第六王子の興味(ノア視点)
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初めに声をかけた理由は、単に好奇心が疼いたから。後宮で何かおかしなことをしようとしている。しかも、話を聞いてみれば家庭菜園をしようとしているらしい。そんなぶっ飛んだ妃候補を見たのは、二人目だった。だから……興味がわいた。もしかしたら、この妃候補の人も……なんて、淡い期待を抱いてしまった。
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「あらあら、ご機嫌ですねぇ、ノア様」
「そう見えますか?」
ふと後ろから、声をかけられる。その声の主を俺はよく知っていた。それに、ここはまだ『ラピスラズリの姫君』が住まうスペースの敷地内。彼女がいてもおかしくはない。
「シャーロット様こそ、楽しいと思っていますよね?」
「……ご名答ですわ」
そこにいたのは、俺たち王子からすれば『いい友人』であるシャーロット・メンドーサ侯爵令嬢。シャーロット様は俺たち王子にとっては幼馴染のような存在。だけど、いいやだからこそ。恋愛対象としては論外だった。シャーロット様もシャーロット様で、俺たちと同じ気持ちなのだろう。俺たちに言い寄ってくることはない。それが、結構心地よかった。
「ふふっ、ノア様が見つけてこられたぶっ飛んだ妃候補のサマンサ・マクローリン様はいいわねぇ。わたくし、好きになっちゃいそう」
「……シャーロット様、女の子が好きですもんね」
シャーロット様は女の子が大好きだ。とはいっても、恋愛対象というわけではなく愛でる対象としてらしいのだが。特に、サマンサ様みたいなちょっと強気な子はシャーロット様の好みにぴったりと当てはまる。……ちょっとだけ、嫉妬してしまいそうだ。俺が最初に見つけたのに。
「けど、俺が最初に見つけましたから。シャーロット様はあまりちょっかいを出さないでくださいよ?」
「分かっているわよ。……でも、最近五大華と疎遠になっちゃって寂しいのよ。だから、ちょっとだけお友達として側に居させてくれないかしら?」
「可愛く言っても無駄ですよ。でもまぁ、別に俺はあそこまで嫉妬深くないのでシャーロット様だったらいいですけれど」
「ふふっ、ありがとうございます。豹変しないでね?」
そう言ったシャーロット様はにこやかに笑われる。……豹変、ねぇ。まぁ、そう思うのも仕方がないか。俺の兄弟である王子たちがある意味豹変していくのを、シャーロット様は間近で見てきた。だから、尚更心配なのだろう。俺も、気を付けておかなくちゃ。
「で? ノア様はサマンサ様のことが好きなのでしょう? それはお友達として? それとも……恋愛対象として?」
「……図々しいですね」
シャーロット様は俺の気持ちを知らないから。だから、顔を近づけてそんなことを言う。その目はきらきらとしていて、結構可愛らしい。好みでは、ないけれど。
「まぁね。でも、あの子は結構な経歴の持ち主だし……。もし本当に妃にするのならば、ちょっと手間取るかもしれないわよ? そうなったら……協力してほしいでしょう?」
「何ですか、それ。脅し?」
「まぁ、一種の脅しですわね」
にこやかな笑みからは想像できない言葉に、俺はこっそりとため息をついてしまう。確かに、シャーロット様から教えてもらったサマンサ様の経歴は、結構なものだ。貴族のご令嬢として育っていないのに、貴族のご令嬢として後宮にやってきた。それも、顔も知らない祖父母のために。でも、そんな育ちだからこそ後宮で家庭菜園をしようと思ったのだろう。うん、そこは素直に感心する。逞しいなぁって。
「……まだ、よくわかっていなくて。俺、あの子のことどういう意味で好きなのか。だけど、いま彼女に対して抱いている感情の大半は『興味』ですよ。……まだ、好きっていうわけじゃ、ないと思います」
「そうなのね。まぁ、今はその解答だけで十分だわ。いつか、ノア様が心の底から『好き』って思える人に出逢えることを、わたくしは願っておりますわ。でも、わたくしとはいつまでもいいお友達でいてくださいね」
そう言うシャーロット様の目は、何処か悲しそうだった。……幻覚、だろうけれど。シャーロット様が弱ることなんてありえない。そう、思っていた。
「……別に、それは構いませんけれど」
「そう、だったらいいの。……サマンサ様とのデート、楽しんできて頂戴ね」
シャーロット様は俺にそれだけを伝えると、さっさと場を立ち去っていく。残された俺は、一人考えてしまった。シャーロット様に言われたら、嫌というほど実感してしまうじゃないか。俺は、サマンサ様をどういう意味で好いているのだろうか。今はまだ『興味』の対象しかないが、いずれは変わってしまうのではないだろうか。
(そんなわけないよな。俺は、あんな風にはならないって、決めていたはずなのに)
変わりたくない。だけど、心の底から誰かのことを『好き』になりたい。俺のままで、このままで誰かを『好き』になる方法はないのだろうか? なんて、綺麗ごとでしかない。ただの理想だ。理想と現実は全く違う。よく、知っているつもりなのにな。
「まぁいいや。来月から、もうちょっとサマンサ様に会う時間を増やそう」
俺はそうつぶやいて、『ラピスラズリの姫君』が住まうスペースから立ち去ることにした。サマンサ様は『ターコイズの姫君』になることを望んでいない。それは分かっていた。だけど……彼女をこんなところで埋もれさせるわけにはいかない。そう思ったから、俺は強引に彼女の階級を上げた。
たとえ、憎まれたとしても、嫌われたとしても、構わない。そう言えたら、かっこいいのに。でも、それは所詮強がりだ。本当は嫌われたくもないし、憎まれたくもないのだから。
俺は弱い。だから……心の底から人を『好き』になることを恐れている。そんなことを改めて思ってしまうなんて……俺は、本当にバカだ。
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