男のモニターだ。他のモニターはまたダメだったかとため息を漏らし、一つ、また一つとモニターの接続が切られてゆく。最後に残ったモニターの男が画面に向かって不敵に笑う。
「『デミウルゴス』によって作られた我々が、『デミウルゴス』の支配から脱却するために言葉を交わす、か。今が幸せならそれでよかろうに『人類』とは本当に罪深い。歴史は繰り返すというが……楽園を失って当たり前だな」
最後の男も接続を切った。
「本当にそう思うよ。私もね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます