元女官、忠告される

「はははっ、キミ言うねぇ。普通の令嬢だったら、俺に意見をしないよ?」

「……生憎、私は普通ではありませんので」


 ヴィクター様は、けらけらと笑われながら見据えてこられる。背丈は高く、身に纏っていらっしゃる衣装はとても豪華なもの。……バーナード公爵家のご令息が絶世の美貌の男性だということは、常々噂には聞いていたけれど……想像以上のものね。


「まぁ、普通じゃないからノアやハイデンが惹かれたんだろうね。あいつらは、普通の令嬢には惹かれないから」

「……私が、ノア様やハイデン様に好かれているという根拠は、あるのですか?」

「うん、本人たちから聞いた」


 そうおっしゃったヴィクター様は、私の部屋をぐるりと見渡される。……淑女の部屋に図々しくも入ってこられたかと思えば、部屋を見渡すなんて普通の人じゃない。普通じゃないのは、ヴィクター様の方よ。私はそう思って、ただヴィクター様を無機質な目で見つめた。


「その目は、俺の方が『普通じゃない』って言いたげだね。……ま、俺も普通じゃない自覚があるし、普通じゃない者同士仲良くしようよ。ね? 『ターコイズの姫君』?」

「……生憎ですが、私は仲良くするつもりは一切ありません。私はなんとしてでも、お金を手に入れなければなりませんので」

「……そっか」


 私がヴィクター様にそう告げると、ヴィクター様は露骨に肩をすくめられた。私が欲しいのは『王子様の妃の座』ではなく『お金』である。一年間をここで平和に過ごし、お金を手に入れて撤退する。それだけが目的だし、それ以上は望まない。だって、『ターコイズの姫君』になったのも予定外なわけだし。


「私にとっては『ターコイズの姫君』になったのも予定外なのです。ですので、そんな――」

「――残念だけれど、周りからはそうは見えないよ」

「っつ」


 私の言葉を遮ったヴィクター様のオーラが、一瞬にして変わる。そして、そのアメジスト色の目が、私を射抜いた。その瞬間、何故か私の身体が硬直したように動かなくなる。……一体、何? このお方、何をしたの?


「周りはキミを疎むだろう。『ラピスラズリの姫君』や後宮の五大華は違うかもしれない。でも、結局その他大勢がこの場を支配している。……キミは、間違いなく排除されるだろう」

「そんなの、覚悟の上です」

「違うね。そう脳内が思っていたとしても、実際にそう心が思えるのはまだまだ先になるだろう。……だからさ、俺は、キミに救いの手を差し伸べに来た」


 そうおっしゃったヴィクター様は、私の目をただまっすぐに見つめてこられて、その口元を静かに緩められた。


「――キミは、今すぐにこの場を立ち去るべきだ。そう、言いに来た」


 ヴィクター様のお言葉の意味が、分からなかった。確かに女の妬み僻みはすごいものだ。だから、おっしゃっていること自体は分かる。分からないのは……何故、ヴィクター様がそんなことをおっしゃるのかということ。何故、このお方がそんなことを忠告されるのかということ。


「……何故?」

「何故? そんなの決まっているじゃないか。俺は、普通じゃない女性が好みなんだ。だから、キミは俺の好みに当てはまる。だから、俺、考えたんだ」


 ヴィクター様はそうおっしゃって、私の肩を掴んでこられる。その手に力は籠っていない。でも、何故か振り払えない圧力のようなものがあった。そのアメジスト色の目と言い……それはまるで、魔法のよう。


「俺はキミを娶ろう。それに、俺は王家が好きじゃないし、忠誠も誓っちゃいない。王子たちとは友人関係を貫いているけれど、それはあくまでも『表向き』」

「ど、どういうこと……?」

「一つだけ言えば、俺はキミを娶りたい。ただ、それだけ」


 にっこりと笑われて、ヴィクター様は私の唇に人差し指を押し当ててこられる。細められた目は、恐怖を与えてくる。普通だったら、恐怖とかいろいろな感情からヴィクター様の言いなりになるかもしれない。だけど、私は違う。私は生憎――普通じゃない。


「……とても嬉しい申し出ですが、生憎私は結婚に夢も希望も持っていないのです」


 だから、私は身体が動くことを確認した後、ヴィクター様の手を払いのけた。残念だけれど、私は婚約を破棄された。あれ以来、結婚に夢も希望も持たないと決めた。だから、こんなことを言われても胸はときめかないし、「玉の輿!」って喜びもしない。言いなりにも、ならない。


「ですので、その申し出は断らせていただきます。だって私――普通じゃないので」


 逆ににっこりと笑ってやって、ヴィクター様を見据える。すると、ヴィクター様は楽しそうに「やっぱりね」なんておっしゃった。


「キミだったらそう言うだろうと思っていたよ。でも、一つだけ最後に言わせてほしい」


 そうおっしゃったヴィクター様は、窓から帰られていく。その後、最後に私の方を振り返られた。


「――俺は、キミの味方だ。何があっても、キミを助ける。それだけは、真実だから」


 ヴィクター様はそれだけを私に告げた。……まるで、魔法のようなひと時だった。そう思って、私はその場に崩れ落ちてしまう。あまりにも非現実的なことで、脳内が追いつかなかった……らしい。

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