第10話 なにもできないで
突如として現れた男の剣を、ダリアさんは剣で受け止めた。どうしてダリアさんはああもいち早く敵の奇襲に気付けるのだろう。
「あれ??? 奇襲を仕掛けたつもりでしたが止められましたね」
男は余裕そうな口調で一旦ダリアさんから距離をとった。
「あなた只者ではありませんね。って、えぇ…… 赤髪に緑色の瞳。もしかして、あなた、ユーマニの騎士団長様ではありませんか。なぜこんなところにいるのですか」
「グランの者か。私はユーマニ王国国王ブラッドフォード・フランシス・ライスに仕える騎士団団長、ダリア・ソールズベリーだ」
「僕はグラン龍興帝国の軍人。グレン・マクラーレン。ユーマニの騎士がここにいるということは、さっきの女の子たちもユーマニの騎士でしたか。あなたは評判通りとてもお強いようですが、お仲間は大したことないようですね」
さっきの女の子たち… ミアたちのことか? ミアが負けたってことか? この男に?
いつもぶっきらぼうなミア。稽古の時の楽しそうなミア。美味しそうに使用人さんが作った料理を頬張るミア。この9ヶ月間、毎日見てきたミアの表情がいくつも蘇ってくる。ミア、君が死ぬなんて……
自然と拳に力が入る。この男を殺す。絶対に──!
高ぶる気持ちが今にも爆発しそうな俺を制するように、ダリアさんは俺の前に立ちはだかった。
「ところで先ほどから気になっていたのですが、後ろの黒髪の君。もしかして日本という国をご存知ではありませんか?」
日本!? なぜここで? こいつも日本から来たのか? いやしかし見た目は完全にこの世界の住人のそれだが。
「僕にはわかります。黒髪にその顔立ち。あなた日本人ですね? はぁぁ! なんて奇跡だ! まさか同郷の人に会えるなんて!」
男は気持ちの悪い笑みを浮かべながら言った。
「僕の本名は
ダリアさんが俺に目で指示した。俺も名乗っていいということだろう。
「俺は君島ニシキ。日本から来た」
「やっぱりそうでしたか! ねぇ、君はいつどうやってこの世界に来たのですか? ぼ、ぼぼ僕はね、2016年の5月頃、突然背後から通り魔か誰かに刺されて死んだと思ったら、この軍人の身体になってこの世界にいたんだ! 本当に驚いたよ! ねぇ? 君は? 君はどうやってこの世界に?」
男は興奮した様子で訊いてきた。
2016年の5月といえば、最初の俺がこの世界に召喚された時期と一致する。だが、俺は俺の身体でこの世界に召喚されたのに対して、こいつは異世界転生でこの世界に来たらしい。
「話す必要はない。ただひとつ言うとすれば、俺はお前よりも未来から来た」
「はぁ! それは素晴らしい!」
男は手を合わせて喜んだ。そして興奮した調子で早口に続けた。
「ねぇ。君はなんでそっち側にいるんだい? 僕のところへ来ないかい? 悪いようにはしないさ。僕と一緒にいればいい。そして僕たちの知識を使ってこの世界の文明を発展させよう! ユートピアを作るのさ! ねぇ、悪くない話だろ? こっちには可愛い女の子だってたくさんいるんだ! 何人だって抱けるよ! 薬漬けにして壊したって誰も咎めやしない。なぜならこの世界では魔法の力が絶対だから。君もこんなところにいるってことは強いんだろ? なら君だって好きなように生きられる。君も僕も、選ばれた人間なんだ! ねぇ、僕と君の2人なら、もっと素晴らしい世界に創り変えられるさ! はぁあ! なんだか興奮してきちゃった! ねぇニシキ君。僕のところに来てくれないか? あ、そうだ! あんまり大きな声では言えないんだけどね、最近とある筋からとても珍しい種族の女の子を譲ってもらってね、今すっごく楽しいんだ! 君にも見せてあげたいなぁ! ねぇ、どう? 君も気になるだろ?」
く、狂ってる… なんなんだこいつ… こんな気持ちの悪い男にミアは殺されたっていうのか?
それまで気色の悪い笑みを浮かべて興奮しながら喋っていた河戸だが、急に真顔になって話を続けた。
「君たちユーマニは、やってはいけないことをした。僕らから龍を奪ったんだ。それが意味することはわかるよね? 全面戦争だよ。ユーマニの未来は今日をもって絶たれたよ。僕らは全力であなたたちを潰しに行く。残念だったね。この前の戦いは勝たせてあげたけど、もう勝たせてあげないから。世界最強の剣士がいたところで、僕らの龍たちには敵わないよ」
「話はそれだけか?」
ダリアさんが口を開き、剣を構えた。
「あと1つだけいいかい? ニシキ君。僕は君が欲しい。君が僕のところに来てくれると言うのなら、そうだね… 3人。3人だけなら君の友達の命も安全を保障しよう。僕は嘘は吐かないんだ。信用してくれていい。どうだい? かなりお得な話だと思うんだけど」
ダリアさんは俺に答えよと合図した。
「断る。俺はお前の提案を拒絶する」
「だそうだ。私の部下は君と違って立派な人間なんだよ」
「そうですか。それはとても残念だ」
河戸の返事を待って、ダリアさんは動いた。
ダリアさんと河戸との戦いが再開した──
河戸は凄まじい速さで移動を繰り返し、ダリアさんの攻撃を躱し続けているようだ。もはや俺の肉眼では残像しか捉えられないが、剣がぶつかり合う音がしないから、河戸は躱し続けているのだと推察できる。ダリアさんと正面から戦闘することを避けたいのならそうする他ないのだろう。
俺はただ見ていることしかできなかったが、急にダリアさんが戻ってきた。
「速いな、君」
「速すぎるのはあなたのほうでしょ…」
本気で戦うダリアさんを前にしていまだに生きていられる河戸は異常ではあるが、河戸はダリアさんにかなり
ダリアさんは左手を前に突き出した。
これは何の構えだろうか。
そう思った矢先、とてつもない爆音とともに火の玉(?)がダリアさんの手から繰り出された。爆破魔法だ。ダリアさんは爆破魔法で上級魔法使いの称号を冠している。
魔法を放ったと思った時にはすでに、ダリアさんはもう俺の横にはいなかった。ダリアさんは魔法は得意ではないと言っていたからてっきり戦いでは使わないのかと思っていたから驚いた。こんなド派手に決めるとは。
上空の彼方に河戸が逃げたかと思うと、宙から何か降ってきた── 剣と腕だ。河戸は右腕をダリアさんに斬り落とされたらしい。
ダリアさんは宙に浮くことはできないが、それでも先ほどの魔法を連射して宙にいる河戸に追撃し続けた。一方河戸からの攻撃はない。これは勝負ありだ。時期に河戸は体力を切らして負けるだろう。
バコーン!!!
と、それまでとは明らかに違う大きな音が鳴り轟いたのは、ダリアさんが追撃を始めてから数十秒ほど経った時だった。ダリアさんは追撃をやめ、上空の煙が晴れるのを待った。
煙が晴れるとそこには濃紺色の髪色をした長髪の女性がいて、河戸を抱き抱えてこちらを見下ろしていた。
「将軍のカミラだな」
ダリアさんが言った。
「左様。ユーマニの騎士団長がなぜここにいるのか甚だ疑問だが… お前は全く情けない男だな。あれだけ大見え切っていたくせに満身創痍ではないか。剣と腕はどうした。あと数秒遅れていたらお前は死んでいたぞ」
「ダリアが、いるな… 聞いて… い……」
河戸は気絶したようだ。
カミラは周囲を見渡してから言った。
「黄龍はお前たちユーマニが倒したというところか。確かにこれは想定していなかった… ユーマニの騎士よ。先に仕掛けてきたのはお前たちのほうだ。覚えておくことだな。今日のところはここで失礼しよう」
そうカミラが言うや否や、急にリタが何やら魔法を発動したが、それをものともせずにカミラは消えていった。リタもそうだが、カミラもリリーよりも俊敏に転移魔法を使えるようだ。
「今のは何ですか?」
俺はリタに訊いてみた。
「今のは抗魔法場だ。急遽展開してあやつが転移魔法で逃げるのを阻止しようとしたんだが、普通に破られてしまった。ウチの力がまだ完全には戻っていないからか… はたまたカミラの実力がウチの上を行っていたのか… ダリア殿もいることだし、あやつを倒せると思ったんだがなぁ。逃げられてしまった。まったく情けない…」
リタは手をグーパーさせてそれを見つめながら言った。さすがは不死身の魔女といったところか。的確な判断に行動力。俺も見習わなければならない。
「ところでニシキといったか。お前さんはいま、恋人の1人や2人くらいおるんか?」
「なんの話ですか急に… いませんけど」
「ほう。それならちょうどいい。お前さん、ウチの旦那になる気はないか?」
──え?
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