第13話 行かなきゃ
あれから2日が経った深夜のこと。私たちの最後の戦いが幕を開けた。
ユーマニ領北部に派遣された偵察部隊が、黒龍みたいな一匹の龍が王都に向かって翔んでいくのを確認したらしい。あと1時間ちょっとで龍がこっちに来る。
私はもう準備万端。作戦は予定通りとのことだから、あとは配置につくだけ。ただ、準備が完了していないとするならそれは……
『彼にちゃんと、ミアちゃんの想いを伝えなさい。きっと彼もあなたの気持ちに応えてくれるわ』
ママの言葉があれから何度も頭に反芻してる。
私の想い。アイツへの想い。好きという気持ち。
伝えたい。伝えたいけど、伝えられない。アイツにはリリーがいるもの。そもそも、こんな時に色事にうつつを抜かしてる暇なんてないわ…
この2日間、ずっと悩んでた。でも、伝えられなかった。これが私の答えよ。伝えなくていい。もしこの戦いで2人とも生き残ったら、その時は伝えるわ。それまでは、お預け。今は、任務を遂行することだけを考える。任務を遂行して、アンドレアやジェナたちに報いるわ。
私は昨日団長からもらった小さな盾を手に取って、部屋を後にした。
△△△
部屋から出ると、ちょうどミアも部屋から出てきたタイミングだった。
「お、おう」
こんな時、なんて声をかけたらいいのだろう。頑張ろう? 勝つぞ? あとでな? ……どれも違う気がする。
「アンタ、死なないでよ」
ミアのほうから声をかけてきた。
あぁ死なないさ。直前まで出かかった返事を、一度噛み殺す。この言葉を俺は約束できないから。俺はきっとこの戦いで死ぬから。死ぬ予感がするから。できない約束は、したくない。
「ミアこそね」
これが精一杯の返しだった。
俺の返事を聞いてからミアは階段を降りていった。俺はもう見ることができなくなるだろう彼女を見送りながら、彼女の無事を祈った。
作戦本部室へと向かうと、そこではダリアさんが状況図を眺めていた。
「団長。俺はここで待機で良いのでしょうか」
「あぁ。こちらに向かっている龍というのは黒龍で間違いない。であれば当初の手筈通り、他の龍が現れるまで君は待機でいい。だが妙だ…」
「妙というと?」
「今のところ黒龍しか確認されていないからだ。この期に及んで黒龍だけというはずがない」
確かにそれは思った。これだけ準備期間を要しておきながら、“前の戦い”と同じだけの戦力を向けてくるはずがない。
「君はこの状況をどう見る?」
「いくつか考えられますが… まず挙げられるのは、別の龍を見落としている、あるいはこちらに向かっている龍が黒龍ではないということですかね… あと挙げるとすれば、これは考えたくないことですが、龍の転移が可能になったとか」
龍の転移。龍の転移が可能であれば、一瞬にして敵地に龍を仕向けて無力化させられる。しかし、今のところ龍を転移させることができた者はいないようだ。可能であるのなら、すでにやっているはずだからだ。
「確かに龍の転移は考えたくないシナリオだな。だがその可能性は低いと思う。黒龍を素で向かわせている理由がないからな。それと、見落としたというのも可能性も低い。ユーマニ領各地にいる偵察隊から黒龍と思しき龍の確認報告は受けているが、他の龍に関しての報告は皆無だからな」
「黒龍というのは間違いないのですか」
「そうだな。外見の特徴や大きさは黒龍のものと合致している。赫龍と蒼龍は翼竜ではないから、そもそも黒龍と見間違いようがない。となると残るは黒龍か光龍のどちらかということになる」
「なるほど」
「光龍である可能性は排除できないが、黒龍と判断するのが妥当だ」
光龍はその存在以外の情報は何もわかっていないため、可能性を排除することはできないのだ。ただ、今回は見た目や大きさからして黒龍と判断して間違いないという考えなのだろう。
「何か大事なことを見落としている気がする…」
そう、フラグにしか聞こえない発言をするダリアさんではあるが、その後に言葉は続かなかった。
結局、あれから特に動きはなく、龍が飛来する時間となってしまった。
「ではリタさん、黒龍討伐隊の後援をお願いします」
「了解した」
リタはとりあえず、黒龍討伐隊とともに黒龍の対処にあたることとなった。
「して、お前さんはこっちには来んのか?」
「えぇ。俺は別の龍が来た時に備えてここで待機します」
「ウチは全力投入したほうがえぇと思うんだがなぁ。まぁ、騎士団長さんの指示には忠実に従いますわ。んじゃ、あとでな」
そう言い残してリタは戦場へと向かっていった。
黒龍のことは黒龍討伐隊とリタがなんとかしてくれるだろう。俺は彼女たちの朗報をここで待っていればいい──
それから5分が経ったかという折に、リタは再び本部に姿を現した。息を絶え絶えに切迫した表情から、芳しくない状況なのだとすぐにわかった。
「どうなっておる!? 黒龍とやらの強さは聞いていたよりもずっと異常な強さではないか! あれでは討伐隊は犬死だ!」
!? どういうことだ!?
「リタさん、落ち着いてください。討伐隊は黒龍に勝てるだけの戦力があるはずです」
「いいや、ありえない! あんなバケモノ、あんな実力で倒せるわけがない! 彼女たちはえらい勇敢や。本部に戦況を伝えるためにウチを逃してくれた…」
リタはそう言いながら杖を振りかざし、本部に黒龍との戦いの映像を現出させた。これは現在の様子を映し出しているという。
「今見えている4人しかもう生き残っとらん… 彼女たちはもうあやつの技を辛うじていなすことしかできない。だがいなすだけでは倒せるわけもない。彼女たちが力尽きるのは時間の問題だ… なぁ団長、これ、本当に黒龍なんか?」
映像を見る限りでは見た目は黒龍と同じだ。だが確かに討伐隊の皆がこうもあっさりと負けてしまうのはおかしい。ダリアさんが相手の力量を見誤るなんてあり得ないからだ。ということは、黒龍が短期間で強くなったということだろうか。龍も修業でもするのか?
そんなことを考えていると、ダリアさんが口を開いた。
「まさか… 捕食か?」
ダリアさんは「ありえない」といった表情で口を片手で押さえている。
「捕食?」
「現在知られている龍を殺す方法は、龍滅剣で結晶化した龍を叩き割ることだけですが、もうひとつ噂されていることがあります。それは、龍による捕食です」
龍による捕食。俺は聞いたことはない。
「世界各地にはさまざまな龍にまつわる伝承があります。それらはどれほど真実を反映しているのかわかりませんが、龍が龍を喰っていたという記述もなかにはあります。龍を喰べた龍は、身体を一段と大きくし、翼をより大きく広げた──ということが描写された話を読んだことがあります。この話が本当かどうかはわかりませんが…」
「でもコイツの大きさや見た目は以前と変わらないんだろ?」
リタがダリアさんに問うと、リリーが口を開いた。
「以前よりも、身体がより深い黒になっている気がします。以前はもっとこう、明るくて薄い黒だった気がしますが、今ここに写っている黒龍は、以前に増して黒く──漆黒と呼ぶべき黒になっているように見えます」
そうなのか。俺は実物の黒龍を見たことはないからわからないが。
「確かに、言われてみればそうだな」
ダリアさんはリリーに同意した。
そしてこの瞬間、リタが映していた映像のなかで、最後まで戦っていた4人の騎士たちは黒い炎に包まれて消えてしまった。黒龍討伐隊はものの5分で全滅してしまったのだ。
絶望的な状況だ。以前よりも明らかに力を増した黒龍相手に、俺たちはもはやなす術がない。少なくとも、俺にはこの状況を打開する策は思いつかない。仮に俺の命を賭けたとしても、この黒龍には勝てないだろう。
部屋の中にいくらかの沈黙が流れたあと、ダリアさんは考えがまとまったようで、次の作戦を──
その刹那、頭の中にずしりと重たい声が響いた。
《聞こえているんだろ。1年前、俺に深い傷を負わせたお前に言っている。お前たちが寄越した13人はもう死んだ。出てこい。お前を殺してやる。あと5分だけここで待つ。俺のところに来い。1年前の続きを始めよう》
龍は俺をご所望のようだ。
はぁ、死ぬのか、俺。覚悟はしていた。今日死ぬだろうと思ってはいた。けど、こう、死を目の前にすると、身体がこわばって、動けなくなる。怖い。死ぬのが、怖い。
「今の声、皆さんにも聞こえていましたか?」
「あぁ……」
「そうですか。龍は俺をご所望らしいので、ちょっと、行ってきます」
あぁ。無理に笑顔を作ってみたけど、ぎこちない笑顔になっているのが自分でもわかる。不器用だな。俺。
「待て。私も行く」
ダリアさんが言った。
正直、とても心強い。ホッとした自分がここにいる。でも、これでいいのだろうか。ダリアさんは…
「なぜでしょうか。団長には最終防衛戦を死守するという役目がありますし、そもそも黒龍の目的は、俺です」
「理由は簡単だ。君では奴に勝てないからだ。例え、命を賭けたとしても」
あぁ。そうだろうな。そんなこと、わかりきっている。黒龍討伐隊のみんながああも簡単にやられてしまったんだ。俺一人で勝てるわけがない。
部屋に流れる重苦しい空気の中、ダリアさんは話を続ける。
「それに、黒龍の目的は君だとしても、君一人だけを向かわせる理由はない。討伐隊が瞬く間にやられてしまったいま、黒龍の討伐こそが最終防衛線の堅守そのものだ。であれば、私が黒龍の討伐に出向くべきだろう」
「…お前さんなら勝てるというのか?」
リタがダリアさんに問うた。
「難しいでしょう」
「勝てない、とは言わないのだな」
「はい」
そう言ってから、ダリアさんは部屋の壁に立てかけてあった大きな何かを手に取った。
ダリアさんがそれに被せてあった布を取り外すと、そこからは美しい漆黒の輝きを放つ大剣が顔を覗かせた。大きさにして2m弱といったところだろうか。とても重そうだ。そしてよく見たら、大剣の腹には何かはわからないが何らかの紋様が掘られている。
「これは…」
みなの注目が大剣に向けられるなか、ダリアさんは説明を始めた。
「これは希望の剣。人の創りし龍滅剣です」
龍滅譚 〜異世界で俺は龍を狩る〜 緋桜凛悟 @ringo20
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。龍滅譚 〜異世界で俺は龍を狩る〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます