第五王子の一目惚れ(ハイデン視点)
☆☆
「はぁ、ちょっとぐいぐい行きすぎましたかねぇ」
俺は一人、そう呟いて自室で項垂れる。正直、ああいうタイプの女性は初めて相手にした。だから、扱い方が分からない。その所為で、選択肢を間違えて逃げられてしまった。……本当に、どうしたらいいのでしょうか。
「サマンサ・マクローリン、か」
あの女性を一目見たとき、俺は初めての感情を覚えた。なんというか、心臓がどきどきとして、心が昂った。あんな感情を人間に対して抱いたことなど、今まで一度もなかった。手に入れたい。自分の側に何があってもいてほしい。そう思ったら……我慢できなかった。
ノアとデートをすると知って、乱入したのもサマンサ様がノアのものになってほしくなかったから。ただ、それだけ。つまり、醜い嫉妬心が原因の行動だった。その嫉妬心を覚えたとき、俺は初めて自分の根本を理解した。俺は、嫉妬深い方なのだと、分かったのだ。嫉妬深く、独占欲の塊なのだと。
「……さて、次はどういう風に顔を合わせましょうかね」
しかし、一番の問題は次にどんな風に顔を合わせるか、である。正直、今のままだったら気まずくて顔を合わせにくい。これじゃあまるで、恋を覚えたばかりの初心な男である。今まで散々遊びまわっていたのに、今更純情ぶっても意味などないはずだ。……そもそも、サマンサ様には俺の女遊び、バレているわけですし。
「……はぁ、ノアの方が先に仲直りをしたらそれはそれで嫌ですね……」
だったら手っ取り早く、会いに行った方が良いだろうか? でも、あの様子だとすぐには会ってくれないと思う。あぁ、早くしないと。そうじゃないと……ノアに、ほかの奴らに奪われてしまう。どうすれば、いいのだろうか。
「失礼いたします、ハイデン様。少々、よろしいでしょうか?」
そんなことを考えていた時。不意に部屋の扉がノックされる。……チッ、誰だ。そう思って立ち上がって扉を開ける。俺はいろいろと考えたいとき、侍従を全員下がらせてしまう。それが仇となり、自分で扉を開けるしかなかった。
「ハイデン様」
「……エミリー、か」
俺がその名を呼べば、エミリーはにっこりと笑って「覚えていてくださったのですね、光栄です」なんてそのままの表情で言う。……こいつは、食えない奴だ。優秀な女官だが、いくつもの顔を平気で使い分ける。だからこそ、誰もこいつの本性を知らない。しかも、若くして次期女官長候補とまで言われているし、将来は後宮の管理人になるのは確実だ、なんてことも言われている。……そう言えば、こいつはサマンサ様の専属女官になったはずだ。
「ハイデン様。私、サマンサ様の専属女官になりましたの。本日は、サマンサ様に頼まれましてこちらにやってきました」
エミリーはそう言って、俺の目をまっすぐに見つめてくる。まるで小動物のような顔立ちをしたこいつの真の気持ちは、どう頑張っても読めない。くそっ、俺はこれでも人の感情を読むのは得意なのに。
「どうか、サマンサ様を後宮から追い出すという選択肢は、取らないでいただけると幸いです。サマンサ様は、どうしても後宮にいなければならない理由がありますので……」
「……別に、追い出したりはしませんよ。ただ、次に顔を合わせにくいなぁって思っていただけですから」
「そうですか。それならば、いいのです。私、次はノア様のところに行かなくてはならないので、これにて失礼いたしますね」
そう言ったエミリーは、綺麗な一礼をするとその場からさっさと立ち去ろうとする。だから、俺はその腕を咄嗟に掴んだ。すると、エミリーは振り返り不思議そうに俺のことを見つめてくる。……その目は、うさぎのような愛らしいものだが、その中に映った感情はまるで狼。……捕食者の目だ。
「エミリーは、何故サマンサ様の専属女官になったのですか? 貴女、出世頭でしょう。……そんな、妃候補の専属女官なんて、する必要がないはずだ」
俺がそう問いかければ、エミリーはその綺麗な口元を機械的に歪める。そして、俺の手を素早く振り払った。
「そんなの、決まっているではありませんか。王太子殿下直々のご指名だから、ですよ。それに私、サマンサ様のことを気に入っているのです。出来れば、このまま彼女の専属女官を続けていたいくらい」
クスクスと笑いながらそういうエミリーには、底知れぬ不気味さがあった。だから、俺は息をのむ。そんな俺を見てか、エミリーは「では、今度こそ失礼いたします」と言ってその場を立ち去って行った。
「……王太子殿下。そう、言いましたね」
このリベラ王国の王太子は、第一王子のジェネシス・リベラである。俺の腹違いの兄にあたり、自分勝手な俺様男だ。しかし、そのカリスマ性を認められ、王太子になった。……奴は、少なくともその生まれだけで王太子になったわけではない。
(何を企んでいる――ジェネシス)
心の中でそう唱え、俺は部屋に引っ込んだ。……奴の脳内は、誰にも読めない。いいや、誰も読もうとはしない。だって、奴は――。
――自分のことしか、考えていないのだから。
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