元女官、階級が上がることを告げられる

「は……はいぃぃぃぃ!?」


 シャーロット様のそのお言葉を聞いた私は……無意識のうちに、叫んでしまった。ストップ、ストップ、ストップ! 今、シャーロット様なんとおっしゃった!?


(私の聞き間違いではなかったら、今シャーロット様は、私の階級が上がるとおっしゃったわよね……?)


 うん、気のせいだ。絶対に気のせいだ。聞き間違いだ。私は別に階級が上がるようなことはしていない。基本的に階級が上がるのは、王子様に気に入られた時とか、そう言う時だけ。うん、そうよ。私が気に入られることは絶対になくて――……。


「あぁ、気のせいではないわよ? 来月から貴女は『ターコイズの姫君』になるの。これは決定事項だから、どう足掻いても覆らないわ」

「……気のせい、気のせい、訊き間違い……」

「これは完全に現実逃避していますよね」


 そんなノア様ののんきな声が聞こえてくる。いや、トリップ……現実逃避だってしたくもなるわよ! きっと普通の妃候補だったら、この宣言は飛び上がって喜ぶようなことなのだろう。でも、でもっ! 私は素直に喜べない。だって、マイナーな宝石階級に上がるのよ? それってつまり……。


(私のスローライフもとい、ニートライフはどうなるのよ!?)


 その階級になったら嫌でも社交をしなくてはならないだろうし、自分磨きもしなくちゃいけないだろう。つまり、ゆっくりと過ごす時間が減ってしまう。無理よ、無理! そんなこと私には耐えられない。だって、私は伯爵令嬢に擬態した平民だもの!


「無理です! 絶対に無理です! 辞退します!」

「もう決定事項なのよ。きちんと大臣たちも納得してくれているから。ふふっ、わたくしの権力ってこういう時に使えるのよね」

「いや! どうして私なのですか!」


 普通、もっと妃らしい人を選ぶのではないの? それか、もっと容姿がいい人。私、王子様に気に入られる要素ゼロなのに……。


「ふふっ、サマンサ様を推薦したのはノア様なのよ? だって貴女、ノア様と楽しそうにお話をしていたじゃない」

「それはっ! 王子様じゃないと思っていたからで……!」

「普通は逆ですけれどね、それ」


 ノア様はのほほんと笑われながらそんなことをおっしゃる。まぁ、そう、よね。普通王子様の方にいい顔をするわよね。私は絶対に嫌だけれど。だって、気に入られるなんて絶対に嫌だったもの。ノア様が貴族のご令息だっておっしゃるから、あんな風に接していたのよ? 王子様だったら関わろうともしなかったわよ。


「まぁ、貴女が『ターコイズの姫君』になることは確定事項だから。……だからね……もう、どう足掻いても無駄よ!」


 にこやかに笑われて、そうおっしゃるシャーロット様。待って、本当に待って……! 私まだ了承していないから……! それに、そのにこやかな笑みは私からすれば悪魔の微笑みですから! すごく、怖いですから……!


「もう嫌!」


 私はそうぼやいてテーブルに伏せてしまった。あ、貴族のご令嬢ってこういうことはしないのだっけ? でも、もう今更取り繕っても遅いわよねぇ。はぁ、私のこんな態度を見て無理だって判断してくださらないかなぁ。そんな淡い期待を込めたのだけれど、無駄だった。シャーロット様もノア様も、多分にこやかな笑みを浮かべられているだけだ。まぁ、どれだけ人のいい笑みを浮かべられても、今の私からすれば悪魔の笑みだけれど。


「じゃあ、ノア様。あとは任せましたわ。わたくしはそろそろお暇させていただくわ」


 けど、それよりも。……ちょっと待ってください? 今、シャーロット様なんだかおかしなことをおっしゃったような……?


「はーい、約束通りですね。じゃあ、シャーロット様。お疲れさまでした」


 ノア様ののんきな声が聞こえてくる。あれ? ちょっと待って? 今ここでシャーロット様が立ち去ってしまわれたら……!


「ちょっと――」

「じゃあ、あとはお二人で仲良く話し合って頂戴ね。わたくしはお邪魔だから、立ち去らせていただきます」


 私が慌てて顔を上げると、シャーロット様はそれはそれはいい笑みを浮かべられて、椅子から立ち上がられた。そして、そのまま立ち去って行かれる。本当にちょっと待って! ここは『ラピスラズリの姫君』専用のお茶会スペースのはず。私とノア様だけが残されていたら、おかしくないですか!?


「あっ、きちんと説明はしてあるから貴女が心配するようなことはないわよ。じゃあね~」


 シャーロット様は一度だけ私の方を振り返り、そんなことをおっしゃった。そして、今度は一度も振り返ることなく立ち去って行かれる。


 残されたのは、私とにこにことした笑みを浮かべられるノア様だけ。……やだ~、この空間。さっさと私も帰りたいよ~。そう思ったけれど、その願いはもうしばし叶いそうにない。だから、私はノア様にバレないようにこっそりとため息をつくのだった。

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