元女官、犠牲(ケーキ)に泣く

「ふぅ、ここが空いているわね」


 その後、ベサニー様はお部屋の一番端のテーブルに近づく。それから、なんてことない風に腰を下ろされた。


 なので、私も彼女の目の前の椅子に腰を下ろす。かたんとテーブルに置かれたお皿。ベサニー様はなんてことない風にケーキにフォークを入れた。……う、羨ましい……!


「さて、サマンサ様。……何か、私に聞きたいことがあるのよね」


 彼女はケーキを一口食べた後、私に視線を向けてこられる。


 だからこそ、私は首を縦に振った。……ケーキのことは、あきらめよう。それに、まだまだ別の種類のケーキはあるわけだしね。


「え、えぇ、そうでございますの」


 ぎこちない笑みを浮かべて、お嬢様言葉を使う。けれど、ベサニー様は私の言葉に眉を顰められた。


 そして、「はぁ」とため息をつく。


「あなた、イントネーションが少しおかしいわ」

「……え、そう、でしょうか?」

「そうよ。だから、いつも通りの貴女でお話したらいいのではなくて?」


 ベサニー様はそっと私から視線を逸らして、そう告げてくる。彼女のその頬には微かに朱が差している。……照れていらっしゃるのね。


(なんだ、可愛らしいところもあるんじゃない)


 心の奥底でそう思いつつ、私は「こほん」と一度だけ咳払いをする。


「では、お言葉に甘えて。……実は、『トパーズの姫君』であられるレクシー様のことなのですが」


 意を決して私が話を始めれば、ベサニー様は私に視線を向けてこられる。その目には「続けなさい」という意味がこもっているようだ。……ちなみに、口はもぐもぐと動いている。なんだか、小動物みたい。


「私のところに、レクシー様からお茶会の招待状が届いたのでございます」

「うぐっ!」


 私の言葉を聞いたベサニー様が、露骨にむせてしまわれる。なので、私が慌てて立ち上がれば、彼女はそんな私を手で制した。


 どうやら、助けは必要ないらしい。


 それから、ベサニー様はお水を飲まれて「ふぅ」と息を吐くと、彼女の視線は私に向けられる。


「……それ、本当?」


 疑い深いような目で、私のことを見つめてこられるベサニー様。


 嘘だと思われているみたいね。……こんな真剣な場で、そんな質の悪い嘘はつきません。


「えぇ、本当です。……けれど、どうしてレクシー様が私を招待するのかが、わからなくて」

「それで、今回ここに来たというわけね」

「そう」


 ベサニー様はどうやらとても頭が回るお方らしい。うんうんと頷いた後、フォークをお皿の上に置く。


 その後、私に気まずそうな視線を向けてこられた。


「……まぁ、大体彼女のやりたいことは予想がつくのだけれど」

「そう、なの?」

「まぁね。私、彼女とは付き合いが比較的長いから」


 ……そんなの、初耳だ。


 心の中でそう思っていたものの、それはどうやら表情に出ていたらしい。


 ベサニー様が何とも言えない表情を浮かべる。


「最近は疎遠だけれどね。あの人のやりそうなことなら、大体予測がつくわ」

「……それ、教えてもらえますか?」


 食いつくようにそう言えば、ベサニー様はフォークを手に取り、くるくると回す。


 それから、大ぶりのストロベリーにグサッと突き刺した。……マナーがなってない。なんて、私に言われたくないかもだけれど。


「こういうことよ」


 ……何がどういうことなのか、ちっともわからないのですけれど?


「……あなたさまは、本当に察しが悪いのね」


 呆れたような声を出しながら、ベサニー様はストロベリーを口に運ぶ。甘酸っぱそうで、とても美味しそう。


 ……やっぱり、ケーキが食べられないのが悔しい。


「あの人はね、敵とみなせば徹底的につぶすわ」


 彼女はそれだけを言って、またフォークをお皿の上に置く。今度は、とても優雅な仕草だった。


「サマンサ様は、王子殿下に気に入られている。それも、お二人に」

「……そう、なのでしょうね」


 全く持って、不本意ですけれど。


「だから、きっとあの人はサマンサ様を危険視しているのよ。そして、今のうちに力を削いでおこう。そういう考えなのだと思うわ」


 一人うんうんと頷いて、ベサニー様はそうおっしゃる。……力を削ぐとか、まるで権力争いをしているみたいじゃない。


(って、ここは後宮だものね。そういうのも間違いではないのかも)


 私一人が平和ボケしているだけなのよね。


 そう思いつつ、私はベサニー様のお言葉を待つ。


「サマンサ様はどうにも平和ボケしているみたいだけれど、ここは後宮よ」


 ……考え、完全に読まれているわね。


 ベサニー様、本当は相当優秀なお方でしょう?


 『カルセドニーの姫君』の器じゃない。もっと上に、いける。


「まぁ、簡潔に言えばあなたさまは狙われたっていうことよ。……このストロベリーみたいに、グサッとやられちゃうかもね」


 ……先ほどの奴、そういう意味だったのね。


 心の中でそう思ったけれど、今の私はレクシー様のことよりも、ケーキのことで泣きそうだった。


(あぁ、本当に美味しそうだったのに……)


 自分でも思う。平和ボケしすぎだと。

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愛され妃候補は規格外~婚約破棄された元女官、後宮で愛され妃となる~ 華宮ルキ/扇レンナ @kagari-tudumi

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