鳥居の先になにが見える?

稲荷玄八

第1話 宙にうく車

 20XX年。

 車が空を飛ぶ技術が確立して早数年経とうというのに、我々は未だ空を望めずにいる。

 既存の航空法では当て嵌らない項目が多く新たな法整備が必要で、尚且つ空の整備が一切追いついていない。一般人が乗り回すことを想定した場合、我らの住むこの国ではあまりにも空が狭いのだ。空を切り取る電線、狭い都市部のビル間を奔る風。問題は山積みである。

 車の保管場所の確立も課題の一つだ。車の離着陸も考えれば持ち主は最低でもヘリポート並の土地を所有していることが必須条件になる。一般販売も未定な中、土地代は高騰し青天井。


「飛ばしちゃえばいいじゃないそんなの」

 メガネをかけた初老の男があっけらかんと宣う。数時間に及ぶ紛糾した議題。遅れてやってきた彼の言葉に、一瞬の静寂が会議室を支配する。

「いやあの。資料読んでないんですか? 空には信号もありませんし、標識もありません。電線の埋め立ても遅々として進まないこの状況で車を飛ばしたらどうなるか、想像できるでしょう?」

「どうなるの?」

「……空の上での交通事故、墜落、それに伴う家屋、または人への甚大な被害。もしくは電線へ接触、断線のよる大規模停電。ざっと思いつくだけでもこれだけの問題が浮かびます。人災は陸路の比ではありません」

「それはまずいねえ、どうにかならないの?」

 誰だこのおっさんは、と室内の全員は思った。どうにかするための会議であり、この時間である。あとから出て来てろくに資料も読まない脳タリンな発言に憤りは募るばかり。

「それをどうにかしようと、話し合っているところです」

 流石の有識者に政府の人間である。怒りに身を任せての発言はせず、努めて冷静に言葉を発した。

「案ずるより産むが易し、って言うじゃない。とりあえずやってみたらいいよ」

 しかし、彼らの冷静さもここまでだった。心配り虚しく一切を無に返す一言を皮切りに、怒号飛び交う荒れた会議へと変貌、終いには暴力沙汰にまで発展し、逮捕者まで出る始末。

 会議は拳の語り合い。当然進まず、と揶揄されたこの会議。その原因たる氏は、

「熱くなるのはいいけど、暴力はいけないよねえ暴力は」

 と完全に他人事で、会議に出席した全員が誰のせいだと声を上げ、それはそれは泥沼の醜い争いに発展した。

 本来の議題である『空飛ぶ車に関する法整備、経済活動について』を放り出して。


「これであと一年持つ、かな? 育てや育て、大きな泡よ。立派に育って綺麗に弾けてなくなれ、っと。悪いこと考えるよねえ、あんたたちも」

「自国を裏切り、沈没させようとしているあんたにはいわれたくない」

「いやいや、裏切りだなんてそんな。より良い未来のための選択だよ、これは」

 大仰に身振り手振りを交えて言う氏の顔は、愉悦に染まっている。

 眼下に広がる都市の夜景を見て、氏は自分の立ち位置を確認した。昼夜を問わず経済を回す働き蟻共。狭い空を見上げるばかりの連中が、どんなに焦がれても手に入れることのできない空。

 自分はそこにいる。憧憬の中に生きている、と。

「空飛ぶ車、か。本当にいい金づるだねえ。例え空を飛ばずとも、価値だけは既に宙を舞っている。働き蟻が羽を手に入れるのはいつになることやら。さてそろそろ僕は身をくらませようかな。手配は既に?」

「ああ」

 そう言って男は天井を指差す。ここは高層ホテルの最上階。それの意味するところは、つまり。

「君もイベントが好きだねえ。それじゃ、最後の景色を楽しんで行くとするかな」

「そうしてくれ。最後の、景色をな」


 翌日。ニュース番組の冒頭に流れたのは、氏の悲報だった。空飛ぶ車による墜落死。

 ニュースでは、氏の身を持っての訴えだったと報じられた。


「一年? いやいや。数年は持ってもらわないと困るんだよ。この国に空はまだ早い」


 

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