元女官、情報収集の場に出向く

 次の日。


 私はそれとなく豪奢なワンピースを身にまとい、髪の毛を結い上げ、妃候補たちが集う情報収集の場に向かった。


 淡いブルーのワンピース。それから、小ぶりの宝石がついた髪飾り。それを身につけていると、なんというか本当に妃候補になってしまったのだと、嫌というほど実感してしまう。……うん、ここで過ごすの三ヶ月目なのだけれどね。


「……行くわよ」


 そう呟いて、私は隣にエミリーを控えさせて、一つの豪奢な扉の前に立った。


(……負けていられないのよ。私のために、シャーロット様のために)

 ここまでいろいろと世話を焼いてくださったシャーロット様のためにも、私は負けられない。昨日の夜くらいから、そう思い始めている。


 だから、私はエミリーに扉を開けてもらい、ゆっくりとお部屋の中に足を踏み入れた。


 すると、周囲の視線が一気に私に集中する。なので、私は教えてもらった作法の通りに一礼をし、「『ターコイズの姫君』のサマンサです」と一応自己紹介。ここでは自己紹介をすることが必須なのだとか、なんとか。それから、自らに与えられた階級も名乗らなければいけないそうだ。

 にっこりとした笑みを貼り付け、私は空いている席に腰を下ろす。周囲の妃候補たちは初めの方は私のことを見てひそひそと話していたけれど、眼力で黙らせておいた。元々女性ばかりの職場にいたのだ。この程度で負けるつもりはない。


(さて、誰に話しかけようかしら)


 こういう場では、自分からぐいぐいと行かないといけない。けれど、生憎と言っていいのか私は貴族の令嬢の作法がほとんど分からない。だから、テーブルの上に置いてあるティーポットからカップに紅茶を注ぎ、口に運んでいく。一杯、二杯。


 しかし、途中で飽きてしまったので立食形式となっているスイーツを取りに、動く。エミリーは私の行動を咎めることはない。ただ、影のように後ろをついて来ているだけ。……まぁ、この場の主役は妃候補。女官や侍女はあくまでもおまけだものね。


 そんなことを考えていると、不意に一つの美味しそうなケーキが視界に入った。大ぶりのストロベリーを載せた生クリームたっぷりのケーキは、大層美味しそう。……ごくり。思わず息を呑んで、私はそのケーキを手に取ろうとお皿に手を伸ばした。その瞬間――……。


「あっ」

「あ、あんた……!」


 一人の令嬢と、手が当たった。


 手の当たった感覚と、その令嬢の声に、私は慌てて顔を上げる。すると、そこにいらっしゃったのは――。


「……ベサニー様」


 私がまだ『ターコイズの姫君』になったばかりの頃。私に喧嘩を売ってきた、『カルセドニーの姫君』であるベサニー・ガスコイン。その方だった。


 ベサニー様は私の顔を見て汗をだらだらと垂らしている。目は泳いでおり、私と鉢合わせたのが相当嫌だったらしい。それは、すぐに分かった。


 しかし、私にはそれよりも重大なことがあって。


(……そうだわ。ベサニー様だったら、初対面じゃないし、まだお話しできるかもしれないわ)


 ベサニー様とだったら、まだお話しできるかもしれない。そういうこと。


「……さ、サマンサ、さ、ま……」

「お名前覚えておいてくださったのですね!」


 わざとらしく手を叩き、私はにっこりとした笑みを浮かべる。その笑みがあまりにも不気味に映ってしまったのか、ベサニー様は一歩、また一歩と足を後ろに下げていく。でも、ここで逃がすような私じゃない。


「どうせですし、一緒にお話しませんか?」


 この際、背に腹は代えられない。昨日の敵は今日の友。その精神で、やるしかない。


「……な、あ、な、なにを……!」


 もしかしたら、ベサニー様はこの間の仕返しを私が企んでいると思っていらっしゃるのかもしれない。けれど、私はそんなことどうでもいい。そういう意味を込めて、ベサニー様の手首をつかむ。もう片方の手は、しっかりとあのケーキの載ったお皿を持っていた。


「ね? いいでしょう?」


 多分、ベサニー様は取り巻きがいないと一気に気弱になるタイプだ。それを見抜き、私はじりじりとにじり寄っていく。すると、ベサニー様は「……わ、分かったわよ!」と言って私の手を払いのけた。


「ただし、条件があるわ」


 その後、ベサニー様はそんなことを告げてこられて。……ふむ、交換条件ということね。まぁ、この際仕方がないから受け入れるしかないわね。


「そのケーキ、よこしなさいっ!」


 ベサニー様の視線が注がれているのは、私の持つお皿に載っているケーキ。


「……無理です」

「じゃあ、交渉決裂ね」


 くっ、やっぱり背に腹は代えられないのよね……。そう思って、私は親の仇でも見るかのような目で、ベサニー様にケーキを差し出した。……とても、美味しそうだったのに……! 未練がましくケーキに視線を注いでいれば、ベサニー様は「ほら、行きましょう」と言ってすたすたと歩いていかれる。……私の、ケーキ……!

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