元女官、専属女官にお願いする

「え、えっと……エミリー?」

「はい、サマンサ様」


 エミリーは私の呼びかけに返事をして、その可愛らしい顔を緩める。何、この人滅茶苦茶可愛らしいのだけれど? 金色の髪はすごく綺麗だし、何よりもその真っ赤な目はくりくりとしていて大きい。この世のかわいらしさをかき集めて錬金したような女の子だ。きっと、ハリエットやモナとも渡り合える。


「あっ、サマンサ様。おかえりなさいませ。えっと、そちらのお方は……?」


 私がそんなことを思っていると、不意に部屋の扉が開いてモナが顔を出す。うわぁ、その仕草とっても可愛らしいわね。これぞ美少女のコラボ! 頭とテンションがおかしいことは、自覚している。でも、そう思いたいくらい現実逃避がしたいのよ。分かってください。


「モナさんですね。私は本日付でサマンサ様の専属女官となりました、エミリー・バトラーでございます」

「……あぁ、そう言えば本日いらっしゃるって連絡がありましたね。どうぞ、お入りください。サマンサ様も、なんだか浮かないお顔ですけれどとりあえずお部屋に入りましょう」


 モナがそう言って部屋の扉を大きく開けてくれる。その優しさが身に染みた。本当に、悪いとは思っているの。こんなにも臆病で、妃候補らしくない妃候補でごめんなさい。せめて、貴女たちの未来に幸せが多いことを願っておくわ。


「……サマンサ様。本日は、一体何をやらかされたのですか? そのお顔からして、何かやらかされたのでしょう?

「よくわかったわね、ハリエット」

「顔に書いてありますから」


 私が部屋に入り、ソファーに腰かけるとすぐにハリエットが駆け寄ってきてくれる。そして、そう言った。別に顔に書いてあるつもりはないのだけれど。そういう意味も込めて、私は自分の顔をぺちぺちと叩いてみる。でも、特に何も起こらない。


「まぁ、ノア様でしたらサマンサ様のトンデモ行動にも慣れていらっしゃると思いますので、そこまで咎めたりはされないと思うのですが……」


 ハリエットはそう言ってきょとんと首をかしげる。こっちにも美少女がいる。この場で美少女じゃないのは、私だけね。そもそも私、少女という年齢はとっくに過ぎたし。これでも、二十一歳なのよ……。


「……ノア様だけだったら、どんなによかったでしょうね」


 余所行きの口調で、私は遠いところを見つめてそう言う。その言葉を聞いたモナは「まさか……」と口を開いた。うん、多分モナの想像していることで当たっているわ。それに、モナはあの場所にいたものね。すぐに想像が出来ても、おかしくはない。


「えぇ、大方モナの想像している通り。……ハイデン様が、乱入されてきたのよ」


 遠くを見つめたまま、私がそう言えばハリエットは露骨に戸惑って「え?」と声を上げていた。私の真正面にいたエミリーも、「……それは、それは」と言葉を発する。しかし、エミリーの声はハリエットとは違い興味津々と言った雰囲気だ。もしかしたら、エミリーは好奇心が旺盛なのかもしれない。


「ハイデン様は、結構いろいろな妃候補の方々にちょっかいを出されていますよね? サマンサ様も、ちょっかいを出されたのですか?」


 うん、ハリエット。その言い方はちょっとやめた方が良いわよ。私が言えたことじゃないのだけれどさ。そう思いながら、私は「ちょっと違う……と思う」ということしか出来なかった。あれはちょっかいを出されたとかそういう可愛らしいものではない。真面目に妃になってほしい……みたいなことを、言われた。ちょっかいだけだったらどれだけよかっただろうか。そう思いながら、私は壁にかけられた時計を見つめる。あれからニ十分。ノア様とハイデン様は、今頃何をされているだろうか?


「……ハイデン様は、私に自分の妃になってほしいと言ってこられたのよ。……昨日、対面したのだけれどその際に一目惚れしたとかなんとかで……」


 しどろもどろになりながら話す私。それを聞くハリエットとモナとエミリー。モナは慌てているようだし、ハリエットは茫然としている。私は半分パニックになっている。多分この場で一番冷静なのはエミリーだろう。


「私、最後に無礼なことを言って逃亡してきたのよ。もしかしたら、このままここを追い出されるかもしれないわ」

「……サマンサ様、ここに居たかったのですか?」

「いいえ、全く。これっぽっちも居たくないわ」


 ハリエットのそんな言葉に、私はそれだけを返す。正直に言えば、後宮なんて好き好んでいる場所ではないと思う。女の嫉妬に様々な陰謀と策略。そんなものが渦巻き、いつ巻き込まれるか分からないなんて気が休まらないじゃない。


「お金……」


 天井を見上げて、私はそうつぶやく。お金。それからだらだらとしたニートライフ。それが、私の目的だった。なのになんでこんなことになっているのだろうか。二人の王子様から迫られて、普通の貴族の令嬢だったら歓喜もののシチュエーションに陥って。私じゃなかったら、どれだけよかっただろうか。


「……分かりました。サマンサ様。ここは私にお任せください」

「……エミリー?」

「私が何とかしてきますね。……こういう時のために専属の女官がいるのですから、ね?」


 そんな私の不安をかき消すかのように、エミリーがそう言ってにっこりと笑ってくれる。エミリー……可愛らしい顔をして、結構男前な性格かもしれない。


「……お願い、出来る? 私が無事一年間ここで過ごせた場合は、報酬を払うから!」

「いえいえ、それは必要ありませんよ。私、これでも結構がっぽりと設けているので!」


 にっこりと笑って、手でお金のポーズをとるエミリーはすごくしっかりとしていた。そう言えば、後宮勤めの女官は滅茶苦茶設けているのよね。そう思いながら、私はエミリーにすべてを託すことにした。すべてと言えば、大袈裟かもしれない。だけど、私はそれくらいの覚悟だった。

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