元女官、第六王子と二人きりでお話をする

「……どうして」

「どうかしましたか?」

「どうして、私だったのですか?」


 シャーロット様が立ち去られてからしばらくした頃。私は半ばやけくそになって、そんなことをノア様に問いかけていた。こんな強い口調で王子様に問いかけることなんて、不敬に当たるかもしれない。分かっていた。これは、一種の八つ当たりだと。分かっている。でも、何処かにこの感情をぶつけないとやっていられなかった。きっと、慣れない生活でストレスが溜まっていたのだろう。


「ノア様には、想い人がいらっしゃるのではありませんか? あのおっしゃり方だと、叶わない恋だったのかもしれませんが……」

「ストップ! 俺には、想い人なんていませんよ」

「……はいぃ?」


 ちょっと待って。ノア様に想い人がいらっしゃるというのは、私の勘違い? いやいや、だったらあんな表情はされないでしょう。うん、そうに決まっている。ただの照れ隠し……なの、かな。


「何を勘違いしているのかは知りませんが、俺は今まで気に入った妃候補はいませんでしたよ。……確かに、お友達のように付き合っていた妃候補はいましたけれど……」

「……お友達」


 そのおっしゃり方は、少しばかり腑に落ちない。だけど、まぁもういいや。そう思って、気分を必死に切り替えた。でも、ノア様を説得したい気持ちは変わらない。私は『ターコイズの姫君』にはならない。なりたくもない。だって、なってしまえば私のスローライフという名のニートライフが消えてしまう。せっかく一年間だらだらぐーたらしようと思っていたのによ? それが一ヶ月で消えるとか、普通に勘弁してほしい。


「そもそも、俺が初めて興味を持った妃候補はサマンサ様です。……今までの妃候補とは違うなぁって、思った。……それだけじゃ、ダメ、ですか?」

「っつ!」


 ノア様はそうおっしゃると、私のことをまっすぐに見つめてこられる。……待って、待って。お顔の造詣が綺麗すぎて、まともに視線を合わせていられない。そう思いながら、私はただ視線を逸らしていた。この頃には怒りなんてどこへやら。残ったのは、何とかして『ターコイズの姫君』という立場を辞退したいという感情だけだった。


「俺、ほかの兄弟みたいに社交が得意じゃないですし、口下手だし、人とうまく付き合えて来なかった。だけど、サマンサ様は俺を蔑ろにしなかった」

「……そ、それは、貴族の男性で、王子様だとは思わなかったから、で……」

「だったら、尚更です。身分だけですり寄ってくる女なんて、こっちから願い下げ。俺は、サマンサ様みたいな女性が良い」


 そんな直球の告白めいたお言葉に、私の心が揺らぐ。……あぁ、そう言えば元婚約者は私にこんな言葉は言ってくれなかったっけ。多分、あの人にとって元々私は本気で好きな人ではなかったのだろう。だから、簡単に心変わりをしてしまった。……思い出すと腹が立つから、出来る限り思い出したくないのだけれど。


「サマンサ様は、変わっている。でも、だからこそ気に入った。シャーロット様に相談してみたら、だったら階級を上げてみればいいって、言ってくれた。……なので、貴女は来月から『ターコイズの姫君』です」

「……そんな勝手な」

「勝手で結構。俺たち王子は、勝手な人間の集まりだから」


 私の嫌味に、ノア様は開き直ったようにそんなことをおっしゃる。……何よ、それ。だったら、直してよ。そう思うけれど、相手は仮にも王子様。だから、言えるわけがなかった。私は所詮、伯爵令嬢に擬態した平民。勢いがなければ、そんなこと言えない。


「俺は貴女を気に入った。これが恋愛感情なのかは、まだわからない。けど、一緒にいて楽だというのは理解しているつもりです。……結局、一緒にいて楽な人と生涯を共にしたいじゃありませんか」

「……まぁ、そうです、ね」


 ノア様のそのお言葉には、素直に納得できる。一緒にいて楽な人と生活を共にした方が良いことは、分かる。ずっと、気を張っていたら心も身体も疲弊してしまうから。……でも、ノア様とずっと一緒にいると私の気が休まらないわよ!


「ですが、王子様がお相手ですと、私の気が休まりません。……ですので、すみませんがやはり辞退させていただきます」


 所詮、私も自分勝手な人間だ。だから、王子様よりも自分のことを優先する。そう言う意味を込めて、私はそう言っていた。だけど、そんな私の言葉にノア様はただにっこりと笑われると、「だったら、気が休まるような関係になればいいと、俺は思います」なんて意味の分からないことをおっしゃった。……いや、どういう意味ですか、それ?


「貴女が正式に『ターコイズの姫君』になったら、俺は貴女をデートに誘います」

「……え?」

「ですので、そこで距離を縮めたいと思っています。……兄弟たちも、そうしていましたので」


 ……いやいやいや! ちょっと待って? デート? 王子様と? 何よ、それ。私の予定にはそんなものありません! 距離を縮めるのも、お断りです。出来ればもう関わりたくないくらいで……。


「じゃあ、そう言うことです。……この感情が何なのかはまだよくわかりませんが、俺は貴女を好いています。……今は、これだけを伝えるのが精一杯ですけれどね」


 絶対にその感情は気のせいですってば! 私はそう言いたかった。だけど、口をパクパクさせるのが精一杯で。いや、いきなりこんなにも大量の情報を脳内に詰め込んだら、誰だって脳がパンクする。よし、ちょっと落ち着いて紅茶でも――……。


「サマンサ様って、結構綺麗な顔をしていますよね!」

「げほっ!」


 しかし、唐突なノア様のそんなお言葉で、私はむせた。紅茶が変なところに入った。その所為で、私は一人苦しむ羽目に陥ってしまう。


「あ~、女性ってこういう褒め言葉が好きだと思っていたのですが……。大丈夫ですか?」

「げほっ、げほっ!」


 ノア様に背中をさすられながら、私はただ変なところに入った紅茶に苦しんでいた。いや、王子様に背中をさすらせるとか、私はいったい何をやっているのだろうか……。ふと、そんなことを思ってしまう。


(……さようなら、私の平穏なスローライフ)


 そして、そんなことを脳内でひとり呟きながら、私は未だに変なところに入った紅茶と、戦うのだった。

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