元女官、後宮を見学する

 ☆☆


「ハリエット、暇よ!」

「……そう言われましても……」


 ノア様とのデートを翌日に控え、私は一人ソファーに座って文句を言っていた。本日の天気は生憎の土砂降り模様。これでは家庭菜園のスペース(最近移動させてもらった)にも行けないし、散歩をすることも出来ない。持ってきた本も大体読んでしまったし、刺繍なんて「何ですかそれ?」のレベル。ニートライフは手詰まり中だ。雨が降ると一気に暇になる。


「あ、でしたら後宮内を探索してみてはいかがでしょうか? マイナーな宝石階級にせっかく上がったのですから、それもアリだと思いますよ」


 ふと部屋の掃除をしながら私とハリエットの会話を聞いていたモナが、そう提案をしてくれた。……後宮探索、ねぇ。まぁ、ありっちゃありかも。ほかの妃候補と鉢合わせたくはないけれど、それでも暇よりはずっとマシ。それに、後宮内を知っておいた方が良いかもしれない。


「そうねぇ。だったら、後宮探索でもしようかしら」

「……それはいいのですが、外に出られるのならばもう少しまともな格好をしていただきたいです」


 そう言ったハリエットの言葉を聞いて、私は自分の格好を鏡越しに見つめた。そこには――品のかけらもないほどラフなワンピース身に纏った私が、いた。これは明らかに部屋着だ。……うん、これじゃあ後宮内なんて歩けないわよね。そう思った私は、慌てて着替えを始めた。


 ☆☆


「へぇ~、こんな設備もあるのねぇ」

「はい、あの向こうには巨大な図書館などもありますよ」


 それから数十分後。私はモナを連れて後宮探索をしていた。名もなき階級だった頃に住んでいた宮とは似ても似つかないほど、ここら辺は広い。まぁ、人数が減っているのでその分広々と使えるというのもあるのだろう。そう思って、私はあちらこちらを忙しなく見つめていた。


(女官だった頃は、ここに少しだけ来てみたいって思ったものよね)


 そう思ったら、もっとこの場所を目に焼き付けておきたい。そんなことを考え、私はまたきょろきょろと辺りを見渡した。煌びやかなシャンデリア。大きな窓。壁に施された装飾の数々。そのすべてが、高価なもの。……私の女官時代の給金じゃあ、一生買えないものばかりだな。そう思ったら、少し悲しいかもしれない。


「ねぇ、次は図書館に行ってみたいわ」


 ある程度後宮を回り終えた後。私はモナにそう言ってみた。確か、モナは後宮内に図書館があると言っていた。暇つぶしの本も見つかるかもしれないし、退屈しのぎにはなるかもしれない。


「はい、では、行きましょうか」


 モナはそう言って私に図書館までの道筋を教えてくれた。ふむふむ、ここから右に曲がって二つ目の角を左。そうすれば、突き当りにあるのね。……結構、入り組んでいるみたいだわ。


 そんなことを、私が考えていた時だった。


「ハイデン様!」


 誰かの、そんな声が聞こえてきた。その声の主はどうやら女性の様。嬉しそう声音。さらには駆け寄るような足音。それから、女性は先ほど「ハイデン様」と言っていた。多分だけれど……あの女性はマイナーな宝石階級の妃候補の一人。そして、駆け寄った方向には――。


「……第五王子の、ハイデン・リベラ様」


 そのお方が、いらっしゃるのだろう。


 ハイデン・リベラ様。彼はこのリベラ王国の第五王子様だ。現国王陛下の第三側妃様のご子息であり、とても整った容姿をされている。それは、王国でも屈指の美女と呼ばれていたお母様譲りのものなのだとか。さらに言えば、ハイデン様はとても女癖が悪いという噂があった。なんでも、妃候補たちに気がある素振りを見せるくせに、飽きたらポイっと捨ててしまうらしい。そのショックから、後宮を去る妃候補もいるとかいないとか。


(私には、関係ないわね)


 だけど、私はすぐにそう思い直した。別に駆け寄って行った妃候補が手ひどく振られ捨てられようが、私の知ったことではない。所詮、ハイデン様の特別にはなれなかったというだけなのだから。噂を聞くに、ハイデン様のお母様も異性関係が派手だったらしい。多分、そこもお母様譲りということよね。


「サマンサ様?」


 そんな風に考え込む私を不思議に思ってか、モナが私の顔を覗き込んでくる。だから、私は「別に何でもないわよ」とだけ言って笑みを作った。ハイデン様のことなんて、私には関係のないことなのだ。それに、これ以上王子様とお近づきになるつもりは一切ない。さっさと図書館に行って帰ってこよう。私はそう思って歩を進めた。

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