元女官、謎の男性と出逢う
☆☆
「……はぁ」
あれから数日後。私は私室の窓から呆然とオレンジ色に染まりかけている空を見つめていた。雲一つない、とてもいい天気。あの日、エミリーにすべてを任せると決めたけれど、何の通達もないということから追い出されるのは免れたのかもしれない。それから、ノア様からもハイデン様からも何の連絡もない。愛想を尽かされたのならば、それはそれでいいのだけれど……。
「しっかしまぁ、こういうのは想像していなかったなぁ……」
そう呟きながら、私はオレンジ色に染まった空を呆然と見つめる。ここに来るまで、まさか王子様方とこんな風に会話をするなんて想像もしていなかった。だから、ただ茫然としてしまう。うん、こういうのは完全に予想外なのだ。そう、予想外に決まっている。
「やっほ~」
だから、今、私の目の前で振られている誰かの手も気のせいなのだ。疲れが引き起こしている幻覚なのだ。そう思いながら、私が空を眺め続けていると、私の額に何かがぶつかった。そして……意識を覚醒させた私の目の前には、やたらと顔のいい男性が、いた。
「……え?」
「無視だなんて酷いよね。『ターコイズの姫君』」
「だ、誰っ!?」
そこにいたのは、やたらと顔のいい男性だった。長い金色の髪を後ろで一つに束ね、そのアメジスト色の目はキラキラとしているように見える。……いや、本当に誰!? そう思いながら私が目をぱちぱちと瞬かせていると、その男性は「やっと気が付いてくれた」と言いながら笑みを浮かべた。
「不審者!? ハリエットとモナを呼ばないと……!」
「いやいや、不審者じゃないよ。俺、危険人物じゃない」
「危険人物と不審者は自らそうですよ~とは名乗りませんからね!?」
私はそう叫びながら、じりじりと後ずさりをした。いや、本当にこのお方、誰!? 貴族……なのだろうけれど、見慣れない方だ。つまり、普段からここに来ている方ではない。ちなみに、今ここに居るのは私一人。襲い掛かってこられたりしたら、どういう風に抵抗すればいいだろうか。そう思いながら、私はその男性を見据えた。こういう時に、視線を逸らすのは逆効果だ。
「そりゃそうだけれどさ~。それはちょっと傷つくなぁ。あ、名乗らないのがダメなのかな? 俺はヴィクターって言うんだ」
「名乗りの問題ではありません!」
「え~、そういう問題じゃないの? まぁ、いいじゃん。ちょっとだけいいから、俺と仲良くお話しようよ」
窓枠に手をついて、その男性――ヴィクター様はそういう。窓を閉めておくべきだった。そう思うけれど、後悔先に立たず。もう今更閉めようとして無駄に等しい。そんなことを考えながら、私はさらに後ずさる。そんな私を見たヴィクター様は窓枠に手をついて、そのまま部屋の中に乗り込んでこられた。って、後宮の妃候補の部屋に乗り込むとか、マナー違反どころの問題じゃないですよね!?
「ここ、一応後宮ですし、私も一応妃候補です! そうやって入ってくるのは、マナー違反を通り越していると思うのですけれど!?」
「大丈夫大丈夫。俺、結構顔が広いから」
本当にそういう問題ではないのですけれど!? そういう意味を込めて私がヴィクター様を睨みつければ、ヴィクター様はやれやれと言った風に両手を上げる。それは、きっと無害ですよ~アピールなのだろうけれど、私の警戒心はそれくらいではほどけない。ここで警戒心をほどいてしまえば何をされるか分からない。そういう意味もあった。
「本当に不審者ですね。出て行ってください。警備の人を呼びますよ?」
「……俺、本当に不審者じゃないんだけれどな~」
ヴィクター様はそう言って自身の頭をポリポリと掻いた。そして、何かを思い出したかのように手をポンっと叩く。いや、何ですか。そういう意味を込めて私がさらにじっと睨みつければ、ヴィクター様は「ははは」と笑いだす。何? このお方、本当に変なお方。
「フルネームで名乗らなかったのが悪いんだね。俺はヴィクター・バーナードって言うんだ。知ってるでしょ? リベラ王国の筆頭公爵家バーナード家。俺、そこの令息」
「は、はぁ!?」
ヴィクター様のそんな言葉を聞いて、私は驚愕の声を上げてしまった。い、いや、公爵家のご令息? あぁ、バーナード公爵家の存在自体は知っていたけれど……。私は生粋の貴族ではないため、貴族の方のお顔をよく知らないのだ。
「これで信じてもらえた? 俺、不審者じゃないよ~」
私の目の前で手を振りながら、ヴィクター様はそうおっしゃる。うん、不審者じゃないことは分かった。理解した。でもさぁ――。
「でも、マナー違反なことに変わりはないですからね!? さすがにこれは!」
後宮の妃候補の部屋に乗り込んでくるのは、さすがにマナー違反ですよね? 私はそういう意味を込めて、そんな言葉をヴィクター様にぶつけていた。
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