第12話 傭兵
[清廉暦714年春月39日 大河都市]
夕の刻。
荷降ろしと検査を終えて船着場より移動。商隊の合流地である北門手前の広場に着いた。
広場の傍に居た傭兵の一団に呼び止められリコリスが元気に自己紹介したところ、一悶着となった。
「誰だ、お前は?」
「ハンターのリコリスです!」
「この子はね、ユディルくんの護衛として雇ったのよ~」
「は?遊びじゃないんだ、帰らせろ」
「てめえはソッチの雇われだろうが。コッチの人事に出しゃばるなよ。ニカベルんとこの小倅呼んでこいや」
リコリスが見るからに新人ハンターな為か傭兵達からの印象が悪いようだ。
デノースが傭兵達と罵り合いを始めると護衛依頼を受けていた別の傭兵やハンター達が集まってきた。
普通の商隊であれば傭兵団が引き受けた護衛依頼中に新人ハンターが加わると有事での連携や警備時間の調整等で困るだろう。
しかし今回の大商隊では少し事情が異なる。ナジャンテからほぼ愚痴のようにして聞かされた限りでは。
三つの商会とは、ニカベル商会・フラウバッサ大商会・ウェルベドット貴商会。商人達からは『三頭商会』と呼ばれているそうだ。
通行許可が無いより有るほうが良いのは当然だけども、商会にとって一度の通行許可だけでは物足りない。
なので三つの商会は手を組んだ。合同で一つの大商隊を作り、都度代表を変えることで実質三回往復の通行許可としたのだ。
三つの商会は馬車を五台ずつ用意し馬車十五台の大商隊になったのだけれど、一つの商隊として登録できる馬車の台数は最大二十五台までらしい。
流石は商人である。三つの商会は残り十台分の「商隊馬車登録枠」を他の商会に売りだした。
デノース商会は封鎖された街道が利用できるという商機に二台の馬車と個人行商人のユディルの荷車一台を連れて今回の登録枠に参加。
書面上は一つの商隊ながら中身はニカベル商会・フラウバッサ大商会・ウェルベドット貴商会の三頭商会と、ウォーロック商会・蜜鳥商会・二ールグラス商工会・デノース商会の中規模商会とユディル個人商による七つの商隊と一つの個人行商となっている。その商隊の群れが大商隊と名乗って道と時間を合わせて移動しているだけだ。
形だけの大商隊である為に護衛の雇用や警備、宿の手配、水や食料の補給等は各商隊が個別におこなっており、ここまで来るのに水の確保だけでも商隊間のトラブルが何度も遭ったらしい。今回は三度目の大商隊移動なので三頭商会はトラブルを回避している。
商人らしき若男と
ギオウィルダイムは一睨みで周囲の傭兵達とハンター達を黙らせ、若男がデノースに話しかける。
「はい はい。デノース殿、また またトラブルですか?」
「なんだよ、オレがトラブルばっか起こしてるみたいな言い方じゃねえかよ」
「ええ?無自覚なんですか?まあそれはともかく、何がありました?」
「ベリー副会長こんにちは」
「これはこれはナジャンテ様、こんにちは。今日もまたお美しいですね」
「あら、ありがとう。今回はユディルが護衛を雇ったって話ね」
「ハンターのリコリスです!」
「はいはい元気があってよろしい。わたくし、この大商隊の代表を務めるニカベル商会副会長ヤタナシベリと申します。よしなに」
「よろしくお願いします!」
「ユディル氏は護衛居ませんでしたね。それで それで?何か問題でも?」
大商隊の代表が問題は無いと認識しているようだ。これなら傭兵達の茶々を飲み込んでくれそうだ。
しかしここでギオウィルダイムが茶を注ぎ足す。
「ヤタナシベリ殿、傭兵の立場としては少々問題があります。形式上では大商隊となっておりますゆえ、雇った者だけでは頼りないので追加した、新人でも出来る簡単な仕事だ、などと解釈されると他の傭兵達の面目が潰れます。反感を持つ者も現れるやも知れません」
そういう矜持は騎士だけだと思っていた。でもまあ役立たずなんて噂になって護衛依頼が来なくなると傭兵業として死活問題か。
「ほう ほう。それなら今回の護衛依頼は見送り、という訳にはいきませんかね」
「護衛依頼なら朝一で契約済ませたわよ」
「それはそれは。仕事早いですね。それじゃあどうしましょうか」
悩むヤタナシベリに傭兵の一人が声をあげる。
「んなこたぁどうでもいいじゃねえか、ソッチは傭兵のシキタリなんて関係ぇ無えハンターなんだしよ。それにソッチの商会の専属護衛なんだろ?コッチの邪魔にならねぇってんなら居ようが居まいが同じじゃねぇか」
「その通りよね。それにリコリスちゃんはそこらの傭兵よりずっと強くて頼りになるんだから」
「いや、いくらなんでもそれはねぇだろ…」
「あら、ノプトルも節穴だったみたいね。買いかぶり過ぎてしまったわ」
口は悪そうだけど仲裁しようとした男、ノプトル。そして何故か焚き付けたナジャンテ。
ノプトルが鞘に収まったままの剣を掲げる。
大柄な体躯、整えてない髪と髭、日焼けした肌、血と泥で薄汚れた服、傷と補修跡の多い防具。ノプトルという男は騎士や兵士とは違う戦人を感じさせる姿だ。でもまあ、顔と服はもう少し身奇麗にすべき。
「ちょいと手合わせしてくれよ。それでここに居る皆に実力を示したらいい。明日から魔狼の群れに出くわすかも知れねぇとこを通るんだ。これ位でビビっちまうようなら依頼は取り消して帰ったほうが良いぜ」
「ノプトルティ氏。またまたトラブル起こす気ですか」
「新入りに稽古をつけてやるってだけだぜ。何の問題があるってんだ?」
トラブル起こす人多いな。話が妙な方向に進んできた。
「ノプトルじゃあ問題大アリだぜ」
「あのドブトルって奴キライ~。目つきがイヤラシイのよ」
周りの傭兵やハンターから好かれてはいないようだ。
「ええ。良いわよ。リコリスなら楽勝よね?」
リコリスより先に何故かナジャンテが了承の返事をした。
あー、これは傭兵側に対しての落としどころって事か。
夕の刻と少し。模擬戦の準備をする。
ナジャンテが審判を名乗り出て模擬戦のルールを宣言した。
「武器・魔術・道具・従魔等、各々の技能を尽くしての自由戦闘です。ただし怪我を負わせる攻撃は模擬動作からの裁定とします」
見た目は斥候か射手のリコリスに一対一の模擬戦。
商隊護衛側から今のリコリスに求めているのは索敵や射撃の能力ではなく足手まといにならない最低限の自己防衛が出来るかどうかだ。
トントンとリコリスに心話の合図。
〈これは審判の居る模擬戦ではよく使われるルールだね。わざわざ従魔にも触れていたし私も参加しろという事だろうね〉
〈タルテと一緒に戦えるのは嬉しいけど二人がかりはズルなんじゃないの?
〈魔獣使いにとっての従魔は剣であり盾であるからね。それを卑怯だと思う人は予め従魔を育成して連れ歩いておけば良いんだよ〉
〈模擬動作からの裁定っていうのは?〉
〈殺傷力のある矢や魔術による投射攻撃は振りだけをして審判に有効な攻撃だったのか裁定してもらうんだ。降参を宣言するか裁定を含めて勝負が付いたと審判が判断したら模擬戦は終了になるよ〉
ヤタナシベリが近寄り声を掛けてきたので心話を止める。
「いやあ、うちの者が迷惑をかけてしまってすみませんね。護衛依頼については其方で契約を済ませているのなら何も問題ありませんよ。名簿に記録だけさせて頂きますね。一応ハンター証の確認だけ宜しいでしょうか?」
「はい、どうぞ!」
正式に許可を得た。これで負けても護衛依頼取り消しにはならないはず。
ノプトルが出てきて模擬戦になった事で周囲へのリコリスの商隊参加の合否が有耶無耶になり商隊内での余興となった。
なんだかここまでの道程、ギオウィルダイムが周りを威圧しノプトルが憎まれ役を買って商隊間のトラブルを抑えてきたのではないだろうか。
「従魔をおもちで?こちらに連れてきてます?」
「はい!この子が従魔のタルテです!」
「人形ではなく従魔でしたか。なるほどなるほど。個人で携帯し森の中で魔獣を避けて活動をなさるのですね」
植物型の従魔についての理解があるようでこちらの説明もなく勝手に納得してもらえた。商会の庭にでも植えてあるのだろうか。話は聞きたいけれどあまり関わらないほうが良さそうだ。
模擬戦の準備に移る。私はリコリスの背中におぶさる様に張り付き蔓腕の一部をリコリスの腕に巻き付けて根足の一部は胴に巻き付き一体となる。
私の体が隠れるようにフード付きのケープを被る。森の中で木々に紛れるよう草葉に偽装したケープだ。
これでケープから露出している蔓腕や根足も葉装の一部に見える。
町の中では目立つ格好だけど周囲の人にはリコリスが普段森の中で活動するハンターとしての格好で模擬戦に挑んでいる、と思うだろう。
まあ、実際に今後の野外活動でする格好ではある。皮袋や水筒も備えているし。
リコリスは鞘付きのままの剣鉈を逆刃で構える。刃が欠けるような事はしない。私は余った蔓腕でクロスボウを、根足でボルトを持つ。
どう戦うかリコリスと打ち合わせして装備も整えた。
時間だ。ノプトルと対峙する。
「それでは模擬戦はじめ!」
「オラアッ!」
「くっ」
ノプトルの突進からの剣撃にリコリスは剣鉈で凌いだり大きく後退することで回避する。リコリスから攻撃は出来ていない。
ノプトルは新人ハンターに合わせた手加減をしているようで、声をかけてからの大振りだ。フェイントも無く、こちらが距離をとってもすぐに詰められるように構えはしても追撃はしない。
リコリスにクロスボウを使われると相手は判定負けになる可能性がある為か剣鉈を持ち替え射撃する時間が取れない絶妙な距離を保っている。
リコリスの突進からの突き。
ノプトルは半歩動き回避しつつ剣鉈をはじく。
リコリスの上段からの振り下ろし。
ノプトルは敢えて前に出て剣を合わせ力で押し退ける。
魔鰐相手に戦うデギランやドルナーを観たけれど、ノプトルには同等の力量があるように感じる。
ノプトルから魔力を感じないので魔術核が無いのだろう。魔術核持ちは魔力が体内を巡らせて身体を強化し、体表を纏って防御力を高めるという。
私の魔力探査では魔力の総量を計測できないけどリコリスは高めなはず。ノプトルとの体格差を魔力で補い、攻撃をかろうじて耐える事が出来ている。
リコリスがハンターとしての修練を受けたのは35日間。武術の実力差を今すぐ縮める事はできない。だからこそ、ここでは勝っておきたい。
商隊の他の傭兵に突っ掛かれても、模擬戦では勝ちましたよ?え?相手は手加減してた?その加減が分からず負けて評価が出来なかった相手が悪いのでは?で通せる。
何よりリコリスの胸元や太腿をチラチラ見る目が厭らしいので打ち負かしたい。
負けて損無しなのでやれるだけやるまで。
幾らか剣を交え、もう十分に新人ハンターとしての実力を示せただろう。相手が何かする前にこちらから仕掛ける。
やや距離をとったリコリスは剣鉈を水平に構える。今までの戦闘で一度も見せてない構えだ。
ノプトルはそれを切り札だと感じ取ったようだ。こちらが横薙ぎをするにしても腕も剣身もノプトルのほうが長くて届きはしないだろうにそれでも油断無く構えてくれた。
リコリスには一度深呼吸をした後に気合を込めるかのように声を荒らげて詠唱してもらう。私のこっそり詠唱の為に。
「ウシャム セルト ノエ レデル ハミス ガ バハーザ!」
そして突進。相手の間合いに入る前に急停止。ケープと私の根足がはためく。
ノプトルはギョッと目を見開く。急停止の事ではなく私の根足に巻きついているボルトの鏃が全て意図してノプトルの方を向いている為だ。
そして届かないはずの距離から全力で振り抜こうとする横薙ぎ。これをフェイクとは断定せず、剣鉈とボルトを視野に収めて警戒している。
そこにリコリスの腰の水筒から水が飛び出す。その水は空中で向きを変え私の視線の先、ノプトルの目へと襲い掛かった。根足のボルトは何もせず、リコリスの横薙ぎは空振りした。
「ぐっ!」
水の目くらましを喰らって即座にバックステップで距離をとってしまうノプトル。リコリスも後退して互いに大きく距離をとった。
リコリスは片膝をついて剣鉈を地面に置く。私が用意していた弦の引いてあるクロスボウを受け取り、ボルトをセットしてからまた外し、「射ちます!」と声をあげた。
「はい、今の射撃は有効と判断するわね。よって勝負有り!勝者リコリス!」
ナジャンテが手を挙げ宣言した。
「おおー!嬢ちゃんやったな!」
「さっきのは水弾の魔術具よね?あれは良いタイミングだったわ」
「俺は最初から新人ちゃんが勝つと思ってたぜ!賭け試合なら大儲けだったのにな」
「ノプトルに賭ける奴が居ねえから賭けになんねえけどな!」
周囲から手心を加えられていたとはいえ勝利したリコリスを賞賛する声、そしてノプトルの失態を笑う声が広がる。
ノプトルの失態をあえて挙げるとするなら、こちらを新人として見て手心を加えすぎたところか。それがなければ初撃で負けてた。
審判による裁定のある模擬戦においてボルトで突き刺しなんて普通はしない。しかしリコリスが新人であるがゆえに裁定がよく分からず攻撃してくる可能性も想定したのだろう。
剣鉈による横薙ぎも魔術の詠唱句と絶対に当ててやるという強い意志と漏れる心話を感じとっていただろう。
実際あの時リコリスはぶっつけ本番で大技を繰り出そうとしていた。手や武器から風魔術を放出し武器の攻撃範囲を伸ばす【風威の魔術】だ。剣鉈に魔力は込められたけど、そこから風の放出には失敗してた。
それでもあの時のリコリス自身は本気で放とうとしてたのでフェイクと割り切るのは難しい。
剣鉈とボルトどちらもフェイクと捉えられていたら不意打ちで放った水弾の魔術も回避されていたかもしれない。
実戦なら魔術を使う者に対してもっと間合いを取るか詰めるかする必要があった。しかし今回はリコリスの実力を測る為の模擬戦だ。速攻で勝負を決めては周囲から不満の声が上がるので、攻撃を待って迎撃するしか選択できなかった。
この後ノプトルに絡まれる可能性も考慮し、即座に撤退。荷車の陰に隠れる。ナジャンテはその場に残ってくれたから、うまくやってくれるだろう。
勝手に巻き込んだのはナジャンテなのだから貸し借りにならない。
模擬戦という余興の合間に大商隊は点呼を済ませ広場からの解散となった。
宿はデノース達と同じ宿だ。光の点滅魔術による通信で南の宿屋から北の宿屋へ宿泊の予約を済ませている。宿の従業員は通信を受けていた植物型従魔の私に関心があったけど、その頭上に乗ってた小妖精のほうに全て移った。目立ちたくないので助かる。
宿に着き自由時間となった。ナジャンテは別の商隊の人に呼ばれて出て行った。リコリスも町の中なら見て回っても良いとの事なので、
「知り合いが近くに居るはずなので会っておきたいんです。少し出かけても良いでしょうか?」
「へっ。護衛依頼主はオレじゃねえ、ユディルだろ?」
「ええと、僕は外出の予定はありませんので構いませんよ?」
「オレとしちゃあ時間までに戻るならユディルと一緒に出かけても良いんだがな」
「いえ!一人で大丈夫です!」
「あ、はい。どうぞ」
「なんだ脈無しか。晩飯前には戻ってこいよ」
「はい!それじゃあ行ってきます!」
捜し人は魔鰐討伐で一緒に戦ったドルナーとベラの息子であるソルスタッドだ。町の北側で守衛をしているはずなので北門の傍にある詰め所に行けば会えるか伝言を残せると考え北門へ向かっていた。その途中で巡回中のソルスタッド本人がこちらを見つけた。
巡回の仕事中だったのもあって簡単な挨拶と報告だけで済ませる。世話になったのは親のドルナーとベラのほうみたいだし話す事もないようだ。
「じゃあな、リコリス。気をつけて行ってこいよ!」
「はいっ!行ってきます!」
彼以外にも狩猟拠点のハンターが居るはずだけど知り合いでもないようなので挨拶はなし。用事終了。
すぐ宿に戻っても良いのだけれど明日にはここを発つので近くの店を見て回る。食料品店で明日明後日までに食べきれる果物を買う。デノース自慢の移動店舗でも生果物は売ってない。
万屋には対岩狼用の盾が五百フェダールで売られていた。
ゴワゴワで厚みのあるクッションで腕を包みこみ、それに長細い盾というか木板が付いている。岩狼に盾部分を噛み付かせてその隙に刃物で首元を掻っ切る、という利用法だ。岩鰐や魔狼も出没するけれどそれらに試してはいけない。腕ごともってかれるだろう。
リコリスはその盾を
〈わあ、これ良いなあ。安いなあ。でも色々買っちゃったしなあ〉
と心話が漏れるほど甚く気に入ってたので購入を勧める。購入。これはこれで使えそうだ。
宿屋にて。リコリスの部屋に居座るナジャンテ。リコリスは詠唱の練習、私は発声の訓練をしつつ水弾の魔術についてはバレバレだけど一応はぐらかす。発声のご褒美として出された果実類は頂く。おいしかった。
就寝前に半眼のナジャンテを部屋から追い出し、用意されていた植木鉢にて就寝。おやすみなさい。
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