元女官、『ラピスラズリの姫君』のお茶会参加への準備をする
☆☆
「ねぇ、本当に行かなくちゃいけないのかしら?」
「はい、もちろん」
『ラピスラズリの姫君』であるシャーロット様のお茶会の日。私は朝からハリエットとモナによってこれでもかというほど磨かれていた。普段は特別な手入れなどしていない茶色の髪は、ここ数日でとても綺麗になっていた。そして、クローゼットの中に入っていたドレスの中で一番私に似合うであろうものをモナが選び、私に着せた。コルセットをぎゅうぎゅうに締め付けていることもあり、かなり苦しいのだけれど。そんな意味を込めた抗議の視線を二人に向けるけれど、二人ともどこ吹く風である。ただ単に、ご機嫌で私のことを磨くだけ。
「……ここまで綺麗にする必要って、ある?」
私は鏡に映る自分自身を見つめながら、そんなことをぼやく。このお茶会の主催はシャーロット様だ。いくら王子様方が参加される可能性があるとはいえ、ここまで綺麗にする必要性は全く感じられない。そりゃあ、シャーロット様が不快にならない程度には綺麗にする必要があるのだろうけれど。
「もちろん、シャーロット様に気に入っていただければ、この後宮生活が楽になりますから。そもそも、十二の宝石が住まう宮に足を踏み入れるのですよ? 中途半端では恥をかいてしまいます」
「……そう言うものなのね」
しかし、十二の宝石が住まわれている宮とは、いったいどんな場所なのだろうか。女官時代も、足を踏み入れたことがないのよね。マイナーな宝石階級の妃候補が住まう宮には数回ほど足を踏み入れたことがあるのだけれど。まぁ、そもそも十二の宝石階級が住まわれる宮に足を踏み入れることが許されたのは、女官の中でもトップのみだったし。
「シャーロット様の主催のお茶会ということは、五大華とかはいらっしゃらないのだっけ」
「はい、元より五大華の方々は社交があまり好きではありませんからね。ご自身に与えられたスペースから、あまり出てこられることはありません」
「……何よそれ、楽過ぎない?」
「まぁ、お話だけを聞けばそう思われるでしょうね。……実際は、少しばかりややこしい事情があるのですが……」
ハリエットにしては、珍しく歯切れの悪い返事だ。う~ん、やっぱり五大華って、いい待遇なのね。そりゃそうか。五大華は王子様の妃候補筆頭。王子様の中には五大華に入れ込んでいらっしゃる方々もいるというし。そんな人たちの扱いが悪かったら、管理人の首ぐらい簡単に飛ぶわよね。そりゃあもう、物理的に。
「……五大華は、王子様方のお気に入りのご令嬢です。そのため、危険に晒されないようにと、あまり部屋から出られません。特に、『ルビーの姫君』はその存在自体が幻に近いと、言われております」
「『ルビーの姫君』って……」
確か、十二の宝石の中で唯一の男爵令嬢だったはず。一番身分が低い分、危険に晒される可能性が高いということだろうか。まぁ、普通に考えて高位貴族の出身よりはよっぽど手が出しやすい。
「まぁ、そこら辺は私には関係ないわね。『ルビーの姫君』だろうが『ラピスラズリの姫君』だろうが、私が関わる必要性が感じられないわ」
「……いえ、『ラピスラズリの姫君』であるシャーロット様とは、今から関わるのですが……」
モナが苦笑を浮かべてそう言う。……あぁ、そうだったわ。ついつい嫌すぎて現実逃避をしてしまったわ。はぁ、シャーロット様に気に入られることがないように、空気に徹してみようかしら。十二の宝石であるシャーロット様のお茶会ならば、きっとたくさんの妃候補が招待されているだろうし。
「はぁ、空気に徹して帰ってこようかしらねぇ。シャーロット様に挨拶だけをして、後は空気よ、空気。存在を忘れていただくの」
「……多分、それは無理ですよ」
そう言ったハリエットの視線は、冷たい。でも、やってみなくちゃ分からないじゃない! もしかしたら、シャーロット様は私を招待したこと自体、忘れてくださっているかもしれない。そんな淡い期待を持っても、別にいいじゃない。
「サマンサ様、終わりましたよ」
そんなことを考えていると、私の髪の毛に髪飾りを付けたモナがそう言って軽く背中をたたいてくれる。だから、私は目の前の鏡を見つめた。そこには……結構綺麗な女性が、いた。そう、「結構綺麗な」のレベルである。絶世の美女ではない。素朴さが抜けきっていない……といえば、いいのだろうか。まぁ、そう言う感じなのだ。これは小説とかで言えばモブである。主役には絶対になれない顔。うん、最高。
「これだったら、モブに徹することが出来るわね!」
私はそう言って椅子から立ち上がる。そんな私の様子を見たハリエットとモナは、顔を見合わせていた。……この二人って、結構仲がいいわよね。以心伝心って感じ。私は、その中に入れないけれど。
「まぁ、お茶会を楽しんできてくださいませ、サマンサ様」
「はい、お土産を楽しみにしておりますから」
そして、ハリエットとモナはそう言って笑みを浮かべる。……いや、何故だろうか、とてつもなく嫌な予感がするわ。そう思う私の予感は……ある意味、的中してしまう。
☆☆
「いらっしゃいませ、サマンサ・マクローリン様。わたくしがこの後宮の『ラピスラズリの姫君』である、シャーロット・メンドーサですわ」
「……サマンサ・マクローリン、です……」
なんと『ラピスラズリの姫君』であるシャーロット様がお茶会に招待した妃候補は……私一人だったのだ。
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