元女官、デートの乱入者に驚く

「……ハイデン、どうして、ここに」


 ノア様の驚いたような声が、私の耳に届いた。大丈夫ですよ、ノア様。私も今、滅茶苦茶驚いています。先ほどのノア様の態度とか、ハイデン様の登場とか、いろいろなことにですけれどね。そう思いながら私がハイデン様を見つめれば、ハイデン様は何でもない風にただにこりと笑われた。


「そうですねぇ……。まぁ、気分的にここに来たかったから、でしょうか」


 そして、ノア様の問いかけにそんな言葉を返されていた。いや、答えになっていませんけれど? 気分的にここに来たかったからって……本当に、意味が分からない。私がそう言う意味を込めてハイデン様を見つめていれば、ハイデン様は意味ありげな笑みを浮かべられるだけだ。全く、感情が読めない。


「ハイデン。今日は俺がここを使うと言っていましたけれど? デートの最中に乱入なんて、マナー違反もいいところだ」


 対するノア様はそうおっしゃって、ハイデン様に詰め寄られる。でも、ハイデン様はそれを気にも留められていないのか、「はいはい」と適当にあしらわれていた。その後、早々にノア様に興味を失われたのか、私の方をじっと見つめてこられる。その視線が、何処か狂気を纏っているようで、恐怖を生む。


「まぁ、はっきりと言えば俺は『わざと』ここにやってきた。ノアとサマンサ様がデートをすると知っていて、ここに来た」

「……わざと」

「サマンサ様は察しが悪いんですね。俺は貴女とノアのデートを邪魔しに来た。……つまりは、乱入するためにここに来た」


 ハイデン様はそうおっしゃると、私の方にやってこられて私の手首を掴まれる。その掴み方は優しいけれど、逃げることは許さないとでも言いたげな力加減だった。痛みはない。だけど、逃げる気力を削ぐような。そんな絶妙な力加減。私の手首を掴まれたハイデン様は、楽しそうに私を見下ろされる。美しい顔を、楽しそうに歪めながら私のことを見降ろされている。


「いや、ラッキーでしたね。街なんかに出られたら、探すのも一苦労だ」

「……どうして、そんなことを」


 本当に、ハイデン様の行動の意味が分からなかった。ハイデン様が私とノア様の時間を邪魔する理由が、思い浮かばない。私は別にデートに乗り気ではなかったから構わないけれど、それでもノア様は乗り気だったようだし。


「どうして、か。本当に貴女は察しが悪い」


 くすくすといった声が、私の頭の上から降ってくる。それは、私の神経をわざと逆なでしているようにも聞こえた。でも、ここでケンカを売ってしまったらハイデン様のペースに嵌る。私は売られたケンカは買う主義だけれど、自分からケンカを売ることはしない主義だ。だから、その挑発には乗らない。そう言う意味を込めて、私はハイデン様を強くにらみつけた。


「昨日、俺が言ったことを、貴女は覚えていますか?」


 なのに、そんなんことを気にも留められないハイデン様は、そう続けられた。昨日、言われたこと。鬼ごっことか、そう言う意味の分からないことだろうか。


「……ハイデン。サマンサ様と、出逢っていたのですね」


 私がそんなことを思っていると、ノア様が私とハイデン様の会話に口を挟まれる。そして、ハイデン様から私を解放してくださる。掴まれた手首が何処か熱いような気がするのは、きっと気のせいではないだろうな。そう思っていれば、ハイデン様はノア様のお言葉を気にも留めずにただ静かに、「やれやれ」とだけぼやかれていた。


「まぁ、昨日初めて会った感じですけれどね。……ノア、一つだけ言っておきましょう。ノアは、大人しく身を引いてください」

「……はぁ?」

「サマンサ様は、俺の妃にします。なので、ノアには身を引いてもらわなくちゃ、いろいろと面倒で困る」


 そんなハイデン様のお言葉を聞いた私は……ただただ、驚いていた。秒で、頭がパニックになる。いや、どうして私がハイデン様の妃になるの? そもそも、私たち昨日出逢ったばかりですよね!? そう言う意味を込めてハイデン様に抗議の視線を向ければ、ハイデン様はただ口元を緩められるだけだった。……不気味だった。


「楽しい楽しい鬼ごっことは、こういうこと。貴女が俺に惚れるのが早いか、時間が切れるのが早いか。そういうこと。……俺は、貴女に惚れましたから」

「いやいやいや! ハイデン様と私は、昨日出逢ったばかりですよね!?」

「世の中には一目惚れっていうことが、あります。そういうこと」


 ハイデン様のそんなお言葉を聞いた私は納得……しなかった。そりゃあ、一目惚れだってあるとは思うよ? でもさ、私って特別優れた容姿をしているわけじゃない。シャーロット様のようなお方にだったら、一目惚れもある意味納得するのだけれど……。


「ちょ、ハイデン! 俺が一番初めに……!」

「順番なんてどうでもいいでしょ。サマンサ様がどっちを選ぶかということ。それに……強引に迫る男なんて、嫌われても当然だ」


 ハイデン様はそうおっしゃって、露骨にノア様を挑発される。いや、あのですね、それが当てはまるのならば、ハイデン様も同じだと思うのですけれど。私、昨日壁ドンのようなことされましたし。


「……乱入してきたハイデンが、それを言うのですか?」


 ノア様は負けじとハイデン様にそう言い返されていた。うん、それも当たりかな。どうしても、関わってきた時間の差でノア様贔屓になってしまうのは、仕方がないと思う。でもさ、でもさ……私、王子様の妃の座なんて狙っていませんからね!?


「わ、私、王子様の妃になんて、なるつもりが一切ないのに……!」


 思わずそう零してしまったのも、ある意味仕方がないと思う。だって、私はここに『お金目当て』で来たから。玉の輿に乗るつもりなんて、一切ないのに……。そんな意味が、この零れた言葉には込められていた。

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