第三章 元女官の後宮生活三ヶ月目

元女官、『トパーズの姫君』に招待される

「『ターコイズの姫君』のサマンサ・マクローリン様、ですね」

「……はい」


 後宮生活も三ヶ月目に突入した初日。ふと、見知らぬ侍女が私の部屋にやってきた。彼女の侍女服にはしっかりとトパーズの模様が刺繍されている。……多分、『トパーズの姫君』の侍女ね。


(でも、『トパーズの姫君』と私は関わりがないのよね……)


 そもそも、私が十二の宝石階級の中で関わったのは、『ラピスラズリの姫君』であるシャーロット様のみ。『トパーズの姫君』なんて、見たこともない。……いや、噂は女官時代から常々聞いていたわね。確か、傲慢で高飛車。そんな名門侯爵家のご令嬢だとか。確か彼女の家は数代前には宰相を輩出していたはず。


「私は『トパーズの姫君』であるレクシー・ミュアヘッド様の専属侍女でございます。こちらを、レクシー様より預かってまいりました」

「……はぁ」


 やっぱり、『トパーズの姫君』の侍女だったか。そう思いながら、私が渋々差し出された手紙を受け取ると、その侍女は一礼をして去っていく。……ふぅ、本当にこれだけを渡しにここまで来たみたいね。……給金、釣り合っているのかしら?


「サマンサ様。すみません、出ていただいて……」

「いや、全然構わないわよ。今はモナしかいないから、これくらい私がするわ」


 モナにそう声をかけて、私はその手紙を見つめる。手紙の封の部分には、しっかりとトパーズの印が押されてあった。……これは、自分の権力を知らしめるためのもの。そして、偽造防止のもの。


「先ほどの方は、誰だったのですか?」

「『トパーズの姫君』のレクシー・ミュアヘッド様の専属侍女みたい。……これを、私にだって」


 そう言いながら、私はその手紙をひらひらと振る。……正直、いろいろと考えることが多すぎてここ最近ろくに眠れていないのに、こんな厄介なものが来るなんて運が悪すぎる。……ハリエットは風邪を引いて仕事を休んでいるし、エミリーを無意味に呼ぶのもなんだか憚られるし。……ノア様やハイデン様からは、謝罪のようなお手紙が届いて以来何もお話ししていないし。……あぁ、そうだ。度々ヴィクター様と鉢合わせるようになったっけ。ただ、人の部屋の窓の前で優雅にお茶を飲むのは、止めていただきたいのだけれど。切実に。


「……『トパーズの姫君』と言えば、宝石のわがまま姫と呼ばれているお方、ですよね……?」

「そんな呼び名もあった気がするわね。知らないけれど」


 モナの言葉にそれだけを返して、私は手紙の封を開けてみる。すると、そこには――豪華絢爛な招待状が入っていた。……中に目を通せば、近々レクシー様主催の王族をも招いたお茶会があるそう。そこに、私を招待したいとも。……正直、乗り気じゃないけれど参加しないと後々うるさそうよねぇ……。


「モナ、レクシー様にお茶会に招待されたのだけれど、どうしたらいいと思う?」


 モナに相談をしても、何も解決はしないって分かっている。それでも、誰かに聞いてほしかった。言っちゃあ悪いけれど、私は社交の知識なんてほとんどない。ここ三ヶ月である程度はマシになったけれど、やっぱり貴族の令嬢としては赤点だと思うし……。こういうことを相談できるのは、やっぱり――……。


(シャーロット様しか、いないわよね)


 こういう時に教えを乞えるのは、ほかでもないシャーロット様しかいらっしゃらない。ほかの妃候補とは仲良くしていないし、そもそも顔も知らない。シャーロット様は度々手紙のやり取りをしているから、それとなく尋ねてみるのもいいかも。


「……正直、サマンサ様は参加しない方が良いと思いますよ。何を企んでいらっしゃるか、分かりませんから」


 そんな時、時間差でモナがそう言葉を返してくれた。……そうよねぇ。私もそう思う。だって、いきなり何のかかわりもなかったところからお誘いが来るのよ? 不気味で仕方がないじゃない。シャーロット様のように悪意ゼロっていう方が、絶対に珍しいもの。……いや、あれもある意味悪意があったか。


「まぁ、とりあえずシャーロット様にそれとなくお尋ねしてみるわ。シャーロット様ならば、レクシー様のことも知っていらっしゃるだろうし」

「……シャーロット様を何でも屋みたいに使うのは、サマンサ様くらいですよ……」


 モナが頭を押さえながら、そんなことを言う。……だって、この間いただいたお手紙には「困ったことがあったら、何でも相談してね」みたいなことが書かれていたのだもの。これを使わない手は、ないでしょう?


(ヴィクター様関連以外、退屈だったし、少しは暇つぶしになるといいのだけれど……。でも、王子様関連は嫌よ)


 心の中でそう零しながら、私は机に向かい引き出しから便箋を取り出す。ターコイズの模様が付けられた便箋に、私は文字を綴っていく。もちろん、あて先はシャーロット様。


 そして、これから数日後。私はまたシャーロット様と対面することになったのだった。

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