第11話 小妖精

[清廉暦714年春月39日 大河都市]


 朝の刻と少し。


 リコリスは40日に出発する大河都市リグダンから魔術都市カウイェルヤッハへ向かう大商隊に参加する行商人ユディルの護衛をハンター組合を通した正式な護衛依頼として引き受けた。


 リコリスが新人ハンターで頼りなく見えたとしても大商隊の商人や貴族が組合を通した契約を解除させてまで拒みはしないはず。



 役所を出る。デノース達は宿へ戻るので一緒についていく。


「しかし一緒に行動するならアレ、どうするんだ?」


「護衛をしていただけるのなら先に話しておいたほうが良いですよね」


「ちょっと二人ともー、そこはタイミングを見てサプライズするとこでしょう?」


 ユディルは自身のジャケットをめくって見せる。内ポケットから小人が顔を出して手を振った。


「あの子は僕と一緒に行動している小妖精のルネルシャナーリゥです」


「ルネだよ~」


「わああ、妖精さんだー!私リコリス!こっちがタルテだよ!よろしくね!」


 眠い目をこすりながら挨拶する小妖精ルネ。目が合った?じっとみつめてくる。ふわりと飛び上がりこっちに飛んで来て、私の頭の上にぽすんと乗っかる。そして…寝た。


 リコリスは私を両手で支えながら向きを変え小妖精を眺めているようだ。


 小妖精。

 人の姿をしていて翅をもつ小人だ。様々な色の小妖精が居るらしいけど、このルネは赤みのある黄色、不言色いわぬいろをしていた。


 小妖精は人と普通に会話できる高い知性を持ち合わせている。しかしデールフェルク国の現行法が対応しておらず市民権が獲得できない。


 そのために従魔や従者として市民権を持つ者の庇護を受けなければ物品や野良の魔物という扱いになりかねないのでこの国では暮らしにくいのだ。法改正はかなり昔から議論されながらも改正には至っていない。


 リヌ大河より北部領地側は小妖精も暮らしている山麓都市ガライシャとの交易に関わるので法改正賛成派で占めるが北部の発展が妬ましい南東部と中央の一部勢力が反対派だったはず。


 法改正したら私も精霊の一種とかに入れないかなあ。



 リコリスに私を従魔として紹介してもらう。


 デノースやユディルには人形と思われていたようだけどナジャンテには最初から従魔と気付いていた様子。やはりナジャンテは魔力探査もこなせるのだろう。


 昼には船着場から大河を越えて都市の北側に行く。


 デノース達が宿泊している宿の隣にある駐車場に着く。ユディルは荷車、デノース馬車を二台所有している。貴賓室一号馬車と移動店舗二号馬車だ。


 どちらも箱型で屋上は夜間の護衛達の見張りを兼ねた野営空間となっている。馬は居らず別の場所に預けているようだ。


 移動店舗というのが気になりリコリスに腕防具と魔術粉があるか聞いてもらうと、デノースが「いいのがあるぜっ」と答えた。


 移動店舗二号馬車は馬車の側面に二つずつ後ろに一つ扉がある。


 デノースは左後方側の扉に手を掛けると中央から上下に開く。上に開いた扉は屋根に 下に開いた扉は階段になった。ほほう、良い仕掛けだ。


 ケージ付きの棚に商品が収まっている。革製の防具が揃っていてデノースがケージを開けて革のグローブを取り出した。


「これが良いんじゃないか?着けてみろよ」


 リコリスは試しに着けてみることに。私はユディル青年に抱き抱えられている。葉髪の上にはルネが乗ったままだ。


 革のグローブの材質は柔らかく丈夫そう。ただ小柄なリコリスには少し大きい。


 クロスボウを扱うのでもし指先の動きが阻害されるようならグローブの指先部分を切り取る必要もでてくるな。


「ちょっと大きいです」


「これより小せえのは無えって。ほれ、調整するから腕をまっすぐ伸ばせ」


 デノースがグローブの弛んだところをウッドクリップで抑える。


「デノースったらそんなことも出来るのね」


「革職人を連れ回すわけにはいかないからな。仕込まれたんだよ」


 ナジャンテの声かけに返事はしても手は止めないデノース。商人としては口の悪さで損をしてそうだけど仕事は真面目にこなすようだ。


 クリップを付けたままグローブを抜き取る。


「明日までには仕上げとくぜ。値段は込みで六千くらいか。護衛の依頼料も入るし足りるよな?」


「はい」


「あとは魔力粉か?専門じゃねえがそれなりに積んでるぜ」


 都市に着いた時期的に魔力粉の買い取りはされなかったようだ。どれ位必要なのか分からないリコリスが迷っていると


「一緒に行くんだ、足りなくなったらまた買ってくれよ」


 と、小瓶1つ分だけ渡される。私を見たリコリスにそれで良いと目をパチパチと瞬きして合図を送る。購入。この一瓶だけで二千フェダールだ。


 ユディルの護衛依頼は食事付きで一日に二千フェダール。魔術都市まで六~七日の行程になるので一万二千フェダール以上だ。


 沼鰐の魔核を魔術都市カウイェルヤッハで売却すれば最低でも四十万にはなるし旅費に問題は無い。



 移動店舗の扉を閉め出発の準備を始めると傭兵のロディナンとケネッド、御者と思われる男性二人が四頭の馬と一頭のロバを連れてやって来た。それであの傭兵二人はこの場に居なかったのか。改めて自己紹介する。


 商会長のデノース、御者を兼ねた商会員のルセンテルとオルバ、傭兵のロディナンとケネッド、女僧兵のナジャンテ、デノース商会傘下の個人商ユディルと小妖精ルネ。この8人がデノース商隊のようだ。


 ナジャンテは大商隊の代表の要請で参加していて、ユディルは登録上では個別の商隊らしいけど。


 宿を出る前にデノースはリヌ大河北側の提携宿の予約を済ませる。光の魔術具を点滅させて連絡を取れるらしい。宿名簿にリコリスと従魔タルテを追加してもらった。


 過去に植物型従魔の持ち込み記録もあったらしく小型なら一緒の部屋でも大丈夫とのこと。寝床としての植木鉢と土も用意してくれるらしい。


 デノースの号令で宿を発つ。

 貴賓室一号馬車にナジャンテが乗り込み、その横を歩くケネッド。


 移動店舗二号馬車のほうにデノースが乗り込み、その屋上にロディナン。二号馬車の屋上は監視台になっている。


 ナジャンテは僧兵で護衛なのか上級神官で護衛対象なのか、どこか不思議な立ち位置だ。


 リコリスはナジャンテに貴賓室内へと誘われる。しかしそれを固辞してユディルが操るロバ牽き荷車のほうへ。貴賓室の内装よりも小妖精の存在に惹かれていた。


 本来ならリコリスは護衛として荷車の横を歩くところだけど今回は乗せてもらった。街中なら路面が整っているから負担にならないそうだ。


 船着場までの道中でリコリスとルネはとても仲良くなった。私の頭の上でゴロゴロしたりして寛いでいる。



 リコリスに私のような容姿の魔物は見た事はないかと聞いてもらう。ルネもユディルも知らないようだ。


 ルネは私の頭の上がお気に入りのようで「会ったことがあれば忘れないよー」という。


 ユディルからは魔術都市カウイェルヤッハならこの国の魔物を網羅した資料室があるという。まあそれについては私も知ってた。


 山麓都市ガライシャでは小妖精を含めた様々な種族が市民権を持って暮らしていて、妖精都市ナッシュドゥーメなら市民の大半が小妖精や精霊だそうだ。そういう場所に行けば知っている者も居るかも知れない。



 朝の刻と半。船着場に到着。


 船着場に他の馬車は無く、今通った馬車道から複数の馬車が見えた。大商隊で外周地区に泊めた馬車の中では一番乗りだ。


 検査官に直ぐに終わるからとロバ牽き荷車が最初に検査された。

 リコリスがハンター証を差し出し私を掲げる。


「ハンターレベル11のリコリスです!こちらが従魔のタルテです!…ええっと、従魔は抱えられると五百フェダールで良いんですよね?」


「そうだね。ああ、そのまま持っててくれるかい?」


「はい!」


 男性検査官が私の服に付けてあるネームタグを確認した後、魔力を感知する魔術具を押し当て、私の葉髪を掻き分け、ドレスの着ぐるみの上から触る。


 私以外から魔力を発する何か、魔術具等を隠し持っていないかの確認だろう。くすぐったいけど動かず我慢。


 その隙に女性検査官が私を掲げて動けないリコリスを確認する。最後にリコリスを椅子に座らせブーツを脱がして確認し終了。


 私のほうは脱がして確認まではしなかったな。リコリスが堂々と掲げていたのと女性っぽい服装だったから男性検査官として脱がしたり捲ったりの確認はやりにくかったのかもしれない。


 ルネは予め鳥篭に入っていて従魔でありながらも荷物審査のように受けている。ちなみに鳥篭の入り口が施錠されているけれど、全体を囲む格子の隙間をルネは素通りできる。中のベッドが豪華なのでここが普段の寝床なのだろう。


 身体検査で男性検査官のほうにしれっと並んでたナジャンテが男性検査官を困惑させ女性検査官に引っ張られて別室に連れて行かれた以外に問題は無く、ナジャンテを含めた全員に乗船の許可が下りた。船賃千フェダールを渡す。



 昼の刻。


 食事や所用を済ませて運搬船に乗船。ロバ牽き荷車ごと収まる厩舎のような部屋に入った。


 デノースは乗客用の部屋に移るみたいだけどユディルは荷車の見張りとして残ると言うので私達も護衛として一緒に残る。



 そして出航。

 乗船前から対岸が見えるので時間として僅かな船旅だ。それでも船室の窓越しに大河を眺めるリコリスは楽しそうだ。


 そしてそのリコリスを眺めるナジャンテ。客室に連れ込むのを諦めこっちへ来た。



 ナジャンテがランチボックスから干し肉のカントルレイユを取り出しリコリスに餌付けを始める。


 カントルレイユはパンに具材をはさんで手掴みでも食事をしやすくしたものだ。砂の魔女カントルレイユが考案し広めたといわれている。当時はもっと固いパンだったみたいだけど、このカントルレイユのパンは柔らかくて良い匂いがする。


 ユディルとルネにも渡す。ルネが私の頭の上で寝転がり、パンくずをこぼしながら食べてる。


 リコリス経由でタマゴのカントルレイユをいただく。両の蔓手で掴んでもぐもぐ。うん、うまい。


「あら?タルテちゃんそうやって食事するのね」


 ウカツ!おなか空いてたし美味しそうだったからつい普通に蔓手で受け取って食べてしまった。


 ナジャンテに指摘されるまで気付かなかったけど他の植物の魔物は口で食べないのか?口が無いとか?こっちは話でしか聞いたこと無いんだよ。


「タルテはいつもこうやってゴハン食べてるよ?」


「あら、そういう種もいるのね。お口があるならおしゃべりとか出来ないのかしら」


〈タルテ、何て言ったら良い?〉


〈えっと、声は出せない、喋れないって事にしておいて。ナジャンテに喋れると知られたら面倒になりそうだ〉


〈うん。わかった〉


「タルテは喋れないよ」


「ぷふ。ナジャンテに知られるとメンドウになるって心話で言われてるよー」


「え?」


「あらあらあらぁ?話せるだけじゃなく洞察力を備えた高い知性もあるようね」


 ウカーツ!ルネってば心話聞き取れるんかーい!



 食中。

 リコリスが私の事情を隠しつつ出会いとこれまでの旅の話をした。


 心話の技能については私の能力であり、私がリコリスに触れている時に出来るという事にしておいた。リコリスが利用されないように、そしてリコリスの切り札・奥の手とするためだ。


 ユディル達の旅の目的地も聞いた。この大商隊の目的地は北境都市タンシオンだけれど、ユディル達が目指すのはそこからさらに北、国境を越えて山麓都市ガライシャを通り、さらに先にある妖精都市ナッシュドゥーメだそうだ。


 ルネは生き別れた妹のルナ、ルナルティティーシャを捜していてユディルはそれに協力し旅をしている。


 ルネとルナは眠ると夢の中で会えるらしく、ルネはどこかの塔に居て、その塔から見える都市が特徴から噂話に聞く妖精都市ナッシュドゥーメではないかと考え、手がかりを求めて目指しているそうだ。


 リコリスは山麓都市ガライシャを目指していると話はしたが魔術都市カウイェルヤッハに一旦留まる名目がある為に今回の旅で一緒には行けないと答えた。



 食後。リコリスは魔術の練習をはじめる。

 風流操作の魔術の詠唱練習をしているとナジャンテの指示でユディルも魔術の向上の為に一緒に行うことになった。


「ウシャム セルト フアー」


 ユディルの詠唱には魔力が乗り風流操作の魔術が発動している。ユディルの膝の上で寝転がるルネが気持ち良く風を受ける。


「んんん…ウシャム セルト フアー!」


 リコリスが力をこめて唱えた魔術詠唱は失敗。


 ナジャンテはそれを見て過去の指導経験談を語る。体内の魔力の流れを感知し操作できるようにする事と詠唱文である魔術詞を何度も何度も唱えて心に刻み込む事が大事だと言う。


 魔術詠唱に素質がある人は数日から一年くらい、三年かけても発動できないようなら素質無しと。


 私がこの姿になった後は偶然か魔物の特性か、すぐに自身の魔力を感知できて魔力を乗せた詠唱も出来ていた。


 魔術詞については魔術に憧れていて以前から何千何万と唱えてはいたなあ。


 そして私は何故かナジャンテに抱き抱えられて発声練習をする事になってた。


「火の魔じゅつ、みずの魔じゅつ、風の魔じゅつ、土の魔じゅつ」


「すごく良くなってきたわよ。そのうち魔術詠唱も出来るようになるわね」


 むしろ日常会話より魔術詠唱のほうが得意です。


「はい、ご褒美よ~、あ~ん」


「あ~ん」あむあむ


 ナジェンテは褒めて伸ばす教育方針のようだ。一口大にカットされた桃を食べる。


 決して懐柔された訳ではない。桃は普段食べる事は出来ない高級果実であり、今の私でも食べる事が出来るのか確認する絶好の機会なのだ。美味しい。


 訓練のあとは休憩。

 これまでの旅の話や大商隊の話、そしてこの場に居ないデノース、ロディナン、ケネッドの話などをして親睦を深める。


 デノースとナジャンテは同都市同地区の出身で顔馴染みだったらしい。この大商隊に雇われた事で再会し、デノース商隊と共に行動している。


 ロディナンは昨日会ったチェインメイルの男 ギオウィルダイムが団長を務めていた傭兵団に所属していたそうだ。その傭兵団が解散した後デノース商会の専属護衛となった。


 ケネッドは色々あって負債を抱えているらしく、デノース商会で専属護衛として働く事で返済している。


 ナジャンテの見立てでは中々見込みがあるという。

 んー、見込みあるか?魔力を感じるので魔術核持ちではあるけれど魔術詠唱の素質はないらしく、傭兵としての技量や向上心も感じられない。


 この大商隊はニカベル商会の副会長ヤタナシベリという男が代表だそうだ。

 商隊護衛の中では、まとめ役の傭兵ギオウィルダイム、魔術士ダッコウィーナ、剣士ノプトルティあたりが強くて有能らしい。


 他には複数の商会で構成された商隊である為か幾度か商会同士での衝突があり大変だったと愚痴を聞かされる。


 頃合を見計らってユディル、ルネ、ナジャンテに私の事を周囲に秘密にして欲しいと頼み込み了承を得る。これは口約束だけど大丈夫だと思いたい。


 ナジャンテからは「その計算高いところも素晴らしいわ!」と称賛される。くっ。

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