元女官、ノエルに相談をする

「あっ、そうです。ノエル様に一つだけ、お尋ねしたいことがあるのですが……」


 ノエル様との会話の最中。ふと、私はいいことを思いついた。ノエル様は度々ここにいらっしゃっているとおっしゃっていた。つまり、ガーデニングが好きという可能性が高い。万が一、万が一、よ? 家庭菜園の知識もあるのならば……教えてくださるかもしれないわ。


「はい? どうかしましたか?」


 私の問いかけに、ノエル様は気を悪くした風もなく私の言葉を待ってくださる。本当に、このお方はのほほんとしたお方のようだ。なんというか、癒し系とかそういうことなのだろうか。まぁ、とにかく。お話していて気が楽。


「実は……私、ここで家庭菜園でもしようかと思っておりまして。それでですね、家庭菜園の知識などを、ノエル様はお持ちではありませんか? それか、知識のあるお方をご存じありませんか?」

「……家庭菜園?」

「はい、家庭菜園です」


 何故、そこまで家庭菜園を繰り返すのだろうか。私はそんなことを思いながらはてなマークを頭上で浮かべていた。すると、ノエル様は「少しぐらいならば、教えられますよ」と言ってくださった。そのお言葉に私は驚いてしまい、ノエル様を凝視してしまう。そんな私に対して、ノエル様は何でもない風ににっこりと笑ってくださった。……万が一の可能性だと思ったけれど、まさかのビンゴ! ノエル様には家庭菜園の知識があるらしい。


「……しかし、後宮で家庭菜園をしようとした人を見るのは、二人目ですねぇ」

「え? 私以外にもいらっしゃったのですか?」


 ノエル様のつぶやきに、私はそんな風に反応してしまう。ハリエットの言葉からして、後宮で家庭菜園をしようとしたのは私が初めてなのかと思っていた。しかし、ノエル様のお言葉が正しいのならば、私よりも前にもう一人いらっしゃったということになる。……一体、どんな規格外の妃候補なのだろうか? いや、そうなると私も規格外か。


「えぇ、まぁ。前に一人いらっしゃいましたよ。それは、今回は置いておくとして。家庭菜園と言っても、様々です。どんなお野菜を育てるつもりなのですか?」

「あっ、えーっと……私は初心者なので、育てやすいものを見繕ったのですが……」


 私はそう言って、付箋まみれの家庭菜園の本をハリエットから受け取る。初心者におススメ! と書いてあるものを重点的に選んだのだけれど、上手くいくかしら……?


「へぇ、選択肢は間違えていませんね。素人が難しいことをしようとして失敗するのが、失敗の主な原因ですから。俺も結構ここら辺に来るので、よかったら手伝いますよ?」

「えっ、しかし、ノエル様にもご予定が……」

「別に構いません。俺も結構暇ですからね。用事の合間、になりますけれど」


 ノエル様と私は、そんな会話をしながら家庭菜園の本を覗き込む。やっぱり、初心者用のお野菜を選んだのは正解だったらしい。そう思いながら、私はノエル様に家庭菜園のイロハを学ぶ。うん、やっぱり経験者のおっしゃることは参考になるわね。本で読むのとはまた違う勉強になるわ。


「あ、そう言えば教える代わりと言っては何なのですが、出来たお野菜を少しだけ分けてほしいのですよね。……いいですか?」


 私が真剣にノエル様のお話を聞いていると、ノエル様はふと思いついたようにそんなことをおっしゃる。あ、お礼ってそんなものでいいのね……。そう思いながら、私はただ首を縦に振っていた。せっかくだし、出来たお野菜は有効活用しなくちゃね。私とハリエット、モナだけで食べるには少し多いだろうし。


「それぐらいだったら、お安い御用ですわ。……私の前に、家庭菜園をされていたお方にも、こうやって指導されたのですか?」


 世間話の一環だった。ふと、私は「後宮で家庭菜園をされていた一人目の妃候補」の方が気になってしまう。だから、ノエル様にそう尋ねた。もしかしたら、ノエル様はそのお方にも指導されたのかな、って思ったから。


「あ~、そうですねぇ。初めの方は指導したりしていましたけれど……」


 でも、返ってきたのは歯切れの悪いお言葉だった。もしかしたら、そのお方はもう後宮にはいらっしゃらないのかもしれない。だとしたら、悪いことを訊いてしまったかもしれないわ。……ノエル様、そのお方に想いを寄せていたかもしれないし……。


「無理に答えてくださらなくても構いませんわ。ただの世間話の一環ですから」


 そのため、私は出来る限りにっこりと笑ってそう言う。……もしも、そのお方が後宮にまだ残っているのだとすれば、私とは少し気が合うかもしれない。そんなことを、思ってしまっていた。ニートライフを謳歌すると言っても、お友達ぐらいは欲しかったし。


「……いいえ、そのお方はもう俺の手の届かないところに行ってしまっただけですよ。……会うことも、もうきっとできやしない」


 ノエル様は、何処かしんみりとした表情でそんなことをおっしゃった。そして、どこか遠くを見つめられていた。……手の届かないところ、会えない人。やっぱり、後宮を出られたのかもしれないわね。……あれ? でも、ノエル様はお貴族様なのだから、後宮を出られたとしても会えるはずじゃあ……。


(ううん、そんな風に深入りしてはいけないわ。人の傷をえぐるような真似は、嫌い)


 でも、私はそのことについて尋ねることはしなかった。家庭菜園の話に、さりげなく話題を戻す。きっと、この話題は触れてはいけない話題なのだ。私はそう思い込み、必死ににっこりとした笑みを浮かべていた――……。

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