大河都市と岩狼の森
第8話 大商隊
[清廉暦714年春月38日 街道付近の野営地]
明の刻。
リコリスを揺り起こす。リコリスは虫除けの香が充満するテントを出て焚き火の前のデギランに挨拶した。
「デギランさん、お早うございます。交代します!」
「起きたか。では俺は朝の刻まで横になる」
デギランが自前のテントに入りテントから虫除けの香が漏れ出すのを待ってリコリスに小声で挨拶をする。
「おはよう、リコリス」
「おはよう、タルテ。デギランさんが居たから喋らなかったの?」
「うん。しゃべれることは、ひみつのほうがいい」
リコリスからデギランの話を聞いた。デギランはハンター時代にリコリスの母リドリーと共同依頼を受けた事もあったらしい。
数年前にリドリーが狩猟拠点の近くのテノ村で暮らしていると聞き、様子を見に来た。そういえば狩猟拠点は新人育成と現役引退者へ仕事の斡旋もしてたな。
そしてリドリーが病で床に臥せている事と娘リコリスが居る事を知る。それからはたまに村へ来くるようになり、リドリーの葬儀にもハンター職員という立場で手伝ってくれたそうだ。
リコリスが15歳の成人ですぐ狩猟拠点に移動してハンターを目指したのはデギランが狩猟拠点の教導の管理職員だったという理由も大きいようだ。
デギランは誠実で信頼出来そう。しかし私の秘密を打ち明ける気にはなれない。私にとっての信頼性でシャーデック先生に及ばなかった。
それにリコリスはベルドライズ貴羽爵に関わる事件をまだ把握していない。デギランに話すとリコリスにも知られて巻き込む事になる。今のままならまだ私に利用されていた、で通るし。
でも
朝の刻。
朝食は干し野菜のスープにいつもの携帯食。デギランを起こして一緒に食べる。
食後にデギランとリコリスが木剣で剣の稽古を始めた。木剣は稽古する前提だったのかデギランが用意していた。
デギランが手加減しているとは言えリコリスは十分に動けている。魔術核を持つ者は魔術核から魔力が全身へと巡り、筋力と持久力を高めているという。
周囲に魔力や魔素がない環境では魔術核を持つがゆえに弱体化するが、牢獄のように意図的に準備しなければそうそうないだろう。
「クロスボウと剣では相性が悪いな」
「はい、クロスボウを、構えた状態からの、不意打ちだと、剣は持てないです」
「なら篭手か拳具か爪あたりになるか」
デギランの言葉に息を切らしながら応える。
リコリスの小柄な体格的に近接格闘は不向きだ。タタベラメラがクロスボウを譲って薦めたのも分かる。
リコリスの腕は布帯を巻いているだけだ。沼鰐皮の腕当ては布帯には合わせ難いためブーツに取り付けて腕当てから脚当てになっている。クロスボウを主武器とするなら篭手か拳具か爪という装備の候補は妥当に思える。
篭手は重い。今後、魔術で攻撃が出来るなら篭手は片腕だけでも有効だ。
拳具、ナックルダスター等なら軽量で携帯性に優れる。しかし攻撃を防ぐには不向き。
爪なら手甲鉤だな。篭手同様に重いけれど武器にも使える。訓練次第ではクロスボウを手に持ったまま登攀も可能になる。
しかしリコリスの腕に合った装備品が都合良く見つかるとは限らない。現状ではサイズの合った皮手袋を用意して沼鰐の皮当てを取り付けて攻撃を凌ぎ距離をとるのが最善だ。
テントを畳んで野営地を発つ。
道中で植物型の従魔についてデギランが分かる範囲でリコリスに語ってくれた。
植物型の従魔は基本的に『庭番』らしい。邸宅の庭に植えておき、壁を越えて不審者が通ると紐を引いたりベルを鳴らして門番に知らせるという警備員としての役割だ。私のように森の中を動き回れる植物型従魔は珍しいらしい。
特殊な植物型の従魔の例としては薬効のある魔植物素材の鮮度を保つために生きたまま運搬する場合だ。魔物を生かしたまま町に入れるので従魔という扱いにするという。仮に私の身体に薬効があったとしても誰にも言わないぞ。
私は魔力探査で魔物が近付けばリコリスに知らせる事が出来るので携帯庭番従魔として扱ってもらおう。
獣の痕跡を見つけたので狩りをする事になった。普段は木の上に潜み標的が下を通ると鋭い爪と牙で飛び掛ってくる育児嚢を持った獣、ゲルンクだ。
リコリスがすぐに見つける。正確にはこちらを標的として見据えている獣からの心の声の方へ歩いていっただけなんだけども。
飛び降りてくる機会も与えずクロスボウで射られるゲルンク。捕らえられて血抜きする様をデギランが後方から感心しながら眺める。
野営の準備を任せたり剣も振ったりと、やっぱりこれ正ハンターへの最終試験だよね?
昼の刻。
街道の交差点に着いた。ここには石碑があり、街道の南側は首都のベルゴデンケン、北側は大河都市のリグダン、西側は狩猟拠点へと続いていると記されている。
街道のそばには南北へ伸びる魔導機関列車の為の軌道も二本ある。
ベルドライズ貴羽爵は建国百周年と魔導機関列車の式典に関連して首都へ呼ばれていた。
ガナデンス砦から貴羽爵が治める
狭いけど水場があるので先刻仕留めたゲルンクの解体を始める。その最中、南の街道から馬車商隊が見えた。
相手側もこちらを確認すると停止。馬に騎乗した傭兵らしき者が一人駆けて来る。
面倒事を避けるためデギランは荷物と武器を石碑の脇においてハンター証を手に持つ。
リコリスもそれに倣って荷物を私ごと石碑に置いたので私は物陰から様子を伺う。
傭兵らしき者は使い込んだチェインメイルを纏った男。騎乗し武器を持ったまま声をかけてきた。
「そこの者、名と所属を言え」
「西にある狩猟拠点に所属するハンター管理職員のデギランだ。こちらは見習いハンターのリコリスだ」
「リコリスです!見習いハンターです!」
男は名乗りもしない。
デギランは銀製の、リコリスは木製のハンター証を掲げる。男はそれを一瞥。
「ここに居る目的は何だ」
「ハンター管理職員相手につんけんするなよ。荷運び依頼で
「…しばらくそこを動くな」
男は商隊の方へ引き返す。男が戻ると停止していた商隊は動き出した。まあ私達を先行させても途中でまた会う訳だし。休憩するには商隊の規模が大きすぎる。
交差点を通り過ぎ
馬車の形状や護衛の装備の質にばらつきがあった。豪華な馬車、頑丈な馬車、少年御者がロバで荷車を牽いているものまである。
複数の商隊が合わさった大商隊のようだ。商隊関係者の何人かはこちらに一礼して通りすぎた。
ゲルンクの解体を再開。その作業をしながらデギランが
大河の都市と呼ばれるリグダン。リヌ大河にある中州の小島と南北の平地を三重の防壁で囲み都市を形成している。
大河に浮かぶ小島が最初期の大河都市だったところだ。第一防壁で囲われていて今は貴族が暮らす特級区となっている。
特級区を中心に大河の南北それぞれに東側の上流市民地区と西側の下流市民地区として四つの市民地区に区分けされる。それを囲む第二防壁は土魔術士によって築かれた。
第二防壁の外側の森や荒地を人が住めるように開拓した土地が外周地区だ。魔術と人力の混成で築かれた第三防壁で囲われている。
外周地区の南東側に騎士団駐屯地があり、南西側に魔導機関列車の駅が新設された。外周地区北側は物資の集積所だ。
解体はリコリス一人でこなし、分配はせず丸々一匹受け取った。
「外門を通って右手側にある役所の中にハンター事務所がある。解体場は左手側だな。そこにゲルンクを持ち込むと良い。獣の他に野草など外から持ち込む物は基本ここだ。依頼品の場合は納品証明書の発行を忘れるなよ」
昼休憩。
話は
リヌ大河の北側の森は岩狼の森と呼ばれている。この森は南側の魔蛙の沼森よりも魔素の放出量が多い為か魔核を持つ獣は強くなる。
この森では岩場を住処にする岩鰐と森を住処にする岩狼が縄張り争いをしながら生息している。
近年になって魔核を持った岩狼である魔狼の群れを複数のハンターによって確認された。一匹の魔狼が岩狼を率いているのではなく、他の魔狼より一回り大きい魔狼頭領が魔狼の群れを率いているという。
森で敵なしとなった魔狼の群れは活動範囲を広げ
流通問題のほか森での狩猟や採取も困難となり都市経済の為に秋月40日、ハンターと駐留する騎士団による魔狼討伐作戦が決行。森の南東側山岳地帯へと追い込めたけれど冬月になっても決着は付かなかった。
冬月の間は雪も降り作戦が困難になる。それでも都市は各地からハンターの募集は続けていた。そして冬月を越して今年の春月初頭から総力戦となる。
今日は春月38日。そしてこれから二日後の40日に殲滅作戦を決行。
北側街道の一般解放は調査期間をはさんで春月50日の予定になっている。
「リヌ大河より北部では宿場町がほぼ無い。馬車で移動し野営するのが基本だ。50日発の馬車を探してみると良い」
出発。
昼の刻の半くらいか。
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