第6話 魔鰐
[清廉暦714年春月36日 湿地監視所]
昼の刻。
湿地監視所に着いた。監視所といっても湿地の生態調査の為に寝泊りできるよう樹上に設置された休憩所だ。
「棚の保存食が少し減ってるねぇ」
「ベッドは使われた形跡がないな」
棚を確認してたベラと寝床を確認してたドルナーの言。
「記帳はなし、と。食料だけ持ってここを通過したのか」
利用記録帳を確認していたデギラン。
「ここで寝泊りしないで、拠点にも寄らずに湿地の方へ向かった。…って事でしょうか?」
「湿地に行ったとして何しに行ったってんだ?腕試しに鰐退治ってか?」
「騎士が持ち出したとは限らんがな。まあどちらにせよワシ等は沼に行かにゃならん」
リコリス、ナック、セルジが言葉を続ける。
「すぐ湿地へ行きたい者は居るか?居なければ予定通りここで休憩する」
デギランの言葉に皆同意する。狩猟拠点から休憩もしないで湿地に行くのは危険だ。
昼食を軽く食べて一息。ベラがリコリスに話しかけてきた。
「リコリスちゃん。クロスボウは使えそうかい?ここで試し射ちしといたほうがいいね」
「ここで練習していいんですか?はい!やります!」
やはりクロスボウを譲ったのはベラか。クロスボウの扱いは私も簡単に教えはしたが実際に使用するほうが理解しやすい。
「一緒に渡した巻き布、持ってきてるかい?」
「はい、あります!ちょっと待ってて下さい」
背負い袋を休憩所の端へ置いて、私が袋の中で探しておいた巻き布を受け取り戻る。
ベラの元へ戻ると採取用の布手袋を外し、巻き布を手に巻いてもらう。リコリスは戦闘用グローブを持ってなかったからその代わりか。布手袋よりかは武具を扱いやすいだろう。
ハンドルを回して弦を引き、ボルトを番え、狙いをつけ射撃。
樹上からやや離れた地面への試射。これを手持ちのボルト五本が尽きるまで繰り返した。その一連の動作を確認してベラが頷く。
「うんうん、いいねぇ。これならリコリスちゃんも一人前じゃないかねぇ。デギラン、どうよ?」
「たしかに中型の獲物も倒せはするが罠での足止め前提だぞ。しかしレベル10認定しないわけにはいかんか」
「じゃぁこれでリコリスちゃんも一人前のハンターだねぇ。もう一人で旅もできるねぇ」
「しかし役所で登録完了まではまだ見習いだぞ。今日は仕事を見て覚える事で十分だからな」
「ありがとうございます!ベラさん!デギランさん!」
「ここも寂しくなるねぇ。ほれ、ナック!そろそろ休憩おわっちまうよ!急いでボルトを回収してきな!」
「ええっ?!ハ、ハイ!」
精度や連射は二の次か。いや、レベル10の新人ハンターの仕事が野草や薪集めか小動物の狩りと思えば力量として十分だな。
一人前と認めつつも今回の魔鰐相手の戦力としては外されてはいる。今回は準備と心構えからしてそれで良い。
放ったボルト五本はナックが回収してくれた。湿地付近の地面は柔らかく破損したボルトは無し。
休憩が終わりドルナーは監視所に有った沼鰐素材を運搬する為の木ソリと罠用の鋼線束を持ち出す。デギランとセルジは予備の銛を追加し両手に持つ。
湿地帯に入る。ここは年中靄がかかり視界が悪い。
私も兵士時代に数回しか来た事はなかったが今回はとても静かだ。グァッガが居らず鳴き声が全く無い為だろうな。岩鰐の気配もない。
「岩鰐共がまるで居らん。総出でエサ探しなら魔鰐と見て良いじゃろ」
「ああ。ではここからは二班にわかれて行動する。ナック班は後から四つ岩の所までついて来い」
デギランとセルジが先行し、そのあとをナック、リコリス、ベラ、ドルナーと続く。
湿地でブーツが沈んで歩みが遅くなる中、デギランとセルジはひょいひょいと足をとられることなく先に進んで行った。
「なんも居ねえな」
「私は初めてなんでよくわからないです。湿地なのにグァッガの鳴き声とか全然聴こえないですね」
「岩鰐は沼鰐と違って片っ端から食っちまうしな。それだと自身が困るだけなのにな」
「配下の岩鰐が戻ってくる夕刻、それまでに魔鰐を仕留めれば良い」
「リコリスちゃん、加護はあまりアテにしないで羽虫と蛭には気ぃつけな。あとは湿地そのものもだね。草が生えてるからって陸地とは限らんよ。膝まで沈んだらすぐに声掛けをしてその槍を伸ばすんだ」
「はいっ」
ナックの小さな呟きに、初めて湿地帯に入ったリコリスがキョロキョロ見渡しながら言葉を返す。その会話にドルナーとベルも加わった。
魔蛙の沼と呼ばれるこの湿地帯に現在魔蛙グァッガが一匹も居ないのは、岩鰐に狩りつくされ生き残りもここから逃げ出したのだろう。
沼鰐は岩鰐川鰐ほど凶暴で貪欲ではない。基本的には沼の中でじっと待ち、近づいて来た獲物を狙う。
またグァッガよりもグァッガを狙う狼や大型の猛禽類などを優先して狙ったり、威嚇して追い払うという。沼鰐の行動は湿地でグァッガを養殖しているともとれる。
先に進むと四つの岩がある場所に着く。ナックが手をかざして停止の指示を出す。
停止してすぐ、靄の先まで進んで見えなくなっていたデギランとセルジが引き返してきた。
「悪い知らせと最悪の知らせがある」
「うわあ、聞きたくねー」
「玉座に魔鰐の他にもうニ匹居た。用心深いな」
「三匹も相手にするのかよ、最悪じゃねーか」
「そりゃ悪い知らせの方じゃな。最悪の知らせの方は
「その鎧ってのは騎士の奴等んかいね?」
「三人の騎士が身につけていた鎧なのかは確認できなかった。確認する為にも沼の底に沈む前に回収する必要がある。魔鰐を含めた三匹を仕留めてな」
玉座とは湿地の中央付近にある岩場の中心にある平らな石の台だ。祭壇にも見えるそれは沼鰐の寝床として意図的に配置されている。
棲み心地の良い玉座を複数の群れで縄張り争いさせて一つの群れしか湿地に残れないようにするためだ。
「なあに、玉座から一匹ずつ釣りだしゃええじゃろ。二匹ともついてくるならワシが一匹受け持つぞ」
「基本は一匹ずつ。二匹目が来たらセルジにまかせる。三匹同時に相手となるなら俺とドルナーで一匹ずつ受け持ち監視所まで撤退する」
このあとも打ち合わせして作戦と各自の役割が決まった。
ドルナーとナックで四岩に設置されていた巻き取りリールに鋼線を巻きつける。
デギランとセルジは追加で持ってきていた銛を別の岩場のそばに突き立て、岩場の先端や互いの銛に鋼線を通して戻る。
ベラは草地に、リコリスは玉座方面に近いほうの岩場の一つによじ登る。監視者が身を潜める為の窪みまで用意してあった。
窪地に収まりクロスボウにボルトを番えて何時でも射撃できるように準備はする。しかし岩鰐相手では表皮に刺さる程度だ。
リコリスの主な役割は作戦中に他の岩鰐が近づいてきたのを確認したら知らせる事だ。
罠の設置を確認するとデギランとベラは靄の先、玉座のほうへと消えた。
残った四人が身を潜め静かに待つこと少し。玉座の方向から魔力を感じる。おそらく魔鰐が私の魔力探査の届く範囲に入ってきたようだ。
靄の先から走るベラが見えてきて、
「魔鰐一匹。来るよっ」
そのまま岩場を通り抜ける。そして牽制しながら後退するデギランが見えてきた。魔鰐は…大きい。大人を数人丸呑みできそうな巨体だ。
魔鰐からの攻撃を銛を巧みに操り凌いでいる。玉座側に近い二つの岩場の中間で足を止め、魔鰐の猛攻を耐え忍ぶ。
その間にドルナーとナックが鋼線をリールを巻き上げ輪を作った鋼線で魔鰐の胴体を二方向から縛り上げた。
鋼線を確認したデギランが後退し魔鰐が追いかけ前進することで鋼線の弛みは完全に無くなり魔鰐は前進が出来なくなる。ドルナーとナックは別の岩場へと移動していた。
そこにベラとセルジが別の鋼線のフックを引っ掛け、ドルナーとナックがリールを巻き上げ四方向からの拘束、これで足止めの罠が完成した。
手馴れているので沼鰐の主を狩る時に何度も使われた罠なのだろう。
魔鰐の横を取ったセルジとドルナーが魔鰐の前脚に銛を突き立てる。
セルジはさらに予備の銛を片手で持ち胴に魔力を纏った一撃を放つ。魔鰐の胴は比較的軟らかい部分とは言え頑強だ。それを容易く突き破った。
魔力で肉体を強化しつつ武器にも魔力を込めて放たれる強力な一撃は当人が呼び名を付ける事もあるが一般的には魔装撃と呼ばれることが多い。
「ようし、麻痺剤一本射ち込むよ!」
ベラが模様付きのボルトを番え、セルジが傷つけた魔鰐の胴部に射ち込む。
「この図体じゃあ効果は薄そうだねぇ。あと二本あるが岩鰐の分にとっとくかい?」
「いや、岩鰐は何とかする。全て魔鰐のほうに頼む」
「あいよ」
ベラがデギランへ確認を取り追加で二本のボルトを魔鰐に射ち込んだ。
魔鰐の注意がベラの方へ向いたところで逆方向からナックが断頭斧を構えて近付く。
断頭斧を首筋に振り下ろし硬い鱗と皮膚を破り肉まで食い込むが骨には達していない。
そこにドルナーがメイスで斧を叩いてさらに食い込ませていく。
あと少しで骨まで届きそう。そこで魔鰐が咆えた。
『グァロロロゥン』
それはただの咆哮ではなく湿地全体に重く響く声に魔力を込めた攻撃だった。初めて受けたが、これが魔物が使う咆哮の魔術というものだろう。
魔鰐の声に込められた魔力が周囲の者の身体に楔として残り動きを阻害する。
ナック、ドルナー、ベラが動きを止める。リコリスはへたり込む。窪みに居たので岩場から転げ落ちずには済んだ。
私も動けなくなった。身体から蔓腕から根脚からと水分が逆流して漏れだす。布で包まれていたから問題はなかった。
セルジは一瞬だけ硬直したがすぐに復帰した。デギランは少し動きが悪くなったが気合で耐えている。
ナックとドルナーはぎこちなくも動けてはいる。ベラは大きく動いてないので復帰の度合いは分からないけれど、
「リコリス!大丈夫かい?リコリス!」
と声をかけてきている。
そのリコリスだが、魔力が高いためか魔力の楔をリコリスの魔力が異物として無意識に弾いていた…ように感じた。今も魔鰐の魔力をリコリスからは感じない。つまり魔鰐による咆哮の魔術の影響を全く受けていなかった。
リコリスがへたり込むほどの影響は別の事情だ。咆哮とともに発せられた魔鰐の強い殺気を心話で受け取り萎縮してしまったのだろう。
私はなんとか蔓腕を動かしリコリスの首筋をトントンと叩くとすぐ心話で繋がる感覚。
〈リコリス起きて!〉と呼びかけると
〈私がタルテを守るから!大丈夫!〉と返事が返ってくる。
それで気を保ってくれるなら今はそれで良い。ベラの呼びかけにも気付けたようだ。
「ベラさん、私は大丈夫です!」
「そうかい、みんな無事のようだねぇ。ならとっとと仕留めるよ!」
魔鰐は鋼線を引き千切ろうと暴れる。まだナックとドルナーの動きが悪い。断頭斧での抑え付けが甘くメイスによる打ち込みも浅い。
ベラも銛を持って後脚を何度も刺しているが効果は薄い。
「岩鰐が二匹こっちに来ます!」
リコリスが叫ぶ。岩鰐には魔核が無いので私には探知できない。魔鰐の殺気を受けてもなお、伝心の魔術を周辺を対象に広げて使い続けていたようだ。
事前の打ち合わせでは撤退となるが状況的に難しい。
「セルジ!」
「はは!こうでなくてはつまらんからの!」
デギランの声に笑いながら応え靄の中へと消えるセルジ。デギランは最初に魔鰐を足止めした岩場の間で迎撃の構えをみせる。
ベラ・ナック・ドルナーは役割をずらす。ベラが断頭斧を支え、ナックがドルナーから受け取ったメイスで叩き、盾を構えたドルナーがデギランが立っていた魔鰐の正面に立つ。
〈私は何やったら良い?〉
〈んー、デギランと迎撃の準備が良いかな〉
〈分かった!〉
〈セルジはどのへんに居るの?〉
〈結構奥まで行っちゃったよ。一人で戦ってるみたい。とっても楽しそう〉
〈うー、うん。まあ楽しそうなら大丈夫だろう〉
靄の中から岩鰐が一匹姿を現す。
デギランの構えに警戒し距離を取ったまま膠着状態となる。こちらとしては時間を稼げれば良いので好都合だが、誘導矢の魔術の準備もしておきたい。
背負い袋の中で掴んでたボルトに魔力を込める。
「ウシャム セルト ノエ ラウ キェ ルエイデナ セ バハーザ」
誘導矢の魔術は魔力を込めた矢を視線の先へと誘導する魔術だ。魔力詠唱は上手くいったが脱力感が大きい。
〈リコリス、これを〉
〈タルテ、大丈夫?〉
〈うん。このボルトなら岩鰐にも効くかもしれない〉
〈分かった!あとは私が頑張るよ!ゆっくり休んでてね〉
蔓腕をリコリスから離すと心話が途切れる感覚。
リコリスはクロスボウに番えていたボルトを外して足元に置き、手を背に回して誘導矢の魔術が込められたボルトを受け取り番えて構える。
私としてはゆっくり休みたいがそうもいかない。ボルトを放つのはリコリスが持つクロスボウだが、ボルトに誘導矢の魔術を付与したのは私なので私の視線の先へとボルトが誘導されるからだ。デギランと対峙する岩鰐の右目を観続ける。
クロスボウを構えたまま少刻。ボルトに込めた魔力は射出しなくても少しずつ消失していく。
込めた魔力が半分くらいまで消耗した時、リコリスがクロスボウを構えたままの姿勢で声をあげる。
「魔鰐の咆哮来ます!」
『グルルロウゥン』
リコリスの声のあと
岩鰐の右目だけを観続けているためにベラ・ナック・ドルナーの戦況を確認できないが、デギランに隙が出来たのだろうか岩鰐が突進して来る。
リコリス!
私が心の声を上げると同時にリコリスは射撃した。ボルトは動く標的にも関わらず岩鰐の右目に刺さった。
「やった!すごい!」
リコリスは喜びつつも、ハンドルを回し次の射撃の準備を怠らない。
痛みで足を止めた岩鰐にデギランの方から突進、口に銛を突き入れるとさらに近寄り岩鰐の右目に刺さったボルトに足を掛け蹴り込む。
岩鰐も『ギッ』『ギャッ』と声をあげるが魔核は無いので咆哮の魔術ではなく悲鳴なのだろう。
「…ごめんね。それでも私達はここであなた達を殺します」
相手の声を聞き取れたリコリスがその相手には聞き取れない声量で小さく呟く。
岩鰐は暴れているが魔鰐の咆哮で本調子ではないデギラン一人でも抑えることが出来るほど弱っていた。
魔力が尽きた私に出来るのは見る事だけだ。意識は朦朧とし睡魔も襲ってくる。それらになんとか抗って水筒から水分を補給しつつ魔鰐とナック達の状況確認をする。
魔鰐も弱ってはいる。しかしナック達も疲労と二度の咆哮で力を出し切れず仕留め切れていない。
それでもデギランかセルジが岩鰐を仕留めるか行動不能まで追い込めそうだから現状の維持でも十分と思ったのだが…
バチン!と音を立てて鋼線の一本が千切れた。
私達が登っている岩場から伸ばした鋼線だ。
最初に魔鰐に掛けた鋼線二本に後から鋼線を引っ掛けることで四方向から拘束していたので後から掛けた鋼線一本も弛み、二方向からの拘束だけになってしまった。
今回は対象が沼鰐よりも強く時間も掛け過ぎたようだ。
「鋼線千切れちまったぞ!どうすんだこれぇ!」
「二本ありゃこっち側には近づけんよ。泣き言はいいからぶっ叩きなッ!」
「リコリス助かったぞ。こっちはもういい。ナック達を支援してくれ」
「はい!」
泣くナック、叱咤するベラ、褒めるデギラン、魔鰐の方へと向くリコリス。
魔鰐が体をくねらせ暴れだす。ナックとベラは盾を構えたドルナーのやや後方へと距離をとった。
「足を動かせていない。麻痺剤は効いてるはずだ」
ドルナーは魔鰐の動きを冷静に観察しながら近寄る。彼まで魔鰐のほうから離れると魔鰐が鋼線を引き千切る事に集中してしまう恐れがある為だ。
魔鰐に噛み付き攻撃を誘発させそれを的確に捌いている。
今のところはまだ二方向からの拘束はある。しかし最初に巻き付けた鋼線のほうが千切れると拘束が完全に解かれてしまう。
今拘束が解かれると死傷者が出るかもしれない。しかし私には武器も魔力も無い。
「タルテ、私がさっきの魔術を使えたら何とかなる?」
リコリスは伝心の魔術を周囲の感情や気分を感じ取るように使っているが、直接触れている私の場合は強く思った心の声も聞き取れるようだ。
〈リコリスが誘導矢の魔術を練習も無しに出来るか分からない。なので何とかなるとは言えない。でもやるだけやってみようか〉
「うん!やってみよう!」
〈足元のボルトを手に取って。そう。声に魔力を乗せて ウシャム セルト ノエ ラウ キェ ルエイデナ セ バハーザ と詠唱。いくよ〉
〈ウシャム〉
「ウシャム」
〈セルト〉
「セルト」
〈ノエ〉
「ノエ」
〈ラウ〉
「ラウ」
〈キェ〉
「キエ」
〈ルエイデナ〉
「ルエイデナ」
〈セ〉
「セ」
〈バハーザ〉
「バハーザ」
声に魔力が乗れてないし詠唱も出来てない。しかし掴んだボルトには魔力が込められている。
魔力詠唱とは正確な魔術効果と魔力を無駄なく利用するためのものだ。
ボルトに魔力が込められているのなら術者のイメージと魔術核の力で行使する無詠唱魔術と同じ。魔術の効果と消費する魔力量に差が出るだけだ。
ボルトをクロスボウに番える
〈リコリスの視線の方向へ射出したボルトが誘導されるから魔鰐の腹をずっと見て…て…。〉
私は体中の力が抜けて背負い袋の中で丸くなる。瞼も重くて開けてられず閉じてしまう。
「当たって!」
リコリスは祈りを込めた言葉の後にボルトを放ったようだ。
「ああ…」
そのあとの悲嘆の言葉が漏れて当たらなかったと分かる。誘導の効果が薄かったのだろう。
〈ボルトはまだ三本あるよ。魔力も十分にある。まだいける〉
「うん!まだいける、いける!」
リコリスは即座に気持ちを切り替えハンドルを回し、背負い袋に手を突っ込みボルトを取り出す。私は動けずボルトを差し出す手伝いも出来なかった。
「ウシャム セルト ノエ ラウ キエ ルイエデナ セ バーサ!」
詠唱はさっきより言えてない。でもボルトに込められた魔力は更に大きい。大きければ良いものじゃないのだけれども。
音も聴き取り難くなってきた。
もはや観る事も聴く事も出来ない私は成功を祈るのみ。
そして、やった!と喜ぶような声が聞こえたような、セルジの声が聞こえたような、魔鰐の首がもげたとか聞こえたような。
いやいや首はもげんだろうと思いつつも、リコリスから喜びの感情が溢れ伝わってきたので何とかなったのだろうと安堵し気を緩めたら意識を失ってしまった。
・・・
36日、夜の刻。…と思う。
真っ暗だ。ここはおそらく狩猟拠点のリコリスの部屋で、今までリコリスに抱きしめられて眠っていたようだ。
リコリスの寝顔は安らかだ。多分きっと他のハンター達も無事だったんだろう。
水分補給がしたいんだけど、がっしりと掴まれ抜け出せそうに無い。
蔓腕根足を伸ばして背負い袋を引き寄せ水筒を見つけて水を取り込む。口からでは零れそうなので行儀は悪いけど寝ながら根足で摂取した。
それだけだと口寂しくて茶苺の残り2個を食べる。
リコリスはとても疲れているはず。気になるけど今起こすのは気が引ける。事の顛末は明日聞けば良い。じっとしていると眠くなってきた。
最近リコリスに抱きしめられたり撫でられたりしてたので私も抱きしめ返して頭も撫でとく。頑張ったねと心で声を掛けてから目を閉じ眠る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます