元女官、『ラピスラズリの姫君』のお茶会にてノエルの正体を知る

「シャーロット様。本日はお招きいただき誠にありがとうございます~」


 ノエル様は、いつものようにのほほんとした雰囲気でシャーロット様にお礼をおっしゃる。……でも、ちょっと待って? 今、シャーロット様はノエル様のことを見つめられながら、「ノア様」とおっしゃったわよね? しかも、第六王子様だとおっしゃっていた。


(確かに、第六王子様は社交嫌いだと有名で、女官時代も顔さえ知らなかったけれど……!)


 リベラ王国には現在九人の王子様がいらっしゃるけれど、第三王子様と第六王子様は社交嫌いで有名だった。なので、王子様として民たちの前に姿を現すことが極端に少なかった。その結果、「幻の王子様」なんて一部では呼ばれていたりとか……って、そうじゃない! ノエル様が、ノア様? つまり、ノエルというお名前は偽名ということ?


「サマンサ様。騙すような真似をしてしまい、申し訳ございません。俺の本名はノア・リベラ。このリベラ王国の第六王子です」


 いつもよりもずっと豪奢な衣装。だけど、容姿はノエル様のままだった。にっこりとした笑みは人当たりがよく見えるけれど、その仕草は気品に満ち溢れたものだ。……育ちがいいだろうとは思っていたけれど、まさか王子様だったなんて。せいぜい高位貴族のご令息だろうと思っていた。


「……サマンサ・マクローリン、です……」

「知っています」


 私は混乱して何故か今更自己紹介をしてしまった。でも、そんな私を見てもノエル様――ノア様はにっこりとした笑みを深められるだけ。そして、私とシャーロット様と同じテーブルにつかれた。……シャーロット様は「もう一人」招待されているとおっしゃっていた。つまり、招待していたのはノア様ということなのだろう。……何この空間、私の場違い感がすごい、普通に。


「ノア様はね、度々わたくしとお会いしているの。それで、結構面白い妃候補が入ったと教えてくださったのよ。だから、わたくしも会ってみたくて……。調べたら、想像以上の子だったけれど」

「……ははは」


 私は笑って誤魔化すことしか出来なかった。それも、とてもぎこちない笑みだった。だって、だって。私が何も考えずに関わっていたお方が王子様のお一人だったなんて告げられて、混乱するなっていう方が無理よ! そもそも、私は王子様方と関わるつもりは一切なかったのに! もしも代わりたいっていう人がいらっしゃったら、嬉々として代わるわよ! えぇ、もう大歓迎よ!


「……ところで、どうして偽名を使われて私と関わったのですか?」


 ひきつった笑みを浮かべながら、私はノア様にそう問いかける。あの時正直に「王子様です」なんておっしゃってくださったならば、私はあんな無礼なお願いをしなかったのに! そう思ったけれど、そもそも高位貴族のご令息に家庭菜園をお願いするのも、いい加減無礼か。そう思い直した。


「あぁ、あれ。俺あまり王子様ってもてはやされるの好きじゃなくて。だから、俺のことを知らない人には高位貴族の令息だっていうことにしちゃってて」

「初めは下位貴族の令息っておっしゃっていたみたいなのですが、まぁ育ちの良さがにじみ出ていますからね。せめて高位貴族にした方がよくて? とわたくしがアドバイスしましたの」


 シャーロット様はノア様のお言葉にそう付け足される。……そう、そうですか! 私は大迷惑でしたけれどね! そう思って紅茶を一口喉に流し込む。……けど、この紅茶は美味しいわね。


「あ、サマンサ様。勘違いしないでくださいませ。わたくしは王子様とは親しい間柄ですけれど、お妃様になるつもりは一切ありませんの。王子様全員、わたくにとってとても『いいお友達』ですのよ」

「……どうして、それを私におっしゃるのですか?」

「あらあら、それを尋ねちゃうのね~」


 そうおっしゃったシャーロット様は、にっこりと笑われる。しかしまぁ、このシャーロット様はすごい。王子様と親しいのに『とてもいいお友達』と言い切ってしまうのだから。しかも、お妃様になるつもりは一切ないなんて。後宮に入ったって言うことは、王子様の妃になることが目的なのかなぁと思っていたのだけれど。


「わたくしはね、王子様方に頼まれてここに居るだけよ。王子様方がいつか心の底から一緒になりたいと思う相手に出逢えたら、わたくしが背中を押してサポートをしてあげる。それが、わたくしの役割なの」

「そうでしたね。まぁ、シャーロット様のおかげで五大華が生まれたわけですし、その点には俺も感謝していますよ」


 ……ちょっと待って、いきなり大量の情報を放り込まれて私の脳内が追いつかない。そもそも、王子様方に頼まれてここにいらっしゃるなんて、結構重要なポジションじゃないですか。そして、どうしてそれを私にネタばらしされるのだろうか?


「ところで、どうしてそれを私に……」

「ふふっ、そんなの簡単よ。だって――」


 ――貴女が、来月からマイナーな宝石階級の妃候補になるからよ。

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