元女官、派閥についてを知る
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「うぅ~」
私が家庭菜園を始めて一週間が経った。相変わらず私は後宮で好き勝手しながら、とても退屈な日々を過ごしている。だって、家庭菜園をするほかには読書ぐらいしかすることがないのだもの。退屈で退屈で、仕方がない。
「……サマンサ様。退屈なのはわかりますが、いい加減寝台から起き上がってくださいませ」
寝台に比較的ラフな格好で寝転がる私を見て、ハリエットがそんなお小言を言う。今日は雨。だから、家庭菜園スペース……じゃなくて、ガーデニングスペースには行けない。だから、私は朝からずっと寝台の上でゴロゴロとしていた。……仕事がしたいなぁ。はぁ、女官時代が本当に懐かしい。貴族の令嬢って、こんなにも暇だって思わないじゃない。
「……だって、退屈なのだもの」
私はそんなことを言いながら、寝台に座る。貴族の令嬢って普段は何をして過ごしているのだっけ……? 名もなき宝石階級の妃候補たちは、自分磨きをしたり刺繍をしたりしていたわね。でも、刺繍なんてやったことがない。自分磨きをする必要性は感じられない。あぁ、後は確かコネづくりをするのよね。ライバルを調べたり、有力な妃候補の取り巻きになったり……って、それも私がする必要性は全く感じられない。
「退屈なのはわかりますが、もう少し気を張ってくださいませ」
ハリエットはそんなお小言を続ける。気を張る、かぁ。……無理に等しいわね。だって、この部屋の中でまで気を張っていたら、疲れちゃうじゃない。それとも貴族の令嬢ってて、何処に行っても気を張っているの? 何それ、大変すぎて私には務まらないわ。
「……はぁ、サマンサ様。どうせならば、もっと有意義に時間を使ってくださいませ」
「……有意義に?」
「はい、例えば……ほかのお妃候補と親交を深めるとか」
そんなハリエットの言葉に、私はただ首を横に振る。そんなこと、したくはないわ。だって、そうじゃない。ほかの妃候補っていうことは、いわばライバル。こちらがライバル視していなくても、あちらがライバル視してきたら仲良くはなれないわ。どうせだったら、もっと心の底から仲良くなりたいじゃない。
「そんなことをしても、無駄でしょう? どうせ派閥が……と言いたいのだろうけれど、私はどの派閥にも所属するつもりはないわ」
「……そうおっしゃらないでくださいませ。どこかの派閥には属しませんと、これからが大変でございます」
確かに、ハリエットの言うことも一理ある。でも、私は後宮ではスローライフもといニートライフを謳歌するつもりなのだ。別に派閥に入る必要性は感じられない。それから、私は出来る限りこの部屋とガーデニングスペースの往復だけで過ごしたい。……まぁ、さすがに丸々一年間は無理だろうけれど。
「そもそも、派閥ってどうやって入るのよ? お茶菓子でも持って、『入れてください~』って頼み込めばいいの?」
「……サマンサ様、それでも貴族のご令嬢ですか?」
……ハリエットの、冷たい視線を感じる。だ、だって! 私が身に着けてきたのは最低限の礼儀作法だけ。そんな社交のテクニックなんて、何も身に着けちゃいない。何とかなる! みたいな感じで送り出されたのだもの。どうにもならないわよ。
「はぁ、派閥に入るためには、まず下っ端のご令嬢と親交を深めます。その後、トップの取り巻きの方々にすり寄り、トップのご令嬢と接触します。そこで、媚びを売って入れていただきます」
「……何よそれ、面倒ね」
私はそう言ってため息をつく。トップの令嬢と接触するまでに、いったいどれだけの時間が必要なのよ。それ。そんなこと、やっていられないわ。
「後宮では十二の派閥があります。特に五大華のお妃候補がトップを務める派閥は人気が高いですが……五大華は派閥にこだわらない方々ばかりです。なので、残りの派閥に入ることをお勧めさせていただきます」
「……残りねぇ」
残りの派閥って、たぶんはずれよね? だって、どうせトップのご令嬢を称えるような場所でしょう? そんなものは嫌よ。やっぱり、私は自由に過ごすわ。
「はい。残りです。ちなみに、一番のおすすめは――」
ハリエットが、私におすすめの派閥を伝えてくれようとしたときだった。慌ただしく部屋の扉が開く。なんだろうか。私がそう思って入り口の方に視線を移すと、そこには慌てたような表情のモナがいて。肩を揺らしながら息をしていることもあり、かなり急いできたのだろう。
「た、大変です!」
モナはそう言って、一枚の手紙を手に私に近づいてくる。そして、その手紙を私に手渡してきた。……その手紙には、しっかりとラピスラズリのマークがついていた。
「ら、『ラピスラズリの姫君』であるシャーロット様から、お茶会の招待状が届いております!」
……え?
「……『ラピスラズリの姫君』って……十二の宝石のお一人、よね!?」
私は驚いてそんな大声を上げてしまった。……私と、『ラピスラズリの姫君』の間に接点はないのだけれど? そう思いながら、私はその手紙をただ見つめるのだった。
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