第11話 どうすれば

「いやなぁ。ウチが死にそうになったところを助けてくれて、ウチが倒せんかった龍をあんな風に簡単に倒してくれちゃって、お前さんの強さに惚れ惚れしたんよ。長いこと生きてるからかウチは自分が女であることをすっかり忘れてたんだけどな… こんな感情抱いたの何年ぶりやろ…」


 へ、へぇ…… 女性に告白されたのは初めてだ。それに旦那って、いきなりプロポーズだよなこれ。

 不死身の魔女リタ。見た目は可愛らしい少女だけど、いったいこの人何歳なんだ?


「えっと… リタさんって何歳なんですか?」

「淑女に年齢を聞くとは女の気持ちというものを何もわかっとらんな… ウチはこの世界に召喚された時13歳やった。それから全く歳をとってないから13歳のままだ」


 召喚? この人もまさか日本人なのか!?


「召喚されたってことはリタさんも日本から来たんですか!?」

「いや、ニホンなんて名前は知らんな… ウチの故郷はスヌトゥンドゥスってところだ」


 スヌ… なんだって?


「そんなことはどうでもいいんよ。で、お前さんはウチの旦那になってくれるか?」

「急にそんなこと言われましても、俺はまだリタさんのことほとんど何も知りませんし…」


 俺が答えに悩んでいるとダリアさんが来て言った。


「リタさん、これからユーマニとスフィアの関係はどうなりますか」

「ん? そうだな… まぁウチを救ってくれた恩人を悪いようには扱わんだろうが、ウチらからすれば勝手されたわけだからどうなるかは難しいなぁ…」

「そうですか。我が国は、再びスフィア王国に同盟を申し込むつもりです。ですから、リタさんからも前向きに話が進むように王に進言していただきたいのです。そして同盟を結べた暁には、どうかリタさんのお力をお貸ししてはいただけないでしょうか」

「そうか。ウチがお前さんたちの狙いか。回りくどいやり方やの。でもわかった。ウチからも王を説得してみよう」

「ありがとうございます。では我々はここで失礼いたします。近くにいる仲間も心配ですので」

「さっきあの男が言ってたたちか。帰り道気ぃつけてな。ウチもお暇させてもらうわ。あ、あとニシキ。ちゃんと考えといてな」

「あっ、はい」

「よろしい」


 そう言ってリタは去っていった。


「我々も急ごう」


 俺たちはミアたちがいるであろうところへと向かっていった。



 △△△



「おいミア! しっかりしろ!」


 俺は死んだように座り込んでいるミアを揺さぶった。ミアの焦点がおかしい。


「私…」


 ぽつりとミアが口を開いた。


「生きてるの」

「生きてるよ! 何があった!」


 俺はミアを揺さぶりながら言った。


「あの男に、紫色の髪の男にやられたんだろ!? そうだろ!?」


 俺はミアに尋ねるとミアの焦点は戻り、頭を抱えて急に叫び出した。


「あ、あああ、ああああああ!! 違うの! 私が、私が判断を間違えたから! オリビアもジェナも撤退しようって言ったのに! 私は!」


 ミアは俺の肩をガッと掴んで言った。


「私が殺したの! 私が相手の強さも測れないクセに油断して、私が──」


 興奮するミアをダリアさんが殴りつけた。

 勢いよく転がってうつ伏せになるミア。


「ダリア!」


 急に呼び捨てで叫ぶリリー。

 俺はどうすればいいのかわからずに、ただ見ていた。


「起きろ。君はここで何をしていた」


 ダリアさんはいつになく厳しい声で、ミアに問いかけた。


「索敵を、してました」


 震えながら答えるミア。


「それで?」

「アンドレアが戻ってこなかったので、アンドレアを探してたら、敵を見つけました…  紫色の髪をした男でした… その男はアンドレアの首を持っていて、コイツがアンドレアを殺したんだってわかって、私は、そいつを殺すべきか、退いて団長に報告しに行くか、迷って、殺すほうを選びました… でも、不意をついて殺そうとしたのに、男は私の一撃を躱して、気づいたら他のみんなが殺されてて、私も殺されると思ったけど、見逃されて、それで…」


 ダリアさんとそれなりに渡り合っていた河戸アオイ。かなり強いってことはわかってはいたが、ミアとの実力差がここまであるとは…


「オリビアは逃げようって言ったの… ジェナも団長を頼るべきだって… でも私は自分の力を過信して、出来もしないクセに一人で突っ走って…」


 弱々しい声で必死に話し続けるミアに胸が苦しくなる。


「それで? そのあと君は何をやっていたんだ? ここに座って何をしていた?」


 酷だ。初めての出陣でボロボロになったミアを追及するなんて。でも、ダリアさんだってそんなことはわかっているはずだ。


「ダリアもういいでしょ!」


 リリーが叫んだ。


「良くない!」


 ダリアさんはミアの胸ぐらを掴んで無理やり立たせた。


「私はアンドレアたちを君が死なせたことを叱っているんじゃない。君があの男を殺し損ねたことを叱っているんじゃない。そのあと君が何もしなかったこと。そうやっていつまでもメソメソしていることを叱っているんだ。そんな体たらくで、本当に騎士と呼べるのか? …私はすこし、君のことを買い被りすぎていたようだ」


 そう言ってダリアさんはミアから手を離した。


「リリー、帰るぞ」

「はい…」


 その時、ミアが叫んだ。


「待ってください!」

「なんだ」

「私は……」


 ミアは目に手をこすりつけて涙を拭ってから続けた。


「私は騎士です。私はもっと修業して、もっと強くなります。心も、身体も」

「強くなってどうする」

「強くなって、みんなの死に、報います」


 ミアの目の周りは涙で真っ赤に腫れあがっていたが、そこある眼は鋭い眼光を放っていた。

 ダリアさんはミアに向き直してから、彼女をやさしく抱きしめた。


「それでいい… ミア。君は自分の選択を間違ったものだと思っているかもしれないが、君は正しい判断をしたと私は思っている。もし君が撤退を選んでいたなら、今頃ニシキは死んでいたかもしれない。黄龍だって奪えなかったかもしれない。ミア、君の選んだ選択は間違っていなかったんだ。でもつらいね。部下を死なせてしまった責任からは逃れられない… だけど、君が一人で背負わなくてもいい。私もミアと同じ罪を背負おう。帰ったら、アンドレア、ジェフ、オリビア、ジェナ。みんなの家族に会いに行こう」

「はい…」


 ミアはダリアさんの胸のなかで泣いた。小さく漏れ聞こえる声からは、声を出さないように必死に堪えようとしているのがわかった。

 あぁ、俺は愚かだ。黄龍に勝ててひとり満足していた。でも俺が勝てたのは、ミアや特殊部隊のみんなが命を賭して河戸を俺から遠ざけていてくれていたからなんだ。彼女たちの苦労や頑張りを知ろうとも考えようともせずにひとり浮かれていた自分が情けない。本当に情けない。穴があったら入りたいとはまさに今だ。

 俺が黄龍に勝てたのは単に相性が良かったからだ。ダリアさんがいなければ最初リタに攻撃された時に俺は死んでいた。ミアたちがいなかったら河戸に殺されていた。河戸が襲撃してきた時、俺は何もできずただ見ているだけだった。河戸とカミラが逃げる時も、俺は何もできなかった。俺は今日、ろくな働きをしていないじゃないか。黄龍に勝たせてもらっただけ。こんな状況で満足していたなんて…

 俺ももっと強くなろう。強くなって、ダリアさんやミアたちの負担を少しでも減らすんだ。俺がこの世界に導かれた意味を示すんだ──


 こうして俺たちの戦いは幕を閉じた。

 この戦い──黄龍の戦い──は結果だけ見れば我が国の快勝であった。気持ちとしては辛勝ではあるが、死者4人に対して黄龍の奪略は非常に大きな戦果だ。簡単に倒せた龍ではあるものの、龍1体の持つ意味は俺が想像するよりも遥かに大きいようだった。

 だが浮かれてはいられないのもまた事実だ。本日付で我が国とグランは再び戦争状態になったわけだから、俺たちは覚悟しなければならない。


 その日の夕飯はお通夜そのものだった。初めてダリア寮のなかダリア組のみんなで夕飯をとったのだが、「いただきます」「ごちそうさまです」、それ以外の言葉は誰の口からも出なかった。

 俺はミアに何か言わなければならないと思ったが、かけるべき言葉が見つからなかった。でも──

 俺は階段を上るミアを引き留めた。


「待ってミア」


 ゆっくり振り向くミア。動きにいつもの元気さはない。

 だめだ、まだかけるべき言葉が見つからない。


「その、えと、今日は──」

「慰めようとしてんの? それならやめてよね… そんなもの、要らないわよ」


 ミアは再び踵を返した。


「いや、そうじゃなくて…」


 そうだ。俺が伝えたいのは慰めの言葉なんかじゃない。俺が伝えたいのは──


「ありがとう。今日はミアに助けられた。それだけ、伝えたくて」

「……いいわよ。私は私の仕事をしただけなんだだから」


 ミアは階段を上っていった。


「でも、ありがと」


 扉の前でそう呟やいてから、ミアは部屋に入っていった。

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