元女官、口説かれる?

「サマンサ様。俺は、本気ですよ。ノアみたいに、自分の気持ちが分かっていないわけじゃない」

「は、はぁ」


 茫然とする私を他所に、ハイデン様はそうおっしゃると私に対しにっこりとした笑みを向けてこられた。その笑みはとても美しくて、迫力があって。まぁ、簡単に言えば恐怖の対象だった。だって、だって! 美しい人の笑みって結構怖いじゃないですか。そういうこと。


「ね? サマンサ様。俺の妃になったら、苦労はさせませんよ?」


 しかも、ハイデン様は私に対しそんなお言葉をぶつけてこられる。いやですね、妃になったらむしろ苦労する気がするのですけれど……。だって、王子様の妃なのよ? それってつまり、嫉妬の対象になるって言うことじゃない。そもそも私、ここに『お金目当て』で来たのですけれど?


「か、勘弁、してください……。私、そう言うのは、ちょっと……」


 グッと近づけられたお顔の良さに、私は戸惑ってしまい露骨に視線を逸らす。そのお顔の良さは、ある意味凶器です。人を殺せてしまいそうですよね。そう思いながら私が視線を逸らしていると、ハイデン様が私の手を取られる。いや、あの、そろそろ、お食事に戻ってもよろしいでしょうか……?


「あ、あの、そろそろ、お食事に戻りたい……」


 美味しそうなお菓子とお茶があるのに、どうして私はこんなことになっているのだろうか? そう思いながら私がハイデン様に視線を向ければ、ハイデン様は笑われていた。……食い意地が張った女だと思われたのだろう。別にそれは、構わない。それで好感度が下がるのならば、それ以上に良いことはない。うん、そうだ。


「じゃあ、お茶に戻りましょうか。ノア、今日は俺も同席しますね」

「何を、勝手に!」

「いいじゃないですか。減るものでもないですし」

「いろいろと減りますけれど!?」


 ノア様の文句もどこ吹く風。ハイデン様は侍女を呼び、椅子を一つ追加で持ってきてもらっていた。その椅子に腰かけられたハイデン様は、ノア様に自分の分のお茶も入淹れるようにと命じている。それを聞いたノア様は、渋々と言った風にお茶を淹れられていた。……なんだかんだ言っても、お世話をするのね。私はそう思いながらホッと一息をついて、自らの席に戻る。


「……どうせだったら、ノアは何処かに行ってもいいですよ。俺がサマンサ様をもてなすので」

「お茶を淹れたのは俺ですけれど? そもそも、このお茶菓子とか手配したのも俺ですけれど!?」

「じゃあ、今日のところは勘弁しておいてあげましょうか」

「本当にむかつく」


 ハイデン様とノア様の言い争いを聞きながら、私は何でもない風に目の前のお茶菓子に手を付けた。うん、お茶菓子は美味しい。もうこの際、ノア様とハイデン様のことは気にしないでおこう。そう思いながら、私はお茶とお茶菓子に舌鼓を打つ。


(……っていうか、そもそも私がここに居るのが間違いじゃあ……)


 そんな風にお茶とお茶菓子に舌鼓を打っていると、私はふとそんなことを思ってしまった。ハイデン様とノア様には王子様という共通点がある。しかし、私にはない。つまり、この場で一番の邪魔者は私なのではないだろうか。そう思った私は、この場から立ち去った方が良いのではないかと考える。でも、立ち去ることは出来なかった。だって、ハイデン様もノア様も今の状態だと私の方に意識を飛ばしてくださらないから。挨拶も、出来ないし。


「あぁ、もうっ! これじゃあ埒が明かないじゃないですか。分かりました。じゃあ、サマンサ様に選んでもらいましょうよ」


 ……そう、思っていた時期が私にもありましたよね! ノア様は不意にそうおっしゃると、私に視線を向けてこられた。その視線には、期待が込められているように見えて。私は、お茶が入ったカップを持ったままフリーズしてしまう。……いや、どうして私なの!?


「サマンサ様! 俺とハイデンと、どっちとお茶がしたいですか?」

「い、いや、その……」

「俺はノアよりもサマンサ様を楽しませる自信がありますけれど? ほら、女性の扱いには比較的慣れていますから」


 そうおっしゃったお二人は、私に視線を注いでこられる。いやいやいや! そこで私に選ばせるとか、一体何の罰ゲームですか!? そう思いながら、私はただ茫然としていた。


「俺はサマンサ様以外の女性に興味がありませんから! ハイデンみたいに浮気性じゃないです!」

「俺が浮気性なわけないじゃないですか。俺はただ単に『本気で好きになれる人』を探していただけですから」

「そう言うのを浮気性だって言ってるんですよ!」


 ……何このお二人、実は仲が悪いの? そう思いながら私はお茶を一杯飲む。うん、美味しい。だけど、ハイデン様とノア様の所為で全く落ち着けない。もういっそ、逃げた方が良いのかな? そんなことを考えながら、私は茫然とお二人を眺めていた。


「え、えーっと……あの、その」


 ここでどう答えたらこの場はうまく収まるのだろうか? 一瞬そんなことを思ったけれど、私の残念な頭ではその方法が全く思い浮かばない。こういう時、普通の令嬢だったら「きゃ~~!」とか言って喜ぶのだろうか? それってすさまじい鋼メンタルですよね。何それ、私も見習いたい。って、現実逃避をしている場合じゃない。


(逃げたい。滅茶苦茶逃げたい)


 お二人の視線が、痛い。それを実感しながら、私はただ『逃げたい』という単語だけを脳裏に浮かべ、現実逃避をしていた。

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