第7話 出立
[清廉暦714年春月37日 狩猟拠点]
カン・カン・・・カン・カン・・・
明の刻を告げる拍子木の音が響く。明の刻を迎えた事で日付けが変わり37日となる。
私はいつもより長めに眠った為か明の刻より少し早く目が覚めていた。
リコリスを揺さぶり起こす。
「おはよう、リコリス」
「えへへ。タルテちゃん、おはやー」
「はい、みずくみ。はなしはあとできく」
「えへへ…あ、うん。分かった」
前日の朝と同じようなやり取りでリコリスを送り出し、仕事を終えて戻ってきた。
一緒に朝食の準備をしながら話を聞く。
リコリスが放った二射目は暴れる魔鰐の胴部に深く突き刺さり動きを止めたという。
首には断頭斧、胴部には既にセルジが一撃に加えて麻痺剤を仕込んだボルトが三本も射ち込まれていたし限界もあったのだろう。
そこにセルジが駆けつけた。戦っていた岩鰐は戦闘不能まで追い込んだけど銛が曲がってしまったので予備の銛を取りに戻ってきたらしい。
鋼線が千切れている危機と魔鰐の動きが止まっている勝機。その機を見て魔鰐の背に飛び乗ると曲がった銛で断頭斧を上から叩き込んだ。
魔力を込めていると思われる強力な一撃で断頭斧が首の筋と骨を断ち切って湿地に落ちた。
まさしく首の皮一枚残った魔鰐の首をセルジは両手で掴み引き千切ったらしい。
もうセルジ一人で倒せたんじゃないかなあ。いや、現役ハンターが頑張らないといけない事だしなあ。
デギランが相手していた岩鰐も仕留めて戦闘終了。
セルジより気になったのがリコリスの放った魔術矢だ。誘導矢の魔術には魔鰐の胴部に深く突き刺さる効果は無い。
私の魔術効果と魔力詠唱の説明が不足していた事、早朝に魔核に魔力を込める練習をした事、セルジが魔鰐に放った【魔装撃】を見ていた事。
それに起因して、誘導矢の魔術効果の思い込みと魔力の扱い方、生命の危機と一撃に込める想いが、魔技の一種である【魔装撃】と同じ効果を引き出したと考察する。
【誘導矢の魔術】よりも上位の魔術として威力に特化した【貫通矢の魔術】という魔術がある。知り合いに使い手は居なかったので貫通矢の魔術の詠唱と正確な効果を知らない。
矢として放つ魔装撃と貫通矢の魔術が同じなのか違うのか分からないけど詠唱不要で使えるならリコリスの切り札として有用なのは確か。
ただこれは、野鳥や小動物相手の狩りには威力と魔力消費が大き過ぎる。
それとは別に魔術を用いない普通の射撃と、結局出来てなかった誘導矢の魔術も合わせて練習が必要だ。
朝食は岩鰐の肉と拠点内で栽培した白瓜を薄く切ったものを麦パンで挟んだもの。食べながら魔鰐を仕留めたあとの話を聞く。
セルジ・ナック・ドルナー・ベラは魔鰐から武具の素材となる部位を日が暮れるまで湿地監視所まで往復して運び込む作業。岩鰐二体は後回し。
デギランとリコリスは魔鰐の魔核と騎士鎧の残骸三つを持ってこの狩猟拠点まで戻ってきた。
そして問題が発生する。
拠点に戻るとガナデンス砦の兵長が居た。そして騎士の使いが居なくなっていた。私達が拠点を出たすぐあとに別の騎士の使いが来て一緒に出て行ったらしい。
残された手紙には、三名の騎士宛てに
砦の兵長よって騎士鎧の残骸の意匠が三騎士が身につけていた鎧と一致。
また騎士鎧の内側には製造番号が彫りこまれているので、それを確認するため潰れている鎧を解体して人体の胸部と一部破損または全損した魔術核を回収。
製造番号も一致した為、鎧と魔術核を
デギランは夜の内に報告書をまとめていて今日、
鎧一つ分の荷運び仕事でもあるけど都市にはハンターの登録事務所があるのでリコリスは見習いから正規ハンター登録の為にも立ち寄る必要がある。
デギランから「
私の旅の目的地である
リコリスの旅の目的地は
今の
「ベラにあいさつできないけど、いいの?」
「うん。手紙も残すし、私がここを出る話は昨日しちゃってたしね」
部屋を整理する。持ち出さない物は部屋の隅にまとめておく。湿地で杖代わりに使っていた刃の欠けた槍も置いていく。新たな入居者が使えると思えば利用し、邪魔と思えば捨てられるだろう。
箱から上質な紺色のローブを取り出し背負い袋にしまう。このローブはリコリスの母リドリーの形見の品だそうだ。予備の服・雨具・防寒具を兼ねた実用品でもある。
野営具を丸めて荒縄で縛り、リコリスの背中と背負い袋の間に挟む。袋の中に居る私は野営具に圧迫されて少し窮屈ではあるけれど今まで通り動ける。
本部に着くとデギランが居た。最近は本部の仮眠室で寝泊りしているんだろうな。
「リコリスのハンターレベル10の手続きだが、
「そうなんですか?じゃあそのほうが良いです」
「そしてこれが今回の捜索依頼と魔鰐討伐の報酬だ」
十二枚の札幣と大きな魔核を受け取る。十二万フェダールか。駆け出しハンターなら一日二千フェダール稼げたら大喜びだろうから相当な額だ。
所持金は合計十二万と五千ちょっと。リコリスだけに頼るのは心苦しいが旅の資金としては十分だろう。
「あの、この魔核って魔鰐のですか?んー、あれ?」
「魔鰐のはもっとデカかっただろ。それは似てるが違うぞ。昔狩った沼鰐の魔核持ちのやつだ。悪いが現金がすぐ用意できなくてな。それでも
「ええ?!そんなに貰っちゃって良いんですか?」
「三体の岩鰐狩り、そのうち一体は大型で魔核持ちだ。それを六人で狩して山分けならこれくらいは当然だ。リコリスは一人前のハンターとして十分に働いた。索敵・射撃も見事だったぞ」
うんうん。リコリスの索敵と攻撃の能力はそこらのレベル10ハンターより凄いぞ!
それと、デギランの立場的に見習い扱いだからな。報酬の一部を物納にして帳簿の記載には報酬額が少なめに見えるようにしている。
その物納になった報酬の魔核だけども、これを四十万で売るのはもったいない。
「このあと旅の準備として工房に寄るんだったよな」
「はい。携帯食とボルトの補充をしないといけないので」
「十二万あるんだ。防具も買ったほうが良い。ここでなら沼鰐の皮当てが安く買える」
沼鰐の皮当ては皮鎧のような着込む防具ではなく服に取り付ける防具だ。鉄より軽くて柔らかくそれでいて刃を通さない。
岩鰐や川鰐の皮当ての方が丈夫だけど狩猟拠点での入手は難しいし高額だ。
私達が拠点の前まで連れてきてしまった岩鰐は解体され加工中。その加工作業もドルナーとベラが工房から一時抜けてるので大忙しだ。
そして魔鰐の素材となれば首都へ運んでオークションになるだろう。
「
「はい」
「リコリスは荷運び人として雇う形になる。一日千フェダール、二日間で二千フェダールの仕事になるが、良いか?」
「はい、ありがとうございます!」
仕事扱いにしてくれたのか。デギラン一人なら早朝に出立して急げば今日の夕刻に到着できるだろうに。野営するのはリコリスへの訓練も兼ねているんだろうな。
あっ、レベル10の簡易登録を先延ばしにされてたぞ。これって最終試験じゃないか?んー、でもリコリスの為に教えるわけにはいかないなあ。
本部にベラ達宛ての言付け文を残し拠点内をあちこち回る。
武具工房ではクロスボウの簡易点検をしてボルトを十二本補充。沼鰐皮の胸当てと腕当てを購入。
売店で携帯食を補充。薬品類は他所から取り寄せているのでここで買うと割高になる。最低限に抑えて購入。
八万フェダールほど消費し、手持ちは四万と少しになった。
移動馬車の利用だけならここから
掛かるのは中継で立ち寄った村や都市で滞在する宿泊費用だ。
でもそれは次の馬車に乗るまでハンター家業をすれば良いし魔核の売却も出来るし大丈夫だろう。
拠点の入り口に着く。
「さて。準備は良いな?」
「はい!」
「出発するそ」
狩猟拠点から出立する。
丘を下ると門番達から「頑張れよ!」「たまには戻ってこいよ!」声をかけられる。
リコリスは振り返り手を振って応えた。
この街道一帯には魔素がほぼ無いので強い魔物が近寄らない。
会話は無い。リコリスは伝心の魔術を使わずというか使う余裕もなく淡々と歩き続けている。
リコリスは野営具、旅糧、鎧の残骸、追加のボルト、新しい防具、そして私を背負って移動しているからだ。
もしここで荷運び仕事の依頼者であるデギランに、
「重いよー、私疲れたから休みたいよー、ちょっと荷物持ってよー」なんて言ったら最終試験失敗になるんだろうなあ。
私は出来ることが無いので昼寝をする。これで少し夜間も起きていられたら良いけど。
夕の刻。…になってた。眠っている間に何か起きてはなさそうだ。
へとへとになりながらも夜営と夕食の準備をするリコリス。夜営の準備を済ませて横になってるデギラン。
デギランがちょっとずるい様にみえるけど今日の夕の刻から昏の刻まで仮眠して、
焚き火を囲み夕食をとる。
干物のスープといつもの携帯食。私は背負い袋の中で食べる。
会話は無い。
デギランは流し込むようにしてすぐ食べ終わるとじっとしてるようだ。
リコリスも食べ終わったのでデギランに声をかける。
「あの、食べ終わ…」
「俺に隠し事は無いか?」
「えええっ?!」
びっくりすぎ。心話でも驚きが届いてきた。
「えぇーとぉ。な何の事えすか?」
「ああ、質問が曖昧すぎたな。春月35日、岩鰐に追われ拠点へ戻ってきた日だな。その時拠点内に何かを持ち込んでなかったか?」
「うぇええっ?!そそんな事?ないですよぉ?ななんにも持ち込んでないです!」
いや、あわてすぎ。心話で繋がってないのにどうしよう、どうしよう、と聞こえてきた。
どうするべきか?捨ててこいと言われて捨てさせてからあとで合流ってのが理想的なんだけど。
「葉っぱを巻いてただろ?なんにも持ち込んでないって事はないだろ」
「えっと!それは朝から巻いてました!」
「まあいい」
ザッと立ち上がるデギラン。サッと背負い袋を抱きしめるリコリス。
「そいつは従魔って事で良いんだろ?」
「違います!友達です!」
「そういう事じゃなくてな?」
そういう事じゃなくて。そこは従魔で良いから!ややこしくなるから!
デギランは手に持った食器を拭いてテントにしまうと焚き火の前に座りなおす。
「懐いているのは分かっている。岩鰐から身を挺して守っていたしな」
「はい、タルテはとっても良い子です!悪いことなんかしません!」
「友達であっても周りには従魔と説明しておけ。従えてなくて制御はできないと思われると面倒な事になる」
「あ、そういう事ですね!はい!」
捨ててこいって言われるよりも良い感じで何とかまとまった?
リコリスは背負い袋から私を出して抱きしめ撫で回す。
「植物の魔物か?ドルナーとベラも気になっていた。特にドルナーがもっとよく見てみたい、触ってみたいと言ってたな」
ドルナーとベラにも気付かれてたのか。そして魔力持ちのセルジとナックは気付かなかったか気にもしてないと。
「しかし森のどこに居たんだ?種が鳥に運ばれてここまできたのか」
「え?そうだったっけ、タルテ?」
っと、あぶない。返事するとこだった。喋れる事はまだ秘密のほうが良いだろう。
私はリコリスに抱きつき返しつつ背中をトントンと叩く。これは私達の間で伝心の魔術でやり取りしようという合図になってる。
〈タルテは種で森まで飛んできたの?〉
〈いや、元兵士だったって話したよね〉
〈えーと、そうじゃなくてタルテはどこで種を食べて魔物?に変身したの?〉
〈あー、朝目覚めたら魔物になってた、としか説明してないからか。私も分からないよ。種なのか食べ物なのか酒や薬なのか、そもそも飲食物は関係なく広範囲に効果がある変化の魔術か呪術の類なのかもしれないし〉
「鳥に運ばれたどうかは分からないみたいです」
「ん?そうか。森の中に見知らぬ植物の魔物を見かけたら駆除することになるが良いか?」
〈攻撃してくるのは悪い奴なので駆除して良いです。と答えて〉
「えぇ、可哀想だよ。あ、えーと、攻撃してくる子は悪い子だけど、攻撃してこない子は良い子なので駆除はダメだと思います!」
「伝心の魔術は魔物の心も分かるのだな。森で珍しい植物を見かけたら報告させるようにはしておこう」
あれ?貴羽爵の暗殺とか騎士団の暗躍など一切なくて、たまたま砦兵士側が森で拾った食べ物の影響って可能性も無くはないのか?
それでも人を魔物に変える何かが存在する事は確実なのだからシャーデック先生のいる
「従魔については報告して欲しかったが、拠点に従魔用の施設が無かったしな。追い出されると思って言い出せないケースもあるな」
「その、黙っててごめんなさい」
「いや。管理者としてこちらにも不手際があった。従魔用の施設も用意しておく必要があるな。話はこれで終わりだ。明日もまだ歩くからもう寝たほうが良い」
「はい!おやすみなさいです!」
「ああ、おやすみ」
リコリスはテントの中で私を抱きしめすぐに眠る。
今回はデギランが居て夜番をしてくれたけど、二人で行動する事になった時は私が夜番できるようになりたい。
昼寝をしたお陰か少しだけ夜更かしできた。しかしいつのまにか意識を失い眠ってしまっていた。
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一章 狩猟拠点と魔蛙の沼森 終
次章 大河都市と岩狼の森
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