元女官、謎の男性に出逢う

☆☆


「……退屈だわ」


 後宮入りしてから三日後。私は早くも退屈していた。予想通り王子様方と出逢う機会など一度もなく。部屋に閉じこもったある意味ニートな生活をしていた。いや、私が望むニートライフとは形が違うから、理想外だけれど。家庭菜園については、苗の手配で少し手こずっているらしく、まだもう少し時間がかかるらしい。


「やっぱり、名もなき妃候補って暇なのね。マイナーな宝石階級にならなくちゃ、王子様との出逢いもへっちゃくれもないってか」


 私はそんなことを考えながら、実家よりも少し広いぐらいの寝台の上でゴロゴロと転がる。う~ん、ニートライフを謳歌する! って思っていたけれど、早くも退屈中。早く趣味を見つけないと、これは退屈しすぎて退屈死するわね。……我ながら、死因が退屈死ってバカだと思うけれど。


「サマンサ様。退屈でしたら、ガーデニングスペースの見学でもいかがでしょうか? 苗が届く前に一度見学をしておいた方がいいと思うのですが……」


 あまりにも退屈をしている私を見かねてか、ハリエットがそう言ってくれる。……うん、それ採用だわ。そうよね。家庭菜園をするのに土の様子を見ていないなんて問題外よね。


「うん、それを採用するわ。さ~て、動きやすい格好に着替えて家庭菜園のスペースに行きましょうか」

「……せめてガーデニングスペースとおっしゃってください……」


 そんなハリエットの声が聞こえたけれど、私は無視をしてクローゼットを開く。どんな服がいいかしら……って。


「っていうか、ワンピースとドレスしかないじゃない! これで家庭菜園をしろというの!?」

「……ですから、ガーデニングとおっしゃってください!」


 ハリエットのそんな心からの叫びを軽く無視して、私は仕方がなく汚れが目立ちにくい黒色のワンピースを手に取るのだった。


☆☆


 そして、ハリエットに連れてきてもらった家庭菜園スペース、もといガーデニングスペースは結構広々としていた。まぁ、話を聞くに私と同じ名もなき妃候補全員にスペースが当たるように、と準備をしていたようだから。ちなみに、階級別にこのスペースはあるらしく、マイナーな宝石階級の宮や十二の宝石階級の宮にもあるらしい。そっちは結構使われているそうだ。


「ハリエット。ここは全部使っていいのかしら?」


 私は土に触れながら、そんなことをハリエットに問いかける。ハリエットは日傘を持ちながら「そうですね」としばし考えた末に言ってくれた。


「まぁ、ほかの妃候補の方々が使われることはまずないと思いますので、のびのびとお使いくださいませ」

「……そんなことを、言い切れるのね」

「えぇ、今ここにいらっしゃる妃候補の方々はそこまで余裕がないですから」

「そうなのね。……そう言えば、結構長居しているお方が多いのだっけ」


 そう言って、私はまた土に触れる。……う~ん、やっぱり本で読んだ知識だけだったら、難しいかもしれない。経験者を連れてこないと、ダメかしら? 私は仕事一筋だったし、家のことは弟に任せっぱなしだったからなぁ。弟は家庭菜園をしていたから、手紙でも書いたら教えてくれるかしら?


「……ねぇ、ハリエットの知り合いに、家庭菜園とかに詳しい人とか農業をしている人はいないのかしら?」


 私は思い切ってハリエットにそう問いかけてみる。すると、ハリエットはしばし考えたのち「いませんね」という。


「そもそも、ガーデニングの知識ならばありますが、家庭菜園ともなるとまたお話は別ですからね……。庭師の方ならば、まだ可能性があるかと」


 庭師、か。というか、庭師って家庭菜園に詳しいのかしら? う~ん、女官時代にもう少し人脈を作っておくべきだったわね。こんなことになるとは思っていなかったから、人脈は最低限しか作っていなかったのよ。


 そして、私とハリエットは二人でうんうんと悩む。庭師に尋ねるか、はたまた別の人間に尋ねてみるか。モナならば少し知識があるかも、とハリエットは言ってくれたけれど、わざわざモナをこっちに呼び出すのもなぁ。また、後で訊いてみようかな?


「……あれ? 新しい妃候補の人?」


 そんな風に私とハリエットが唸っていた時。不意に、私たちの頭の上から声が降ってくる。それは、男性の声で。私が慌てて顔を上げれば、そこにはにっこりとした表情を浮かべた男性がいらっしゃった。彼は黒色の長い髪を後ろで一つに束ねており、その金色の目はにっこりと細められている。……このお方、何処かで見たことがある気がするわ。……う~ん、どこだっけ?


「え、えぇ、そうです。マクローリン伯爵家のサマンサと申します」


 でも、それよりもまずは挨拶をしなくちゃ。そう思った私は、慌てて挨拶をする。すると、その男性はしばし考えたのち「……マクローリン伯爵家って、年頃のご令嬢がいたっけ……?」なんてつぶやかれていた。


 いや、なんだかごめんなさい。はっきりといえば、私は年頃ではない。二十一歳なので、貴族の令嬢としては行き遅れ一歩手前なのですよね。まぁ、今はそんなことを言っても無駄か。


「……諸事情で、祖父母とは別の場所で暮らしていたのです。ですので、社交界には顔を出したことがありませんわ」


 私は祖父母に教えてもらった言い訳をひきつった笑みで言う。すると、その男性は「あぁ、そっか」なんて比較的すぐに納得してくださった。よし、これで何とか乗り切れたと思う。


「ところで、大変申し訳ないのですが、貴方のお名前は……?」


 そう言えば、私はこの男性のお名前を知らないわ。それから、お名前を聞けばこの人が誰なのか思い出せるかも。そう思って私はそんなことを問いかけたのだけれど……いきなり、ハリエットが慌てだす。あれ? もしかしてこの男性、社交界では有名なお方?


「さ、サマンサ様! このお方は……!」


 う~ん、ハリエットがここまで慌てるっていうことは、高位貴族のご令息かな? 私、一応王子様のお顔は一部を除いて覚えているから、王子様ってことはないと思うのだけれど……。


「あっ、名乗るのが遅れました。俺はノエルって言います。たまにここら辺に来ている、貴族の令息です」

「ちょ!」


 その男性――ノエル様の自己紹介を聞いて、ハリエットが慌てている。いったい、何だというのだろうか。


「そうなのですね。すみません、私、社交の世界に疎くて……」

「別に構いません。俺も、社交の世界は好きではないので」


 ノエル様は、結構のほほんとされたお方のようだ。あぁ、このお方とだったらまだ仲良くなれるかもしれない。貴族のお方が全員こんな感じだったらいいのになぁ。そんなことを思いながら、私はノエル様と会話を交わす。


「……サマンサ様、あの、その、いや、そのお方……」


 ハリエットのそんな声が後ろから聞こえてきたけれど、私は無視をしていた。私は自分の記憶力に圧倒的な自信があった。だから……ハリエットの言葉を聞こうとは思わなかったのだろう。あとで考えれば、何と自分勝手な女だったのだろうか。そう思って、裏でこっそりと反省をしたのだけれど。

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