元女官、家庭菜園を始める
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「あ~、申し訳ございません、サマンサ様。ちょっと遅れてしまいまして……」
「いえ、ノエル様。こちらが無理を言っているので、気にしないでくださいませ」
ノエル様との出逢いから数日後。無事お野菜の苗が後宮に届いた。なので、私は家庭菜園を始めることにしたのだけれど……どういった風に苗を植えればうまく育つかがわからない。そのため、ノエル様に尋ねてみることにしたのだ。すると、ノエル様は快く引き受けてくださった。そして、本日いよいよ苗を植える。
「……サマンサ様。日傘をどうぞ」
「あぁ、ごめんなさいね。ハリエット」
土の前にしゃがみ込んで、ノエル様の説明を聞いていると、ふとハリエットが日傘を差してくれた。どうやら、ノエル様と私に日の光が当たらないようにと配慮してくれているらしい。……そうよね。貴族の令嬢ってこういうことにも気を付けなくちゃいけないのよね。あちゃ~、私は根っからの貴族の娘っていうわけじゃないから、そこまで気が回らなかったのよね。まぁ、いつもハリエットは日傘を差してくれていたけれど。そこまで深くは考えていなかった。
「俺にも気を遣ってもらっちゃって、すみませんね~」
「……いいえ」
ハリエットはノエル様に対してどこか素っ気ない。いいや、素っ気ないというよりも一線を引いているといった方がいいかもしれない。もしかしたら、ノエル様が貴族のご令息だからこんな風に接しているのかもしれないわね。私も一応貴族の令嬢ということになっているけれど、主と侍女という関係だから、一線を引く必要がないと思っているのかも。
「……ハリエット。俺の正体はくれぐれもサマンサ様には内緒にしておいてくださいよ」
「……わかっております」
「何をお話しているの?」
ノエル様が、ハリエットに対して何か耳打ちをされている。だから、私はそう尋ねたのだけれど、ノエル様のそののほほんとした笑みで誤魔化されてしまった。曰く、「なんでもないですよ~」ということらしい。いや、何でもないと言っているときほど、何かがあると思うのだけれど……。あ、これは私が女官時代に培った勘よ!
「少しばかりサマンサ様のことが気になっただけですよ。……サマンサ様って、伯爵令嬢らしくないですよね~」
「……それは、いったいどういう意味で?」
ふとノエル様は私のことを見てそんなことをおっしゃった。伯爵令嬢らしくない、とは一体どういうことなのだろうか? 貴族の令嬢らしくないというのはまだわかるけれど、わざわざ『伯爵令嬢』と限定する意味が分からない。
「いいえ~、大体伯爵以上の家のご令嬢って高飛車なのですよね。だから、サマンサ様ってどちらかといえば下位貴族のご令嬢っぽいなぁって思いまして」
「そ、そうですの……」
ノエル様のお言葉に、私は少々焦ってしまう。そっか、うん、そうよね。伯爵令嬢といえば、高位貴族の一歩手前。王族にも何の問題もなく嫁げる身分。もっと高飛車を演じた方がよかったのかしら? そっちの方が怪しまれずに済んだかもしれないわね。いや、今更遅いのだけれど。
そんなことを思いながら、私は土を弄る。用意されているのは花壇であって畑ではないのだけれど、そこまで大きなお野菜を育てるわけではないのだから大丈夫だろう。うん、きっとそうだわ。ノエル様も何も文句をおっしゃっていないもの。
そう考えて、私は苗を植えるために小さな穴を掘る。そして、一定の距離を終えて苗を植えていく。……結構大変だわ。苗を結構多く取り寄せてしまったから、かなりの量があるのよね。これ、全部植えるころには日が傾いているんじゃないかしら?
「サマンサ様は、飲み込みが早いですね」
「……そうですか?」
私のぎこちない手つきを見つめながら、ノエル様はそんなことをおっしゃった。ちなみに、爪が汚れないようにと私はガーデニング用の手袋をしている。もちろん、ノエル様も。これはモナが用意してくれたものだった。うん、素直にありがたいわ。そう思いながら、私はまた穴を掘って苗を植えていく。
「えぇ、なんだか貴族のご令嬢っていう感じがしませんよね~。どっちかというと、冒険者とか商人の娘っていう感じです。ほら、そこら辺にになると逞しくて自給自足の術を持っているじゃないですか」
「……あ、はははは~」
ノエル様、当たりです。私は間違いなく冒険者の娘です。だけど、そんなことを言えるわけもなくて。私はただ笑って誤魔化した。こういう時は、笑え。それが、祖父母の教えである。「おほほほほ~」なんて言っておけば、大体のことは誤魔化せる、ということらしい。それを聞いた当初は、「使い道があるのだろうか?」なんて思っていたけれど、まさかこんなにも早く使う機会が訪れるとは。
「冒険者の娘って憧れますよね~。俺はお貴族様のご令嬢よりも、冒険者の娘の方が好みなのですよ。なんというか、逞しい感じがするじゃないですか」
「……そんな良いものではありませんし、人それぞれですよ」
冒険者の娘とは、私自身が冒険者なわけではない。ただ単に親が冒険者というだけであり、私自身が逞しいわけでもないと思う。……って、なんてこんなことを思っているのだろうか。私は、そんなことを思ってこっそりとため息をついた後、また穴を掘るのだった。
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