第六王子の興味(ノア視点)

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 初めに声をかけた理由は、単に好奇心が疼いたから。後宮で何かおかしなことをしようとしている。しかも、話を聞いてみれば家庭菜園をしようとしているらしい。そんなぶっ飛んだ妃候補を見たのは、二人目だった。だから……興味がわいた。もしかしたら、この妃候補の人も……なんて、淡い期待を抱いてしまった。


 ☆☆


「あらあら、ご機嫌ですねぇ、ノア様」

「そう見えますか?」


 ふと後ろから、声をかけられる。その声の主を俺はよく知っていた。それに、ここはまだ『ラピスラズリの姫君』が住まうスペースの敷地内。彼女がいてもおかしくはない。


「シャーロット様こそ、楽しいと思っていますよね?」

「……ご名答ですわ」


 そこにいたのは、俺たち王子からすれば『いい友人』であるシャーロット・メンドーサ侯爵令嬢。シャーロット様は俺たち王子にとっては幼馴染のような存在。だけど、いいやだからこそ。恋愛対象としては論外だった。シャーロット様もシャーロット様で、俺たちと同じ気持ちなのだろう。俺たちに言い寄ってくることはない。それが、結構心地よかった。


「ふふっ、ノア様が見つけてこられたぶっ飛んだ妃候補のサマンサ・マクローリン様はいいわねぇ。わたくし、好きになっちゃいそう」

「……シャーロット様、女の子が好きですもんね」


 シャーロット様は女の子が大好きだ。とはいっても、恋愛対象というわけではなく愛でる対象としてらしいのだが。特に、サマンサ様みたいなちょっと強気な子はシャーロット様の好みにぴったりと当てはまる。……ちょっとだけ、嫉妬してしまいそうだ。俺が最初に見つけたのに。


「けど、俺が最初に見つけましたから。シャーロット様はあまりちょっかいを出さないでくださいよ?」

「分かっているわよ。……でも、最近五大華と疎遠になっちゃって寂しいのよ。だから、ちょっとだけお友達として側に居させてくれないかしら?」

「可愛く言っても無駄ですよ。でもまぁ、別に俺はあそこまで嫉妬深くないのでシャーロット様だったらいいですけれど」

「ふふっ、ありがとうございます。豹変しないでね?」


 そう言ったシャーロット様はにこやかに笑われる。……豹変、ねぇ。まぁ、そう思うのも仕方がないか。俺の兄弟である王子たちがある意味豹変していくのを、シャーロット様は間近で見てきた。だから、尚更心配なのだろう。俺も、気を付けておかなくちゃ。


「で? ノア様はサマンサ様のことが好きなのでしょう? それはお友達として? それとも……恋愛対象として?」

「……図々しいですね」


 シャーロット様は俺の気持ちを知らないから。だから、顔を近づけてそんなことを言う。その目はきらきらとしていて、結構可愛らしい。好みでは、ないけれど。


「まぁね。でも、あの子は結構な経歴の持ち主だし……。もし本当に妃にするのならば、ちょっと手間取るかもしれないわよ? そうなったら……協力してほしいでしょう?」

「何ですか、それ。脅し?」

「まぁ、一種の脅しですわね」


 にこやかな笑みからは想像できない言葉に、俺はこっそりとため息をついてしまう。確かに、シャーロット様から教えてもらったサマンサ様の経歴は、結構なものだ。貴族のご令嬢として育っていないのに、貴族のご令嬢として後宮にやってきた。それも、顔も知らない祖父母のために。でも、そんな育ちだからこそ後宮で家庭菜園をしようと思ったのだろう。うん、そこは素直に感心する。逞しいなぁって。


「……まだ、よくわかっていなくて。俺、あの子のことどういう意味で好きなのか。だけど、いま彼女に対して抱いている感情の大半は『興味』ですよ。……まだ、好きっていうわけじゃ、ないと思います」

「そうなのね。まぁ、今はその解答だけで十分だわ。いつか、ノア様が心の底から『好き』って思える人に出逢えることを、わたくしは願っておりますわ。でも、わたくしとはいつまでもいいお友達でいてくださいね」


 そう言うシャーロット様の目は、何処か悲しそうだった。……幻覚、だろうけれど。シャーロット様が弱ることなんてありえない。そう、思っていた。


「……別に、それは構いませんけれど」

「そう、だったらいいの。……サマンサ様とのデート、楽しんできて頂戴ね」


 シャーロット様は俺にそれだけを伝えると、さっさと場を立ち去っていく。残された俺は、一人考えてしまった。シャーロット様に言われたら、嫌というほど実感してしまうじゃないか。俺は、サマンサ様をどういう意味で好いているのだろうか。今はまだ『興味』の対象しかないが、いずれは変わってしまうのではないだろうか。


(そんなわけないよな。俺は、あんな風にはならないって、決めていたはずなのに)


 変わりたくない。だけど、心の底から誰かのことを『好き』になりたい。俺のままで、このままで誰かを『好き』になる方法はないのだろうか? なんて、綺麗ごとでしかない。ただの理想だ。理想と現実は全く違う。よく、知っているつもりなのにな。


「まぁいいや。来月から、もうちょっとサマンサ様に会う時間を増やそう」


 俺はそうつぶやいて、『ラピスラズリの姫君』が住まうスペースから立ち去ることにした。サマンサ様は『ターコイズの姫君』になることを望んでいない。それは分かっていた。だけど……彼女をこんなところで埋もれさせるわけにはいかない。そう思ったから、俺は強引に彼女の階級を上げた。


 たとえ、憎まれたとしても、嫌われたとしても、構わない。そう言えたら、かっこいいのに。でも、それは所詮強がりだ。本当は嫌われたくもないし、憎まれたくもないのだから。


 俺は弱い。だから……心の底から人を『好き』になることを恐れている。そんなことを改めて思ってしまうなんて……俺は、本当にバカだ。

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