女僧兵

第30話

[清廉暦714年 春月39日 明の刻と半分節][大河都市 南側外周地区 おいしい黒パン亭]



 明の刻と半分。


 リコリスとトアは共に身支度をして食事を取る。

 トアはこれから門番の仕事があり、もう出かけなくてはいけない。そして私達は今日の内にリヌ大河を超えて都市の北側へ移動する予定だ。


「リコ~、リコ~」とリコリスを抱きしめ別れを惜しむトアに、


「門番の仕事に遅れるから、また怒られちゃうから」と宥めながら仕事へ送り出す。


 リコリスの旅の目的は山麓都市ガライシャに居る精霊と、両親の仲間だったハンターに会う事である。

 無難に旅馬車で乗り継げたら年内に旅を終えて狩猟拠点に戻れる。北部に限らず、旅は危険ではあるが今生の別れでも無いのだ。


「決めたっ! 私強くなっていつかリコを追って北へ旅立つよ! リコー! またね~っ!」


 ……すれ違うのでは。いや、トアが追いかける前にリコリスが戻って再会するか。まあ目標を持って鍛えるのは良い事だ。

 リコリスは寝ている人たちもいるので別れの挨拶は控えめな声量にして代わりに両手を大きく振ることで応えた。



 宿屋の壁に飾ってある都市の案内地図を眺める。役所の開庁時間は朝の刻。船着場に行くのも早い。近くに訓練場があるのでそちらに向かおうと思う。

 私が書いた手紙を役所に持って行き、『輸送許可証』を取りに来るであろう商隊関係者に直接手紙を渡し、あわよくば私たちごと便乗させてもらおうという寸法である。

 リコリスが書いた手紙は私が寝てるうちに宿の配達箱に入れたそうだ。


 部屋の鍵と植木鉢を返却して一礼。背袋の中で見えないながらも私も宿の主人に深く感謝の礼をして宿を出る。


 感謝と言うのも根足を土の中に入れて一晩寝ていたら以前岩鰐で自切した足がくっついていたのだ。感覚もあり足先まで動く。

 更には失った左蔓腕のあった箇所から、まだ短いけど蔓腕が生えてきたのだ。


 こちとら元人間なんだよ、土に入って寝たりしないよ! 今回植木鉢が無ければ土に入って寝るなんて事は今後もしなかったぞ! 宿の主人ホントありがとう!


 訓練場へ向かう途中で大商隊で見かけた馬車がいくつか停車してある行商人向けの宿があった。やはり昨日の内に町の北側へ渡る事は出来なかったようだ。

 数は少ないので各地区に分かれているのだろうか。



 訓練場に着く。木柵で囲まれた広場だ。木壁で囲まれた射撃場がある。

 入り口にある小屋に監視員一人、広場には模擬戦をする男性と少年の二人とそれを見る男女二人。射撃場には誰も居ない。


 入場料として十フェダールを支払う。防壁の内側にある訓練場は有料だ。無料じゃないのは子供が入ってきたり流民が居ついたりするのを防止するためだ。


 監視員から利用規約を聞いてみると規約表を指差しながら簡単に説明してくれた。

 訓練場として特に変わった規約はなく、


・模擬戦は刃の無い練習用武器を用いること


・射撃場は射撃位置から的の方へ射撃すること


・攻撃魔術は射撃場での射撃のみ行うこと


・その他の魔術の使用は監視員から許可を得ること


・監視員の指示に従うこと


・決闘や喧嘩は禁止


・怪我や事故は自己責任


・違反者には都市法による罰則


 といったところだ。



 魔術矢を放つ事と的は破損させても大丈夫なのか確認すると射撃場にある的相手なら魔術も魔術矢も問題無しのようで、的になりそうな物があれば受け付けるとも言われた。

 さらには土魔術の練習として生成された矢やボルトが置いてあるので好きに使って良いらしい。それは助かる。


 射撃場に来たのはリコリスが魔鰐に放ったという魔術矢を見せてもらう為だ。


 的は土魔術で形成された少し崩れた土壁と木の棒に壊れた鎧のようなものが掛けてある。昨日私が矢生成の魔術で生成した土のボルトで土壁を狙う。

 リコリスは荷物を横に置き、射撃の準備をする。そして深呼吸をしてから


「ウシャム セルト ノエ ラウ キエ ルイデテナ セ バーサ!」


 違う、違う。それは誘導矢の詠唱であって貫通矢の詠唱じゃ無い。しかも誘導矢の詠唱としても間違いがある。詠唱に魔力が乗ってもないので詠唱が機能してない。

 それでも土のボルトに魔力は込められていて「撃ちます!」の掛け声で放たれたボルトは土壁に当たり、ドン!と音を立てて土壁の一部を破砕、土のボルトも粉々に破裂した。


 凄い威力だ。ボルトに込められた魔力がボルトの硬度を高め、纏った風が速度を上げている。見たこと無いけど【貫通矢の原初魔術】で合ってるだろう。



 射撃場で轟音を立てた為か人が集まる。女性と少年の二人だ。


 監視員は後ろからこちらを見ていたけど他の人にまで見せる必要は無い。射撃場にあとから人が来た時や最初から人が居た時の対応は打ち合わせ済み。

 残りの土のボルト三本を魔術を使わず普通に狙って射撃。荷物を背負い、どうぞ。とばかりに射撃位置を譲る。


 ここから普通の射撃練習に切り替える。そもそもクロスボウによる射撃経験が少ないのだ。

 土の矢が置いてある棚へ移動。弓用の矢ばかりだけどリコリスのクロスボウに合うボルトもあった。私が作ったボルトより質が良いや。


 ボルトを二十本抱えて振り向くと女性が射撃位置に立っていて少年がそれを見ていた。武器を構えていないので魔術射撃を行うようだ。

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