元女官、第六王子とデートをする
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「あっ、サマンサ様。こっちですよ!」
ノア様とのデート当日。私がノア様に指定された場所に行くと、そこではもうすでにノア様が待機していらっしゃった。のほほんとされた表情はいつも通り。でも、普段よりも少し豪奢な服装だった。シンプルな服装だけれど、やっぱり顔が良いと引き立つものね。そんな失礼なことを思いながら、私は椅子に腰かけられるノア様の前で、未だにぎこちない淑女の一礼を披露する。
「本日は、お招きいただき、誠にありがとうございます」
……うん、本音は招いてほしくなかったけれどね! でも、こういわないと貴族の令嬢として失格なのだ。別に貴族の令嬢という立場に執着があるわけではないのだけれど、せっかくだしお務めを果たしてお金をがっぽりと持って帰りたいじゃない。そういうこと。
本日の私の装いは、淡いブルーのシンプルなドレスだ。これは、つい先日祖父母が送ってくれたもの。曰く、少しくらい贅沢をさせてあげたいということらしい。なんというか、それを聞いた時第一に「お人好しだなぁ」という感想が思い浮かんだ。そんなことを思い出しながら、私はノア様から見て対面の椅子に腰を下ろす。
「へぇ~、サマンサ様って、そう言うドレスを着るんですねぇ」
そうおっしゃって、ノア様がふんわりと笑われる。うん、私普段はワンピースしか着ませんけれどね! こんな風におめかしをしたことなんて、数えるほどしかない。そう言いたい気持ちを抑えて、私は「……えぇ、まぁ」と微妙な返事をしていた。正直に言うと、私はいまいちこのデートに集中できていない。理由なんて簡単。昨日の、ハイデン様との出来事。あの出来事で、私は間違いなくハイデン様に目を付けられてしまった。それが、怖いのだ。心にグサッと棘を刺してきたというか、なんというか……。
私がそんなことを考えている間に、王宮の侍従が手際よくお菓子を並べてくれる。美味しそうなクッキーをはじめとした焼き菓子のほか、ケーキなども取り揃えられている。お茶も数多くの種類を用意してくれているらしく、とてもではないけれど二人分だとは思えない。
「どうぞ、食べてくださいね」
茫然とする私に、ノア様はそう声をかけてくださる。だから、私は一番近くにあったパウンドケーキをお皿に取り、そのまま口に運ぶ。そのパウンドケーキは、ドライフルーツが良い味を出しており、とても美味だ。焼き加減もちょうどいい。どうやったら、こんなにも美味しく焼けるのだろうか? そう思いながら、私はパウンドケーキを頬張る。
「お茶はどうしますか? いろんな茶葉を取り揃えてみたんですけれど……」
「……私、あまりお茶に詳しくないのでお勧めでお願いします」
「分かりました。では、俺が一番好きなものにします」
私の返答を聞いたノア様は、手際よくお茶を淹れてくださる。……って、いやいや! 王子様であるノア様にお茶を淹れさせてはダメでしょう! そう思って私が自分で淹れると伝えたのだけれど、ノア様はそれをやんわりと断られる。そして「俺、こういうの好きなので」とだけおっしゃった。そして、お茶がカップにを注がれる。湯気が上がっており、とてもいい香りがする。
「俺、茶葉とか集めるのも好きなんですよ。ですから、これは俺のコレクションの一部みたいなものです」
そうおっしゃったノア様に勧められ、私はカップを口に運ぶ。そのお茶は、初めて飲むような味だった。でも、美味しい。正直に言えば、銘柄なんて一切わからないし、茶葉の種類も分からない。ただ分かるのは、これがお高いものであり、美味しいということくらいだろうか。
「お茶は淹れ方によって活かすことも殺すことも出来ますからね~。俺、お茶を淹れるのが好きで、よく自分で淹れているんですよ」
「……そうなのですか。私、そう言うのはさっぱりで」
「まぁ、こういうことは好き嫌いの激しいことですからね。貴族の中には、こういうことを『侍従の真似事』と言って毛嫌いする人もいますから」
ノア様は、何でもない風にそうおっしゃるとカップを口に運ばれる。……侍従の、真似事。そう言えば、お茶を淹れるのは基本的には侍従の役割だったっけ。そう思いながら、私は茫然とお茶を飲む。……ノア様と一緒にいるのに、集中できていないのは間違いなく失礼だ。分かっている。分かっているのだけれど……やはり、昨日のハイデン様のことが頭をよぎってしまう。
「……サマンサ様、考え事ですか?」
そんな私の内情が、バレてしまったのだろう。ノア様は、怪訝そうな表情で私にそう声を掛けられる。……誤魔化すのも、無理がありそうだ。私はそう判断して、少しぎこちない笑みを浮かべた。こういう時、普通の令嬢ならばうまく誤魔化すのだろうな。そう思うけれど、私には出来ない。
「えぇ、ちょっと。昨日、いろいろありまして……」
美味しいお茶と、お菓子。それがあるのに、いまいち集中できない。目の前にいらっしゃるのは、ハイデン様ではなくノア様だというのに。そう思い私は、ただ俯いて揺らめくお茶の水面を見つめていた。そこに映るのは、特別美しくもなければ可愛らしくもない素朴な女。なんだか、自分で言っていて惨めになるのだけれど。
「……そうですか。まぁ、人生いろいろありますからね」
ノア様はそんな私の言葉を、否定されることもなく静かにただそれだけをおっしゃる。そして、おもむろに立ち上がられたのか、椅子の動く音がした。何処に行かれるのだろうか? 私はそう思うけれど、ノア様は私のすぐ隣に来られたようだった。
「でも、正直に言えば俺はあんまりいい気分じゃないです」
……そりゃそうだ。それが分かっていたから、何も言えなくなる。ただ、ノア様から視線を逸らすために俯くのに必死だった。一緒にいる方のことではなく、別の方のことを考えるのは、間違いなく失礼。分かっている。でも、今私の心はノア様のことを考えられない。
「……ねぇ、サマンサ様」
切なげに名前を呼ばれて、私はハッとして顔を上げる。すると、私とノア様の視線がばっちりと交わった。その時のノア様の表情は、何処か悲しそうなものだった。
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