元女官、愚痴る

 ☆☆


「あ~、もうっ! 本当に最悪っ!」


 『ラピスラズリの姫君』こと、シャーロット様のお茶会から帰ってきた私は一番にそんなことを叫んでいた。枕を殴りつけ、寝台にたたきつけ、ただ叫ぶ。結局私が『ターコイズの姫君』になることは確定した。してしまった。もう今更、引き返すことは許されない。


「サマンサ様。そんなイライラしないでくださいませ」

「そうですよ、おめでたいことではありませんか!」


 ハリエットとモナがそう言って私に近づいてくる。この二人は私がお茶会から帰ってくるなり、「おめでとうございます!」なんて言って出向かて来た。曰く、あの気に食わない管理人が苦虫をかみつぶしたような顔で私の階級が上がることを伝えてきたらしい。うん、その顔は正直に言えば私も見たかった。あの管理人、私は嫌いだもの。


「おめでたい? そりゃあね、普通の妃候補だったらこれはとてもおめでたいことよ? でも、私はここにニートライフを謳歌しに来ただけなのよ。そんな自ら後宮のど真ん中に突っ込むなんてこと、嫌に決まっているじゃない!」


 私はそう言ってまた枕を殴った。そして、壁に投げつける。きっと、普通の貴族のご令嬢ならばこんなことはしないだろう。そうよ、枕を殴ったり叩きつけたり投げつけたりなんて、気品のないことするわけがない。でも、生憎と言っていいのか私は腹が立つとクッションや枕の類に当たり散らす癖があった。今更直せと言われたところで、直せる癖でもないのでこの際まぁ、いいや。


「まぁまぁ。しかし、第六王子様であるノア様に気に入られたのですね。ハリエットは、知っていたのでしょう?」

「えぇ、まぁね。だって、私は初めから気が付いていたもの。サマンサ様にお伝えしなかったのは、ノア様に口止めをされていたから。だからずっとひやひやものよ。サマンサ様が何か不敬をしないかって」


 そんな呆れたようなハリエットの声が聞こえてくる。えぇ、えぇ、悪かったですね! 貴族のご令嬢らしくなくて、妃候補らしくなくて悪かったですね! 私は所詮伯爵令嬢に擬態した平民ですよ!


「まぁ、よかったのではありませんかね? ノア様は王子様方の中でも比較的お優しい部類に入りますし、そんなに束縛などもしてこないでしょうから」

「……何よ、束縛って」


 今、なんだかとてつもないほど物騒な単語が聞こえてきたわ。束縛とか、何とかって。って、ハリエットの言い方だと王子様の中には束縛してこられるお方がいらっしゃるの? まだどの王子様も正式には妃を迎えていないはずなのだけれど……。


「あぁ、サマンサ様は存じ上げないのですね。五大華があまり他者と関わらないのは、王子様方から束縛されているというからもあるのですよ。特に、第八王子様であるフィリベルト様の束縛はとんでもないというお噂です」

「……フィリベルト、様」


 その王子様ならば、私も知っている。第五側妃様のご子息であり、極度の女性嫌いだったはず。つまり、女性嫌いの反動から好きになった妃候補をとことん束縛されているということなのだろうか? ……なんという、はた迷惑な。


「おかげで『ルビーの姫君』はあまり外に出ることが許されておりませんでして……。過保護と言えば聞こえはいいのですが、実際は独占欲が爆発しているだけですからね。その所為で、『ルビーの姫君』付きの侍女は大変な思いをしております」

「……侍女も辛いの?」

「えぇ、フィリベルト様の嫉妬の対象は男性だけではなく、女性も含まれるので」


 ……何よ、それ。なんだか、それを聞いたらフィリベルト様に気に入られなくてよかったと思ってしまうじゃない。まだ、ノア様だったらいいかも……なんて、思ってしまう。ノア様は比較的いい人だし、のほほんとされているし、穏やかだし。


「はぁ、そう考えたらまだマシだわ。でも、私はノア様の妃にはならないわよ。どうせだったら、いいお友達のままでいたいわ」

「……私は、サマンサ様のそう言うお考え、好きですよ」

「ありがとう、モナ」


 モナのそんな言葉に癒される。本当にモナは癒し系だ。ちょっと天然だけれど、そこはハリエットが補っている。結構この二人はいいコンビなのだろう。うん、私の専属侍女がこの二人で良かった。


「そう言えば、階級が上がっても侍女は変わらないのよね?」


 そうよ、そう言えばそれが重大事項よ。私の妃候補らしくない行動を黙認してくれるハリエットとモナじゃないと、私は生活が出来ない。口うるさい侍女なんて付けられてみてよ、私は暴れ狂う自信があるわ。


「そうですねぇ。変わったという話は、今まで聞いたことがありませんよ。あ、でも増えるかもしれませんけれどね」

「……増えるのも嫌だわ。私にはハリエットとモナがいれば十分」

「そう言うわけにもいきませんけれどね。階級が上がれば自然と世話役は増えます。専属の女官もつきますし」

「……そう言えば、そうだったわね」


 ……女官、かぁ。ちょっと懐かしい響きだわ。専属の女官が付くって、言っていどういう感じなのかしら? 妃候補の専属女官って結構花形部署だったわね。……ストレスがとんでもなく溜まるらしいけれど、その分お給金は跳ね上がるから。


「まぁ、ノア様のことですからきっとサマンサ様にぴったりの人を付けてくださいますよ!」

「だといいのだけれど」


 私はそう言って、寝台から降りる。はぁ、喉が渇いたわ。


(来月からの私は、『ターコイズの姫君』かぁ……)


 何だろうか、未だに実感がわかないわ。そう思いながら、私はモナにお茶をお願いするのだった。

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