元女官、喧嘩を売られる

 ☆☆


「ねぇ、聞いておりますの!?」

「……えぇ、まぁ」


 ノア様にデートに誘われた翌日のこと。私の部屋には招かれざるお客様が、いた。


 ☆☆


 その日も、私はいつものように部屋で過ごしていた。部屋が広くなったと言っても、私が使うスペースは限られている。だから、いつものようにソファーで寛いでいた。


 そして、時計を見てそろそろ昼食の時間かな……と思っていた頃だった。何故か、部屋の扉がノックされた。……誰だろうか。別に私は誰も招いていないのだけれど。怪訝に思った私とハリエットは、顔を見合わせる。それから、私は一応ハリエットに扉を開けるようにと指示を出した。そして、扉の前にいらっしゃったのは……怒りの形相をされた三人のご令嬢だった。


「ねぇ、貴女よね。サマンサ・マクローリンって」


 リーダー格に見える一人のご令嬢はそうおっしゃって私に詰め寄ってこられる。そのご令嬢は真っ赤な髪と金色の目をしていた。ドレスの色は真っ赤であり、なんというか全体的に派手だ。もう一度言う、派手だ。


「……えぇ、まぁ」


 私は適当に躱そうと思って、そんな生返事をする。その後、この三人のご令嬢を追い出すようにとハリエットに指示を出そうとしたのだけれど……それよりも早く、そのご令嬢方は私の部屋にずかずかと入ってこられた。いや、出て行ってよ。私の楽園を汚さないで。そう言う意味を込めてそのご令嬢方を睨みつけると、一瞬だけ彼女たちは怯んだ。まぁ、すぐに「ふんっ!」と言って私の態度は無視だった。何この人たち、感じ悪い。


 そんな私の気持ちも無視したご令嬢三人組は、私の部屋に入るとソファーにふんぞり返る。本当に感じが悪いわね。そんなことを思いながら、私は一応対面の場所に移動した。


「……それで、一体何の御用でしょうか?」


 出来る限り、怒りを隠して私はそう言う。しかし、そんな私の気遣いは無駄だった。リーダー格のご令嬢は私のことを強く睨みつけてこられる。その視線に込められた感情は、「憎悪」「嫌悪」「敵対心」くらいだろうか。……もういいや。穏便に済ませようと機嫌を取るのは、止める。


「……初めに一つだけ言っておきますが、私は貴女方のことを全く知りません。なので、さっさと名前くらい名乗っていただけませんか?」

「なっ! あ、貴女、私のことを知らないの!?」


 リーダー格のご令嬢はそうおっしゃって驚く。うん、全く知りませんけれど……。だって、私は所詮伯爵令嬢に擬態した平民ですし。そう言う意味を込めて不敵に笑えば、「くっ!」と呟いてそのご令嬢は悔しそうな表情になられる。さらに言えば、取り巻きであろう二人のご令嬢は怯えているようだ。


「わ、私はベサニー・ガスコイン。ガスコイン侯爵家の一人娘……ですわ」


 そのご令嬢――ベサニー様はそんな自己紹介をしてくださった。……ガスコイン侯爵家なんて、私は知らない。うん、知識にない。そう言う意味を隠して不敵に笑ってやれば、ベサニー様は何を勘違いされたのか心底悔しそうな表情をされる。……けど、こういう表情をされるということは、そこまで権力を持つ家ではないのだろうな。


「た、『ターコイズの姫君』ごとき、私に逆らわない方が良いのよ!」

「そ、そうですわ。ベサニー様は『カルセドニーの姫君』ですもの!」

「そうよ!」


 取り巻きたちは、そんなことを言う。……うん、『カルセドニーの姫君』って言うことは、マイナーな宝石階級よね? 私と一緒。そこまで威張ることが出来る立場ではないと思う。


「あら? 私もつい先日『ターコイズの姫君』になりましたの。対等な立場、ではありませんこと?」


 私はこの立場に執着はない。でも、ベサニー様の態度が気に入らなかった。だから、不敵に笑ってやる。すると、取り巻きたちは一瞬怯んだ。……どうやら、この取り巻きたちは名もなき階級のようだ。立場的に、私にも逆らえないのだろう。……この後宮で一番大切なのは、妃としての立場だから。


「た、立場は対等でも、私の方が先にこの階級にいたのよ? 私のことを敬って当然じゃない」

「……そう。でも、私は敬いたいお方を敬うわ。でも、それは決して貴女じゃないの」


 そう言って私は不敵に笑い続ける。私が心の底から敬えると思える妃候補は、シャーロット様くらいだろうか。ほかの妃候補のことは、よく知らないし。でも、お話を聞くに五大華は敬えるかもしれない。


 私がそんな風に余裕を崩さないからか、ベサニー様のお顔がどんどん赤くなっていく。きっと、余裕がないのだろう。うん、もうちょっと煽ってみようかな。


「の、ノア様に気に入られているからって、調子に乗るんじゃないわよ!」


 ……そう思っていた私だけれど、それは止めた。ベサニー様が、そう叫んでテーブルを思い切り叩いたから。……別に気に入られたくて気に入られたわけじゃ、ないのだけれど。そう言う意味を込めた視線を向けるけれど、ベサニー様はそれを「バカにされた」と受け取られたのだろう。怒りを隠さない。……面倒なことに、なるかもしれないわね。


「調子に乗っているつもりはありませんけれど? それに、あえて言うのならば調子に乗っているのはそちらではありませんか。こんなところまで、乗り込んできて。貴族の令嬢として恥ずかしくないのですか?」


 正直、私は貴族のご令嬢にとって恥ずかしい作法がイマイチ想像できないのだけれど。でもまぁ、こう言っておけばダメージが大きいかな。そう思った私は、そう言った。


「く、くっ! い、いいわよ。今日のところは勘弁してあげるわ! でも……あんまり調子に乗ると本当に痛い目に遭わせてあげるんだから! 行くわよ!」

「は、はいっ!」


 ベサニー様はそうおっしゃると、取り巻きの二人を連れて私の部屋を乱暴な足取りで出ていかれた。……うん、ようやく出て行ってくれたわね。私の部屋が汚されちゃったじゃない。ハリエットとモナには悪いけれど、一度掃除をしてもらった方が良いかもしれないわ。


「……疲れた」


 私は、それだけを呟くとソファーにもたれかかった。あぁ、本当に疲れた。そう思った私は、ゆっくりと目を瞑った。あぁ、このまま眠れそう。そう、思った。

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