元女官、第五王子の逢瀬を見つける
だけど、そんな私の思いは無駄だった。後宮内にある巨大な図書館。そこに……何故か、ハイデン様がいらっしゃったのだ。にっこりとしたような胡散臭い笑みを浮かべられて、一人の妃候補と一緒に。
「モナ、ストップよ」
「……サマンサ様?」
ハイデン様と妃候補の姿を見た私は、モナの服の袖を引っ張って近くにある本棚の影に隠れた。いや、だってこれ絶対に逢瀬でしょう? 私たちがいることがバレたら、絶対にややこしいことになるわよ。そう思ったからこそ、私は隠れるという選択肢を取ったのだ。
「……モナ、あそこを見て頂戴」
私はそう言ってハイデン様と妃候補の方を指さす。そちらに視線を向けたモナは「あぁ」という小さな納得の声を上げてくれた。うん、これで全部伝わったのならばいいのだけれど。でもさぁ……これじゃあ、図書館から出るに出られないわよね。ここにいつまでも隠れておくわけにもいかないのだけれど。変に動くと、バレちゃいそうよね。
「サマンサ様。隠れるのはいいのですが、いつまでここでこうしていらっしゃるつもりですか?」
「そんなことを言われても、今出ると面倒なことになっちゃうじゃない」
「……それは、そうですけれど」
視線はハイデン様と妃候補に向けたまま、私とモナはそう話し合う。ハイデン様の青色の髪の毛が、ここからでもはっきりと見えた。妃候補の方は頬を染めながら何やら嬉しそうに話をしている。……いや、こんなところで逢瀬を重ねないでほしい。純粋に迷惑だから。そう言う意味を込めて、私はこっそりとハイデン様と妃候補を睨みつけた。
「ハイデン様! わたくし、寂しかったのですわ……!」
妃候補の方はそうおっしゃって、ハイデン様に縋りついていた。しかし、ハイデン様の方はただにっこりと笑うだけ。そのお姿は、まるで妃候補のことなどどうでもいいとでも言いたげで。さらに言えば、その手は動く素振りがないし、にっこりと笑っているように見えるけれどその視線は冷たい。……ハイデン様にとって、あの妃候補は所詮どうでもいい存在なのだろう。
「……そうですか」
ようやく、ハイデン様が口を開く。そして、そんなお言葉を発した。だけど、その声音はとんでもないほど冷たくて。多分、あの妃候補は気が付いていないのだろうけれど。でも、私とモナには伝わってきて、背筋に冷たいものが走った気がした。
ゆっくりと開くハイデン様の目の色は真っ赤。それを見た私は、なんだか得体のしれない存在を相手にしている気分だった。……怖いわねぇ、あれが本性ってわけか。
「美しい人が怒ったらすごく怖いというけれど、それは本当だったのね。ハイデン様、滅茶苦茶怖いじゃない」
「……そうですね」
私の独り言に、モナがそう返してくれる。相変わらず妃候補の方はハイデン様にくっついているようだけれど、私から見ればそれは一人縋っているようにしか見えない。……哀れだわ。ハイデン様、多分貴女のことを大切には思っていないのにね。
「ハイデン様。次のお出掛けは、いつにしますか? わたくし、そろそろ次のお出掛けに……」
妃候補はそうおっしゃって、ハイデン様のお顔を見上げられた。だけど、その瞬間言葉に詰まってしまっているようで。多分、ハイデン様の醸し出す冷たい空気にようやく気が付いてしまったのだろう。
「残念ですが、貴女との関係はここまでにしましょう。……貴女は、俺の望む女性ではない。なので、この関係は終わりですよ」
「は、ハイデン、様?」
妃候補の戸惑うような声が、ここまで聞こえてきた。だけど、そんな妃候補の縋るような手をハイデン様は一切のためらいもなく振り払うと、にっこりと笑って「貴女との関係は、終わりですよ。お疲れさまでした」なんて残酷なお言葉を突き付けられていた。
「で、ですが、わたくしは……!」
「貴女の意見なんてどうでもいい。ここは後宮。選択肢は俺たちにある。……俺としては、貴女には早急にここから立ち去っていただきたい。貴女では、王子の妃は務まりませんから」
「なっ!」
ハイデン様のお言葉に、妃候補は今にも泣きだしてしまいそうに身体を震わせていた。……あぁ、あんなことを最後におっしゃるのね。そりゃあ、ショックで後宮を立ち去る妃候補もいるわけだ。私は、そんなことをのんきに考えていた。
「は、ハイデン様! わたくしは、わたくしはまだこの後宮に残りますから!」
「……勝手にしてください。ただし、俺は貴女を選ぶことはない」
そんなハイデン様のお言葉を聞いた妃候補は、ドレスを翻して走り去っていかれた。私の真横を通ったけれど、彼女は私に気が付いていないよう。それくらい、ショックだったのだろう。うん、まぁ、そうだろうな。あの妃候補も、多分自分に相当な自信があった。
「さて、そこで隠れているのは誰ですか? 人の逢瀬の現場を見るなんて、相当趣味が悪い人の様ですけれど」
もしかして、とは思っていた。だから、ある程度の覚悟はできていた。そのため、私は堂々としながらハイデン様の前に姿を現し、口を開く。
「そうかもしれませんね。ですが、こんなところで逢瀬を重ねるハイデン様もハイデン様ではありませんか?」
私はゆっくりと歩きながら、ハイデン様の前で一礼をした。無礼に、ならないように。
「初めまして、ハイデン様。私は『ターコイズの姫君』であるサマンサ・マクローリンです」
もうこうなったらやけくそだ。そう思った私は、にっこりと笑ってそう名乗ったのだった。
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