元女官、デートに誘われる

「さてさて、サマンサ様。お話は全く別のものになるのですけれどね」


 お茶菓子の詰め合わせを持ったハリエットが一度後ろに下がり、代わりにモナがお茶を持ってきてくれた時。ふと、ノア様は真面目な表情になられて私と向き合ってこられた。……なんだか、嫌な予感がするわ。お茶菓子のお話から全く別のものになるとすれば……多分、あれしかない。


「この間、俺、貴女をデートに誘うって言ったじゃないですか」

「……えぇ、おっしゃっていましたね」

「というわけで、俺は今から貴女をデートに誘います。五日後は、どうでしょうか?」


 ノア様はそうおっしゃって、一応私の意見を訊いてくださる。だけど、断るという選択は想像もしていらっしゃらないようだ。……いや、本音を言うと私は断りたいのですけれどね。そんなキラキラとした期待に満ちたような視線を向けられると、断るにしても罪悪感が付きまとってきて……。


「……モナ」


 私は「助けて」という意味を込めてモナの名前を呼ぶ。だけど、モナはにっこりと笑って「五日後に予定はございません」と言った。……こ、この裏切り者!


(そもそも、王子様とのデートって何をするのよ? 美味しいものでも食べるの?)


 そもそもな話、王子様とのデートって何をするのだろうか? 元婚約者とのデートだったら、いろいろと買い物をした。あと、美味しいものを食べたりもしていた。……あ、元婚約者のことを一瞬思い出しただけでも、とんでもなく腹が立ったからもう考えるのは止めよう。


「え、えーっと……デートって、何をするのですか?」


 なので、私は恐る恐るノア様にそう問いかけてみた。デートの意味くらいは知っている。だけど、知りたいのは王子様とのデートの内容である。そりゃあ、平民同士のデートとはさぞかし違うのでしょうね。


「う~ん、俺もあまり経験がないので、詳しくは知らないのですけれどね。ほかの王子たちはいろいろと買い物に連れて回っているみたいですよ。まぁ、俺としては美味しいものが食べたいとは思っていますけれど。この間、美味しいと評判の店の情報を手に入れたのです」

「……そうですか」


 どうやら、王子様のデートも平民と大して変わらないようだ。あるとすれば、きっと護衛が付くとかそういうことくらいなのだろう。しかし……美味しいものを食べる、かぁ。なんだか、ちょっと魅力的に思えてきた。って、これじゃあ私現金な女みたいじゃない! いや、実際に現金な女か。


「とりあえず、レストランとスイーツショップは外せないでしょう? あとは……あっ、美味しい焼き菓子のお店とか行きましょうよ!」


 ……目をキラキラとさせながらそうおっしゃるノア様を見ていると、なんだか断るのが辛い。だって、そんな風に純粋に楽しみにされると、断る際に罪悪感が付きまとってくるじゃない。うぅ、どうしよう。そんな私の気持ちが伝わっていたのか、モナが生暖かい視線を向けてくる。やめて、貴女、私よりも年下でしょう?


「……私、ノア様のお隣に並んで歩けるような人間じゃないので……」


 結局、出てきた断りの言葉はそんな当たり障りのないものだった。そう、そうよ。王子様のお隣に並ぶのはもっと煌びやかな人じゃないといけないわ。気品に満ち溢れていて、自分に圧倒的な自信を持っていて。シャーロット様のようなお方じゃ、ダメなのよ。


(私は所詮伯爵令嬢に擬態した平民だし、容姿も地味だし、並ぶとノア様が恥をかいてしまうわ)


 私はそう考えた。茶色の髪と、真っ青な目。ひときわ人目を引く容姿というわけではない。五大華やシャーロット様はとても美しかったり、可愛らしかったりする。だから、私じゃダメだ。


「……そんなこと、俺は気にしませんけれど?」

「私が気にします!」


 ノア様が気になさらなくても、周囲は何と思うか。そう思って、私はノア様から視線を逸らす。本当にデートの内容は魅力的だ。しかし、実際にお誘いを受けるかどうかと問われれば、また話は別になる。


「……分かりました」


 私の気持ちを聞いてか、ノア様はそう静かにおっしゃった。……納得、してくださったのだろうか? うぅ、罪悪感が少しだけ湧き上がってくるわ。だって、あんなにも楽しそうにおっしゃっていたのだから――……。


「分かりました。では、デートは後宮内で行いましょう!」

「……はぃぃ?」


 だけど、全く分かってくださっていなかった。デートを後宮内で行う? 何ですか、それ。全く意味が分かりませんよ。


「マイナーな宝石階級になると、専用のお茶会スペースが与えられます。だから、そこで俺と二人美味しいお菓子を並べてお話をしましょう! それならば、周りの視線を気に知ることもないですし、いいと思いませんか?」


 先ほどよりもきらきらとした目で私を見つめ、そうおっしゃるノア様。……うん、確かにそれならば受けてもいい……の、かも? って、いやいや! 流されちゃダメ! 私は王子様の妃になるつもりは一切ないのだから! 目指せニートライフ! ……もう、ほぼ無理になっているけれどさ。


「美味しいお菓子を食べましょうね。焼き菓子も生菓子も、何でも来い! サマンサ様は何か好きなお菓子とかありますか? あ、茶葉も好みに合わせたものを用意した方が良いですよね!」

「……えぇ、まぁ」

「じゃあ、五日後にこっちにいろいろと持ってこさせるの。俺、楽しみにしていますから!」

「は、はい」


 ……結局、断る隙もなかった。怒涛のノア様のお誘い攻撃に屈して、私は断ることが出来なかったのだ。……五日後、五日後なぁ。


(いや、なんだかあまりいい気分にはならないわね。……というか、なんだか微妙に嫌な予感が――)


 ふと、私の脳内に嫌な予感が駆け巡る。そして、最悪なことにその予感は的中してしまうのだった。

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