元女官、第五王子と対決する
「……『ターコイズの姫君』のサマンサ・マクローリン、か。……あぁ、ノアが気に入った妃候補ですか」
ハイデン様は、そうおっしゃると私の方に一歩一歩近づいてこられる。この距離でも、分かる。その、整った顔立ち。その目にはまるで吸い込まれてしまいそうなオーラがあり、魅了されているかのような感覚に陥りそうになる。だけど、私はその感覚に抗い、ハイデン様をただ見据えた。
「そう、警戒しなくてもいいですよ」
また一歩、ハイデン様が私に近づいてこられ、そうおっしゃる。警戒するな、と言われても警戒するのが普通だと思う。ましてや、あんな光景を見せられた後なのだ。自分に害をなす可能性も少なくはない。それに私は妃候補としてのある程度の立場があるからいいけれど、ただの侍女であるモナは違う。そんなことを考えて、私はモナをかばうように自分の立ち位置を少しだけ動かした。
「……おや、自分の身よりも侍女ですか」
「まぁ、そうですね」
モナを庇う私を見て、ハイデン様がそんなことをおっしゃって笑われた。その笑みに込められた感情は、上手く読み取れない。多分だけれど、このお方は自らの感情を他者に読み取らせない術に、長けている。その所為で、私は次にどういう行動をとるのが正しいのかが、分からない。
「――その目、綺麗だ」
「っつ!」
なのに、私がそんなことを思って混乱していると、不意にハイデン様が私の顔にご自身のそれはそれはお美しいお顔を、近づけてこられた。そして、そのまま私の頬に片手を添えられる。これで、完全に逃げ道がなくなってしまった。そう思う私だけれど、何故かハイデン様から視線が逸らせない。それに、戸惑ってしまう。
「その目には濁りがないし、欲望なんて全く籠っていない」
「……だったら、何だというのですか」
「いえ、別に。ただそれだけ」
ハイデン様はそれだけをおっしゃると、私からご自身のお顔を遠のけられた。それにホッと一安心したけれど、ハイデン様の片手は私の頬に添えられたまま。この手を、はたき落とすことは出来るだろう。だけど、そうしてしまえば不敬罪とかで捕らえられてしまう可能性がある。だから、私は視線だけでハイデン様に抗議の意を示した。
「確認しますが、貴女は『ターコイズの姫君』のサマンサ・マクローリンで間違いないですね?」
「……はい」
何だ、この確認は。そう思いながら、私はハイデン様の目をじっと見つめ続ける。そもそも、初めに名乗ったじゃないか。そう思ったけれど、それを口に出す勇気を生憎私は持ち合わせていない。だから、私はただ静かに肯定の返事をするだけ。
「そうですか。だったら、それでいい。どうやら、嘘をついている雰囲気もなさそうですし。……貴女は、ノアのお気に入りなのでしょう?」
「お気に入りかどうかは存じませんが、個人的に親しくさせていただいております」
そう、ノア様とは個人的に『恋愛感情を除いて』親しくさせていただいている。それは、紛れもない真実。そのため、私はただ静かにそう告げた。しかし、私のその言葉を聞かれたハイデン様は、何故か少しだけ眉を顰められる。それは、私が見たハイデン様の本当の表情のような気がした。……いや、出逢って数分しか経っていないけれどさ。
「まぁ、お気に入りだろうが何だろうが、俺は知りませんけれど。……サマンサ・マクローリン様。俺が一つだけ、忠告をしておいてあげましょう」
ハイデン様はそうおっしゃると――私の身体を近くの本棚に押し付ける。こ、これは世にいう壁ドンとかいう奴では……!? そう思ったけれど、私たちの間には不穏な空気しかないし、甘い空気など一切ない。それに、そもそもこれは一種の脅しだ。しかも、私がそんな乙女チックなことを考えていたら、明日は槍が降る。
「俺って、気に入ったものはすべて手に入れたいタイプなんですよ」
なのに、そんな私の気持ちなど他所に。ハイデン様は、私の耳元で低いトーンで囁くようにそうおっしゃった。その瞬間、私の身体が無意識のうちにぶるりと震える。この言葉の意味は、よく分からない。でも、たった一つだけ、鈍い私でもわかったことがある。
それは――私が、ハイデン様に目を付けられてしまったという真実。
慌てて私が顔を上げれば、そこにいらっしゃったハイデン様は満面の笑みを浮かべられている……ように見える。けど、目は全く笑っていなかった。その目にはまるで狂気か何かが宿っているかのように見えてしまい、私は身震いをしてしまう。
「さぁ、楽しい楽しい鬼ごっこを始めましょうか」
そして……ハイデン様は私の耳元でそう囁かれると、その後楽しそうに図書館を去って行かれた。残された私は、そんなハイデン様の後ろ姿を眺めながら、本棚を背にしてその場に座り込むことしか出来なかった。
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