元女官、『ラピスラズリの姫君』に相談をする
「サマンサ様からわたくしにお手紙をくれるなんて、嬉しいわ」
「……は、はぁ」
『ラピスラズリの姫君』のお茶会スペースにたどり着くと、そこではシャーロット様が優雅に寛いでいらっしゃった。その側にはシャーロット様の専属侍女が待機しており、彼女は私を見て一礼をする。……随分と、教育が行き届いているみたいね。
「実は、本日は折り入って相談がありまして……」
「そう。まぁ、大体のことは知っているわよ」
私の言葉を聞いて、シャーロット様は優雅に紅茶を飲まれながら、そんなお言葉を返してくる。……最低限のことは、お手紙に綴った。けど、あまり詳しくはお話していない。やっぱり、シャーロット様は侮れない。敵にしたら一番嫌なタイプよね。
「レクシー様のことならば、わたくしもよく知っているわよ」
シャーロット様は、私の目を見つめながらそうおっしゃる。その目はとても美しくて、私は吸い込まれてしまうような感覚に陥った。……でも、そこをぐっと踏みとどまって私は「レクシー様は、一体どういう狙いなのでしょうか?」と問いかけてみる。まぁ、正直シャーロット様がそこまで知っているとは思えないのだけれど。むしろ、知っていらっしゃったら本当の意味で恐ろしい。
「そんなこと、わたくしには分からないわ」
「そうですよね」
「けど、きっと――」
――貴女を貶めるために、招待してきたのだと思うわ。
私が出された紅茶に口を付けると、シャーロット様はそうおっしゃった。……私を、貶めるため。だけど、そのお言葉はあまり腑に落ちない。私を貶めて、彼女に何のメリットがあるのだろうか? レクシー様は『トパーズの姫君』だもの。私よりもずっと待遇は良い。それに、周囲からの覚えもいい。
「もしもそうだとしまして、レクシー様は一体何のために私を貶めるのでしょうか?」
こういうところは、やはり社交界に疎いのが仇になっているな。そう思いながら、私はシャーロット様にそう問いかけてみる。そうすれば、シャーロット様は「そんなもの、決まっているじゃない」とおっしゃって、扇を取り出された。
「危険因子を、潰そうとしているのよ」
「……危険因子、ですか、私が?」
「そうよ」
クスクスと声を上げて笑われながら、シャーロット様はそうおっしゃる。危険因子。確かに、自分にとって害になりそうな芽は早めに摘んでおくに限るかもしれない。しかし、私はレクシー様に何かをしてしまっただろうか? 少なくとも、私の記憶にはない。
「レクシー様は、貴女のことを危険因子と判断したのよ」
「……お言葉ですが、私は――」
「そうね。貴女には、あまり欲がない」
シャーロット様はそうおっしゃって、にっこりと笑われる。その笑みには何処となく迫力があって、私の背筋がぶるりと震えた。でも、そんなことはお構いなしにシャーロット様は続けられる。
「だけど、周りはどう思っているかしら? いきなり現れて王子様に気に入られた貴女を、危険因子として判断してもおかしくはないわ」
「……そうです、か」
「えぇ、女なんてそんなものよ。特に、レクシー様は王子妃になることに強いこだわりがあるわ。……だから、きっと貴女を潰そうとしているのよ」
そのお言葉を聞いて、私はようやく腑に落ちた。……そう、そういう意味で危険因子と判断されたのか。そう思って、私はぎゅっと手を握りしめる。……その通りだと、レクシー様のお茶会に参加すれば私は貶められるのだろう。モナの言う通り、参加しないのが一番。
「わたくしは、サマンサ様に潰れてほしくないわ。だから、お誘いには乗らない方がいいわよ」
シャーロット様も、モナと同意見のようだった。私もその通りだと思う。しかし、逃げたくない。……売られた喧嘩は、基本的には買う主義なのよ。自ら売りつけたりは、しないけれど。
「……私、参加します」
だから、私はシャーロット様の目をまっすぐに見つめてそう言った。そうすれば、シャーロット様は「……本気?」と言葉を零されていた。そのため、私は頷く。……本気も本気よ。売られた喧嘩は、買わなくちゃ。
「私、売られた喧嘩は買う主義です。その後、何倍にもして返します。……ここで逃げるなんて、私らしくない」
じっとシャーロット様の目を見て、私はそう告げる。レクシー様の目的が分かっていれば、そこまで脅威にはならない。情報戦を制する方が、ずっと有利なのよ。
「シャーロット様、情報提供ありがとうございました。……私、レクシー様に勝ってみせます」
そう言って挑発的に笑えば、シャーロット様は「ふふふっ」と声を上げて笑われた。笑っていらっしゃるのに、何処となく優雅さを感じさせるのはシャーロット様の上品さが醸し出せる技なのだろうな。そう、思う。
「サマンサ様は、本当に面白いお方ね。……わたくしが、見込んだだけはあるわ」
私の目を見て、シャーロット様はそうおっしゃった。その後、口元を楽しそうに歪められる。
「だったら、わたくしは止めないわ。……『トパーズの姫君』に、一泡吹かせちゃいましょう!」
シャーロット様のそのお言葉に、私は力強く頷いた。
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