第11.5話 ただいま
黄龍の戦いの翌日。人生で最後になるかもしれない休暇をもらった。休暇といっても黄龍の戦いで殉職した騎士たちの慰霊祭に参加するから、実質的には半日休暇といったところだ。
慰霊祭が終わると、俺は1人になった。ダリアさんからは今日は稽古をしないでゆっくり休むようにと言われたが、これといってすることがないから困る。ダリアさんもリリーも留守にしているし、ミアも実家に帰るようだから、本当に何もすることがない。外でもぶらつくか?
そう思っていると、2回ノックが聞こえた。
「私」
ミアの声だ。
「どうぞ」
俺の返事を待ってからミアは扉をガチャリと開けた。
「アンタ、今日暇なの?」
え、なに急に。
「まぁ、暇だけど」
「そう。じゃあさ…」
なぜだろう。いつもと違ってなぜかミアと目が合わない。緊張している?……
「ちょっと、付き合ってよ」
「え! っと… 何に?」
つい高い声が出てしまった。
『付き合ってよ』。この一言に過剰反応してしまう自分が恥ずかしい。
日本にいた頃は女子と会話なんて長いことしていなかった。俺は女子と会話できないコミュ障ではなかったはずだけど、いざこうして「付き合う」という言葉を出されると、それだけで変に身構えてしまう。はぁ……
「私の実家についてきてほしいんだけど」
「…なんで?」
「別に大した理由じゃないわよ… ただ、ママが私がうまくやってるかいつも心配してるから、友だちの1人でも連れてって安心させてあげたいのよ。本当はリリーでも良かったけど、今いないみたいだから」
そういうことか。でもなんだろう、ミアは俺のことを友だちだと思ってくれているみたいで素直に嬉しい。
「確かにミアは騎士団に友だちいないもんな」
「なによ! 喧嘩売ってんの?! アンタだって友だちなんていないクセに! あっ…」
「ん?」
「なんでもないわ… で、来んの来ないの?」
「俺でいいなら行くよ」
こうして俺はシェリンガム家に行くこととなった。もちろん菓子折りを携えて。
「お邪魔します!」
こういう時は元気の良い好青年を演じるといい。
俺がシェリンガム家に足を踏み入れると、ミアのお母さんが出迎えてくれた。
「あらまぁいらっしゃい。ミアちゃんのカレシさんかしら〜?」
いきなりぶっこんでくるミアママ。「違いますお母さん」と、俺が否定するよりも前に、
「ち、違うわよ! そんなんじゃないわ! ただの友人よ! ユ・ウ・ジ・ン!」
ミアが大きな声を出して否定した。
「えぇ〜 お友だち連れて来るって言うからてっきり女の子連れてくるんだと思ってたのに男の子なんてね〜 勘ぐっちゃっても当然じゃない〜」
俺は笑顔を作ってからミアママに言った。
「俺はミアのいう通り、ただの友人です。ニシキといいます。いつもミアにはお世話になっています」
「え〜 ミアちゃんのお友だちってことはやんちゃな子だと思ってたけど、とっても礼儀正しそうな子じゃない〜」
ミアママはとてもまったりした声の持ち主で、性格はミアとは似ても似つかない雰囲気だ。
「あの、お母さん」
「あらお母さんだなんて、私はまだあなたのお母さんじゃないわよ〜 でもどう? ミアちゃん貰ってくれる気はない? この子ちょっとやんちゃなところもあるけど、純粋で正義感が強くってとってもいい子なのよ〜」
この世界で結婚は「男がもらう」ことになっているのだろうか?
「ちょっとママ! さっきからなに言ってんのよ! 私とコイツはそんなんじゃないって言ってるじゃない!」
「え〜 でもこの子っていつもミアちゃんが話してる男の子でしょ〜?」
いつも話してる?
「ち、違うわ、違うわよ! 全然違うわ!」
大きく声を張り上げるミア。かなりご立腹の様子だ。顔も赤くなってるし。
「え〜 じゃあいつものは誰よ〜」
「もー誰でもいいでしょそんなこと! とにかくコイツとはなんでもないんだから! ママは早くお茶でも淹れてきてよね!」
話進まねーな。菓子折り渡すタイミングがないのだが。
「え〜 ミアちゃんが淹れてきなさいよ〜 私はまだニシキ君とお話ししてたいから〜」
「あの… これ、お口に合えば良いのですが」
俺は無理やり割って入って菓子折りを差し出した。
「まぁ〜 なんて律儀なのかしら。気を遣わせちゃってごめんなさいね〜 ほらミアちゃん? 逃しちゃダメよ、この子。若くしてこんなにちゃんとしてる子、そういないわよ〜 それによく見たら色男じゃないの」
色男って…
「いい加減にして! そんなに茶化すならもう帰るわ!」
「まぁまぁそう怒んないでミアちゃん。もうじきパパもモーリスも帰ってくるから」
「ふん。まぁいいわ。ママはお茶淹れてきて」
「はぁ〜い」
ミアのお母さんは渋々お茶を淹れにいった。これでようやく家に上がれる。
「別に、そんなんじゃないから」
俺を背にしながらそう呟いた。
そんなんじゃないってのは,ミアが俺を好きだとかなんとかってことをミアママが勝手に思い込んじゃってることを言っているのだろう。母というのは往々にしてそういう生物だ。俺にもその理解はある。
「わかってるよ」
「そ… じゃああがって」
俺は居間に通された。
それからミアママとはいろんな話をした。ミアママはミアの過去の話をたくさんしてくれたからミアはずっと怒っていたけど、それでも帰らなかったのはやはり、ミアはお母さんのことが大好きだからなんだろう。
でもついに堪忍袋の緒が切れたのか、「パパとモーリス探してくる」と言って外に飛び出してしまった。ミアのお父さんと弟はちょうど王都に野菜を売りに行っているらしい。
とまぁそんなこんなで、俺とミアママの2人きりになってしまった。とても気まずい…
「それで、ニシキ君。うちの娘、どう思う?」
「えっと… どうと言いますと?」
「どうって言ったらどうってことよ〜」
ミアママはニコニコしている。
まぁ、言いたいことはわかる。でもそういう質問するか普通? まぁするか。
「ミアのことは、そうですね……」
ミアのことは嫌いではない。最初は嫌いだったけど、今では好きだと思っている。でもそれは恋愛感情とかではなくて、尊敬というか憧憬というか、ミアに見習いたいところはいっぱいあって、それでいて大切な家族みたいな存在だと思っている。そんな、一言では言い表せない複雑な気持ちだ。
「ミアは俺にとって大切な存在です。毎日稽古をつけてもらっていますし、一緒に厳しい修業を乗り越えて、死線をくぐり抜けて。ミアが頑張っているから俺も頑張れる。そんな、なんて言ったら良いんだろう… ちょうどいい言葉が見つからないですけど、とにかくミアは俺にとって大切な人です」
「…そう。私たち以外にもそんなに想ってくれる人がいてくれて嬉しいわ。でね、ニシキ君。あなたよりちょ〜っとだけお姉さんな私から言わせてもらうとね」
「はい」
「あなたがミアちゃんに抱いている感情は、たぶん“好き”なんじゃないかな」
「えっと… どうでしょう…」
果たしてそうなのだろうか。俺は“向こう”にいた頃だってろくに恋愛をした試しがなかった。あるのは思い出しただけでも死にたくなるような黒歴史だけだ。だから、よくわからない。
でも、この感情を“好き”と呼ぶのなら、きっと俺はダリアさんもリリーも“好き”ということになる。果たしてそれでいいのだろうか。
「ミアちゃんと同じ寮に暮らしてる男の子って、あなたのことよね?」
「え? はい…」
「やっぱり。あの子ね、帰ってくるといっつもあなたのこと話してるのよ。すごく熱心に剣術の練習に付き合ってくれるだとか、急に上手くなっててビックリしたとか、こんな魔法を使えるのよとか、ホントにいろいろ話すのよあの子。あっ、私がそう言ってたってミアちゃんに言うのは禁止ね」
「はい…」
ミアはそんなふうに俺を見ていたのか。嬉しいけど無性に照れくさい。
「ミアちゃんは小さい頃から近所の子たちとうまく付き合えなくて、いっつもひとりぼっちだったのね。でも楽しそうにあなたのことや騎士団長様と、あともうひとり女の子が寮にいるわよね? …その子のことを話してるミアちゃんは、いっつも楽しそうなのよ」
そう、うっとりとやわらかな表情を浮かべながら話すミアママ。
「ねぇニシキ君。こんなこと言われても、あなたにとっては重荷かもしれないけど、私はミアちゃんの味方だからあえて言うわね… あの子は自分で気づいているかわからないけど、間違いなく心の中ではあなたのことを好きだと思ってる。だからねニシキ君。あなたには、あの子の気持ちを受け止めてあげてほしいの」
ミアのお母さんはひと息呼吸はさんでから続けた。
「今ここであなたからなにか答えを出す必要はないわ。でもね、もし、ミアちゃんが困ってるところを見かけたら、そのときは助けてあげてね。あの子、1人で抱え込んじゃうところがあるから。お願いね、ニシキ君」
「はい」
正直言ってミアママの言ってることの理解は追いついていなかった。だけどここで「はい」以外の返事は許されないだろう。
「うんうん。やっぱり君はいい男の子だ」
そう言ってミアママは俺の頭をポンポンと撫でた。この歳になってまた撫でられることになるとは。逃げ出したくなるくらい恥ずかしい。
「さ、私はお夕飯の準備を始めるからニシキ君はくつろいでてね〜」
そう言ってミアママは台所へとはけていった。
△△△
「ママ。私も手伝うわ」
「いいのよ〜 ゆっくりしてて。明日も朝早いんでしょ〜?」
「ううん。いいの」
私はママが洗ったお皿をタオルで拭くことにした。
「ママ… ママは私が死んだら、悲しい?」
「なぁに? 急に。悲しいに決まってるでしょ? ……なにかあった?」
……ダメ。ママに話してラクになるのは私だけなんだから。
団長は私と一緒に罪を背負うと言ってくれた。でも、私の罪は私の罪。私ひとりで背負うべきだ。だから、ママには話しちゃいけない。
「私ね… もうすぐ、死ぬかもしれない。私は騎士になったから…」
「……そう。つらいことがあったのね」
ママは皿洗いをやめて、手を拭いてから私を抱きしめてくれた。
ママの胸の中は今日もあったかい。ママのやさしい匂いがする。
「大丈夫。ミアちゃんはよく頑張ってるわ。周りの人たちもきっと、わかってくれてるから。大丈夫」
「ママ…」
ありがとうママ。ママはいつもそうだ。言葉にしなくとも、私の気持ちなんてお見通し。私はそんなママが好き。
「ミアちゃんが死んでしまったら、私は悲しくてたまらないわ。でも、私の、私たちのことはいいの。ミアちゃんは小さい頃からずっと騎士様に憧れてたんでしょ? たくさん努力して、騎士団長様に認められて、ようやく騎士になれた。それなら、ミアちゃんは騎士として、胸を張って、誇りを持って生きなさい。ママもパパもモーリスも、ず〜っとミアちゃんのことを応援しているわ」
「うん…」
こんなにやさしい家族に愛されて、私は幸せだ。幸せで幸せで、涙があふれてきた。あたたかい涙。少ししょっぱくて甘い涙。
すぐ隣の部屋にはアイツがいるのに、泣いちゃダメじゃない… なんて思いながらも、涙を止めようとは思わなかった。
「欲を言えば〜 ママとしてはミアちゃんの子どもと会いたいな〜」
「もう、またそんなこと言って…」
ママは私の両肩に手を置いてから言った。
「ミアちゃん。自分の気持ちに素直になったっていいのよ。いえ、素直になりなさい? でないときっと、ミアちゃんは後悔する」
「え? ……なんの話?」
「彼にちゃんと、ミアちゃんの想いを伝えなさい。きっと彼もミアちゃんの気持ちに応えてくれるわ」
彼? ……まさかアイツのこと!?
ママはお皿洗いを再開し始めた。
「ちょっとママ! 何か勘違いしてるわ!」
「してません」
「してるわ! 私とアイツは、そんなんじゃないってさっきも──」
「アイツって誰のことですか〜?」
ホントはわかってるクセに、とぼけたように言うママ。こういうところはキライ。
「もー! とにかく! 違うったら違うの!」
「じゃあミアちゃんはニシキ君のこと、嫌いなんだ」
「別に… 嫌いではないけど…」
「ふ〜ん。まぁいいわ。あとは私が片付けるから。ミアちゃんは帰る支度でもしてゆっくりしてなさい」
「うん。ありがと」
もうママったら! アイツのことは別に嫌いとまでは言わないけど、好きってわけではない… はず……
もう19:00になってしまった。ここから王都まで馬車で約4時間。別に門限があるわけではないけど、日付が変わる前には帰っていたい。だから、ずっとここにいたいけど、もう帰らなくちゃ。
帰るときはいつも淋しい気持ちになる。でも今日はいつもよりもずっとずっと淋しい。きっとこの別れは今生の別れになるから。
私は家族みんなを一人ずつ抱きしめてから、この村を出ることにした。
次第に遠ざかってく私の故郷。馬車から見える村の明かりたちは、チラチラとやさしく輝きながら、次第に見えなくなっていった。
「良い家族だね」
ニシキが言った。
「まぁね… アンタは、家族いたの?」
特に話すことがないからなんとなく訊いてしまったけど、訊くべきことではないかもしれない。
「そりゃあね」
「会えなくて淋しくないの?」
「……全く淋しくないわけではないけど、どうだろうな。別に向こうにいたときだってそんなに仲が良かったわけじゃないし」
「そ…」
そう言うニシキではあったけど、どこか淋しそうな顔をしていた。あたりまえだ。家族に会えなくて淋しくない人なんていない。なに訊いてるんだろ私。
「明日から、頑張ろうな…」
「……当然よ」
それからニシキは一言も喋らなくなって、沈黙の時間が続いた。馬車が道を進んでいく音だけが流れる時間。時の流れがゆっくりと進んでいるように感じられて、とても心地の良い時間だった。
ニシキは私のことをどう思ってるんだろう。私はニシキのことをどう思ってるんだろう。ママは私に想いを伝えなさいと言ったけど、私には自分の気持ちがよくわからない。私はニシキのことが好き? …わからないわ。
ダリア寮についた。寮に入るとリリーがかけてきた。
「おかえりなさい! ニシキ様はミア様とお出かけになられていたのですか?」
リリーの目はなんだかキラキラして見える。もしリリーに犬みたいな尻尾が生えていたら、きっと今頃、左右におっきくフリフリさせてるんだろうな。
「うん。ミアの実家にお邪魔してきた」
「え! ミア様の!? どういうことですか!?」
「別に深い理由はないよ。俺は暇だったし、ミアに誘われたから」
何よその言い方! 確かに誘ったのは私だけど、その言い方だと…
「え! ミア様がお誘いになられたんですか!?」
リリーは信じられないっといった調子で私に顔を向けてきた。
「まぁ… そうね」
「め、珍しいですね…」
はぁ… そんな顔しちゃって… わかりやすい
「私は疲れたからもう寝るわ。あとはアンタにパス」
私はリリーの肩をポンと叩いてからその場を後にした。
ふと階段の上からリリーたちを見てみると、2人で楽しそうに会話してるのが見えた。なに話してるんだろ…
!?
そんなことどうでもいいじゃない!
どうでもいい、はずなのに…
胸がザワザワする。
きっと、ママが変なことを言ったから…
違う。
私はこの感情を今まで何度も経験してきた。独りの部屋で、何度も。
あぁ。そうか。
いま、理解した。
私、ニシキのこと、好きなんだ。
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