元女官、『ラピスラズリの姫君』のお茶会に参加する
(って、いやいやいや! 普通お茶会ってもっとたくさんの人を招待するものじゃないの!? 何よ、一対一って!)
表向きには出来る限りにこやかな笑みを浮かべる私。だけど、内心は滅茶苦茶焦っていた。シャーロット様の絹のようにお美しい銀色の髪を見つめて、「あぁ、美しいなぁ。あははは」と思い現実逃避するぐらいには、焦っている。
そんな焦る私とは対照的に、シャーロット様はそのエメラルド色の目を細められて、優雅に紅茶を飲まれている。いや、その、本当にどうして私だけを招待されたのでしょうか?
「しゃ、シャーロット、様? 無礼を承知鵜の上でお尋ねしますが……このお茶会には、ほかの方々は招待しておりませんの?」
出来る限り、淑女の笑みで。そんなことを脳内で繰り返し、私は焦る気持ちを落ち着けてシャーロット様にそう問いかけた。お、お願い。お願いだから別のお方もいらっしゃるとおっしゃってくださいませ……! 十二の宝石のお一人と、二人きりなんて耐えられないわ。私、神経が図太いとは思っていたけれど、限度があるのよ……!
「あぁ、そうそう。もちろん、もう一人招待しておりますわよ。ただ、そのお方は多忙なお方なので、少々遅れていらっしゃるだけです」
「そ、そうなのですか……」
私はまた出来る限りにっこりと笑みを浮かべて、そうっ返事をする。一対一じゃ、なかったのね。そこっは素直に安心したのだけれど、このお茶会には私を含めて二人しか招待していないということを、知ってしまった。こんな少人数のお茶会って、あるのかしら? そう思いながら、私は震える手でお茶菓子をつまみ、口に運ぶ。……あ、美味しい。って、そうじゃない!
「ところで、サマンサ様。わたくし、貴女にとても興味がありますの」
「え……?」
そして、お茶菓子をつまみ口に運ぶという単純作業だけを繰り返していた私に対して、シャーロット様の爆弾発言。いやいや、興味など持たないでください! 私はただのお仕事大好きな女官です! 伯爵令嬢に擬態して冒険者の娘です! そう言いたかったけれど、にっこりと笑うだけにとどめておいた。そんなことを口走ってみろ、このスローライフもといニートライフは終焉を迎えるぞ。あと、父さんに合わせる顔がない。
「ふふっ、とあるルートから聞いたお話ですと、貴女はマクローリン伯爵夫妻とは離れて暮らしていらっしゃったそうですね」
「え、えぇ、まぁ」
「現在マクローリン伯爵家には、正当な血筋で年頃のご令嬢はいらっしゃらないと、お聞きしております」
にっこりと笑われて、だけど迫力のある笑みでシャーロット様は私のことを見つめてくる。こ、怖いのだけれど……。鬼とか言われていた上司の女官よりも、ずっと怖い。これが貴族のご令嬢が持つ迫力だとでもいうのかしら? 勘弁してほしいわよ。割と本気で。
「ふぅ、わたくし、思うのですわ。……貴女、貴族の娘として育ってはいないでしょう? そうねぇ、わたくしの予想では、冒険者の娘か商人の娘、かしら」
ぎ、ぎくり。
そんな分かりやすい効果音が、脳内に響き渡った。だけど、ここでバレてしまったら本当にお終いだ。本当に、父さんに合わせる顔がない。だから、私は必死に笑って「そんなこと、知りませんよ~」みたいなオーラを出す。だけど、シャーロット様はにっこりとした笑みを深められるだけだ。
「わたくし、別にこのネタが本当だとしても、貴女を脅そうとかそういうことは思っておりませんのよ」
「……では、どうしてそんなことを」
シャーロット様のお言葉に、私はそれだけを返す。脅さないのならば、そんなことを調べる必要性は全く感じられない。社交界は足の引っ張り合いだと聞いた。そのため、てっきり脅すために用意したのかと思っていたけれど……。
「ふふっ、貴女を脅すなんてとんでもないわ。わたくしね……一つだけ、欲しいものがありますのよ」
そうおっしゃったシャーロット様は、人差し指を立てられて笑みを深められる。……欲しい、もの? シャーロット様ぐらいになれば、何でも手に入ると思うのだけれど。まさか、五大華の立場が欲しい……とか?
「わたくしね、心の底から信頼できるお友達兼取り巻きが欲しいの。だから……サマンサ様に、私のお友達兼取り巻きを、していただきたいの」
「お友達兼、取り巻き……?」
「えぇ、そうですの」
いや、あの、シャーロット様が望めば、お友達はともかく取り巻きなんて捨てるほど出来る気がするのですが……? そう言う意味を込めて私が視線を送れば、シャーロット様はその口元を楽しそうに歪められる。それはそれは、楽しそうに。その歪み方は、少しばかり意地悪くも見えた。
「わたくしの占いの的中率は九十五パーセント。最近上昇したのよ。それでね、とあるルートから面白い妃候補が入ったと聞いたの。それが、貴女。だから、貴女の素性を調べたり占ってみたりしたのよ。そして……手に入れたのが、貴女が本当は貴族の娘として育っているわけではない、ということ」
シャーロット様は何処から取り出されたのか、一枚の紙を私に見せてこられる。その紙に書かれた文字を目で追っていれば、そこには私の本当の素性などが書かれていた。……本当は冒険者の娘だとか、元女官だとか。
「あぁ、これはわたくしが極秘で手に入れたものだから、安心しなさい。で? どうしますか? わたくしの提案を飲んでくださいますか? もしも、飲んでくださるのならばサマンサ様にもそれ相応のメリットを用意しますわ」
口元を扇で隠しながらそうおっしゃるシャーロット様。メリット、ですか。そりゃあシャーロット様のご用意されるメリットならば、かなりいいものなのだろう。だけど、そう簡単に飲めるものじゃない。これは、私のちっぽけなプライド。
「では、一つだけ教えてくださいませ。……シャーロット様が使用されたルートとは、どういうものですの?」
だから、私は負けじと笑ってそう言った。とりあえず、私のことを教えたそのルートを教えてもらわなくちゃ。そうじゃないと、何とも返事が出来ないわ。そう言う意味を込めてシャーロット様を見つめれば、シャーロット様は余裕の笑みを見せてくださる。
「あぁ、それならば……もうすぐ、いらっしゃると思いますわよ」
「……いらっしゃる?」
私がそう言葉を繰り返したときだった。誰かの足音が、私とシャーロット様の方に近づいてくる。かつかつと一定の速度で近づいてくるその足音。それは、女性のものではない。
「わたくしが使用していたルートっていうのはね――」
――このリベラ王国の第六王子、ノア・リベラ様ですの。
そうおっしゃったシャーロット様は、足音の方に視線を向けられる。すると、そこには――……。
「ノエル、様?」
私が家庭菜園を手伝っていただいている貴族のご令息……であるはずの男性、ノエル様がいつもよりも菅頼豪奢な衣装で、立っていらっしゃった。
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