元女官、ほんのちょっぴり怯む

「も、申し訳ございません……!」


 そんな私の迫力に怯んでか、モナは縮こまって謝罪をしてくる。……あ、ダメよ、ダメ。こんな風に怒っていたら、私もほかの妃候補と同じような人になってしまう。高慢な人だと思われてしまう。落ち着く、まずは、きっちりと落ち着くのよ。


(けれど、妃候補の集まる場に王子様なんて……)


 なんとまぁ、場違いなことだろうか。そんな私の考えを察してか、モナは「……妃候補の方しかいらっしゃらない場だと、どんなトラブルが起きるか分からないのです」と恐る恐る告げてくる。……そう。つまり、いわば監視ね。王子様が時折いらっしゃるとなれば、妃候補たちもトラブルを起こしにくい。いつ、王子様がいらっしゃるか分からないから。……まぁ、理にかなった方法だわ。


「分かったわ。……それで、どの王子様がいらっしゃるの?」


 一旦深呼吸をして、私はそう問いかける。私の問いかけを聞いたモナは「……時間の空いた方が、適当にいらっしゃいます」と答えて目を伏せる。……ふむ、完全ランダムということか。まぁ、そっちの方が良いわよね。どの王子様が来るか分からない方が、妃候補たちは大人しくしているだろうし。……なんていうか、囚人みたいだわ。


(本当には行きたくないわ。だけど、行かないと何も始まらない。レクシー様の企みが分からない以上、少しでも情報が欲しい)


 そう思うけれど、やっぱり王子様がいらっしゃるかもしれない場は……ねぇ。ノア様やハイデン様とは顔を合わせにくいし、他の王子様なんて……無理よ、無理!


(仲のいい妃候補もいないしなぁ)


 まだほかの妃候補と交流があれば、彼女たちから情報を貰うことが出来るかもだけれど。しかし、この場は騙し合いで蹴落とし合い。仲良くきゃっきゃうふふなんてしている人はいない。……うん、自分の身は自分で守りましょう。


「モナ、私、明日その場に行くから。準備だけしておいて」

「は、はいっ!」

「その時ばかりは、舐められないようにドレスを身につけなくちゃね。……あんまり、好きじゃないけれど」


 ドレスは動きにくいから嫌いだ。そう思うけれど、ドレスを身につけないと舐められてしまう。それに、私はこれでも一応『ターコイズの姫君』なのだ。変な動きなんて出来ない。……本当に、当初の目的どこ行ったって感じだけれどさ。


(……ふむ、レクシー様がそこにいらっしゃらなくても、彼女の取り巻きか誰かがいれば、まだいいのだけれどね)


 レクシー様は多分現れないだろう。『十二の宝石階級』の一人が、そう簡単に妃候補の集まる場に顔を出すとは考えにくい。そりゃあ、自らの取り巻きを増やすためには、現れるかもしれないけれど。だけど、それにわざわざこの場を選ぶ必要はないのだ。


(行きたくない。王子様とは、顔を合わせたくない。……けれど、私が怯むなんて柄じゃないわ。いや、ほんのちょっぴり怯んでいるけれど)


 確かに、怯んでいることに間違いはない。が、そう簡単に負けてたまるかと言う気持ちがある。婚約の解消を告げられた以上に辛いことなんて、きっとこの世にはないわ。周囲の腫物を扱うような態度も、辛かったわけだし。


(……ハミルトンとマーガレットさん、上手く行っているのかしら?)


 そう思ったら、ふと元婚約者と彼のことを寝取った女官のことが気になってしまう。思い出したくもない二人だけれど、幸せを願える……わけがないわよねぇ! 私はそんな聖人じゃないし、聖女様でもない。自分を苦しめた人間はそれ相応に辛い目に遭ってほしいと思う。


(ま、マーガレットさんに関しては私の現状を知るわけがないし、別にいいのだけれど)


 私が女官を辞めたということは、多分知っているはず。でも、結局はそれまでだ。女官仲間の中で私が今、妃候補として後宮にいるなんて知っている人は、いないわけだし。私も、想像していなかったわけだし。


 そう、思っていた。もう、ハミルトンともマーガレットさんとも関係ないと。あの二人が幸せだろうが不幸だろうが、関係ないと。


 だから、この後少しして……彼女と再会することになるなんて、思いもしていなかった。想像もしていなかった。

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